2012年 01月 10日
カメラの命はファインダー2
f0103459_11222593.jpg 同じタイトルで2008年5.9 にも書いていますが、ミラーレス機などの横行で手を前に伸ばして背面モニターを眺めながらの撮影は増えるばかりです。カメラ設計もファインダーなしが当たり前、まれに電子ビューファインダーをつけたものが出てくるといった有様です。
 さすがにレンズ交換可能な一眼レフには光学ファインダーを備えていますし、カメラ教室ではカメラブレを起こさぬようわきを固めてシャッターを切れと教えられています。両者の差を日本語では「眺める」と「狙う」とに区別しているようです。
 戦後、私の学生時代に日本のカメラは急速に進歩しました。高級カメラといえばすべてドイツ製だった1950年頃ツァイス、ライツ、コンタックス、フォクトレンデルといった牙城に果敢に挑んでいったのです。ニコン、キャノンなどが揃ってドイツ製35㎜コピーのようなカメラでスタートし、朝鮮戦争で認められるようになるまで10年はかからなかったと思います。
 映画用のフィルムを使う35㎜のカメラはこの頃から急速に伸びて行きますが、われわれカメラマニアの主要フィルムは 6センチ幅のブローニーフィルムで、その旗頭が 2 眼レフといわれた画像のようなカメラでした。このカメラの上半分はファインダー用のレンズと遮光用のフードで、撮影時にはカメラの3/4を占めています。

f0103459_1836397.jpg さすがにこれはアンバランスだと撮影用のレンズとファインダー用レンズを一体化する試みは続けられましたが製品はなかなか誕生しませんでした。ここでいいたいことはそれほどまでファインダーは大切にされてきたということです。
 下の画像はドイツ製の2眼レフを精いっぱいまねた日本製2眼レフのごく一部です。ローライコードなどとても買えないわれわれも、フィルムと同じサイズのファインダーを覗きながら写真を撮っていました。こういったコピー商品は大メーカーも臆面もなく製造していました。敗戦国ということで大目に見られていたからでしょう。

by my-pixy | 2012-01-10 11:32


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