2014年 05月 17日
12月28日 ロスアンジェルス
S.F.O、ハワイで歩き疲れたしロスはそれを上回る広さのということで、到着後レンタカーを借りることにする。Hertzと云う会社が最大らしいので空港で手続きに行く。5〜10分位でポイと鍵を渡されどこそこに停まっていると云われそれでお終い。あまりの簡単さに驚く。ともかくレンタカーに対する考え方は日本と大きく異なり、タクシー以上の日常必需品ということがよく分かる。空港、ホテル、街なかの旅行者が歩きそうな所には軒なみに各社が店を拡げている。ワーゲンでも借りようと思っていたのにシボレーの一番大きな奴(インパラ)をあてがわれる。ドアーなど皆開け放しだ。荷物を放り込んで走り出す。空港のポーター、タクシーの運ちゃんへの気遣いがないことはあり難い。問題は道だけである。それもレンタカーデスクでこと細かに道案内を書いてもらった紙と地図をSが真剣に見比べる。

 こちらはアメ車特有の頼りなく軽いハンドルを気にしながら、薄でかい車体を引きずって右側通行で走らせる。フリーウェイに入ると殆どの車が100km/h位で走り始めるがこちらは何時、右に左にターンしなければならなくなるかも知れないと思えばそうもスピードは出せない。ということで50マイル(80キロ)位を保って走っていると両側からゴボウ抜きに追い越される。抜かれる恐さはやはり抜く時の比ではない。
 片側で優に4車線はあるからもたもたしていれば同時に3台に追い抜かれるし、速度の基準が違うから日本ではさまざまな車に乗り、スピードを誇る小生といえども如何ともしがたい。わずか数分で肩がカンカンに凝ってくる。何とかフリーウェイを抜け出した時はホッとした。ここ迄は左ハンドルの右側通行も大して気にはならなかったが、一般道に出て左右に曲がらねばならなくなるとそうはいかな
い。
 ホノルルでも2人してバスに乗ろうと待っていると、やって来るのは反対方向行きのバスばかりだということが何度かあった。右折する所で大回りをしてしまい慌てて右側に戻るなどの一幕もあったが
12時頃ホテルに着いた。車を隣の駐車場にパークし(35¢/h 1.5$/day)SFOで仕入れたウイスキーなど飲んで眠る。

 f0103459_9534920.jpg翌朝向かいのビルの取り壊し工事の轟音に目を覚ます。あまりよく眠れない。この旅行に出てやはり最大の障害は睡眠で、言葉やら何やらで興奮しているので夢を見るばかりで熟睡はしない。それが夜行のフライトと積み重なってくる。 T商店のH氏、モリタのMa氏から電話をもらう。この旅行で初めて他人の世話になることになる。あまり気分は良くないが気楽になることはこの上ない。10時M氏とHamilton商会へ行く。日本の材料店とは全く異なった姿に驚く。若い店の人に適宜商品の値段を聞くとすぐわからなくても一寸調べて直ぐ返事がくる。始めはなぜかよく分からなかったが各社商品に一貫したPrice Listがあり、それが通し番号ですぐ誰にでもわかるようになっているのに驚く。
 時間にせかされながらも、散々かきまわして3階のショールームでデンタルユニットの展示を見、カタログなどをゴッソリ頂戴して昼頃店を出る。キャフェテリアで食事をする。コンビーフ始め大変うまくアメリカの食べ物を見直す。特にS.F.Oのハンバーガー同様コンビーフがこういう食物とは知らなかった。次いでS.S.Whiteの店へ。これは大した目新しいものはなかった。Den-ti-Moを見たいと粘る。M氏渋々色々聞き合わせロスDentalに伺う。ロスの街はS.F.Oに比べ遥かにわれわれのもっているアメリカ的都会という印象にマッチするが、S.F.Oのように強く感動するものはない。Den-ti-Moは本店になく更に数十分離れた新しい支店に車を走らす。64年のコルベアは中々快適だが運転の方は全く頂けず、眠りに落ち込みそうになりつつしばしば目を覚ます。ウトウトするなかに到着、暫く待たされたが色々事細かに説明してくれる。店のチーフの人の商品に対する理解度の深さ、それを売る為の熱意などを感じる。
f0103459_18555857.jpg Den-ti-Moの考え方にも興味を感じる。Space Lineの考え方と対照的な点を特に興味深く聞く。椅子の低さについての考え方、Dental EZのドーナッツ型ヘッドレストなど予想以上のものがあり大変満足。器械材料商の人間のあり方、商品の扱いなどにも共感を覚える。Ma氏の招待でLittle Tokyoの寿司屋に連れて行かれる。折角ロスに来たのだから昼のキャフェテリアのような所へ行きたいとと強く反対したが、スポンサーの意向に目をつぶる。かなりの支払いで馬鹿らしさ一入。店を出て車から荷物をまとめ空港へ。24時間1$50¢の駐車料は他のものに比べてメチャ安い。今日1日のお付き合いに感謝し、こういう形で世話になることを反省しつつ空港で別れる。
 N.Y行きのUAジェットはJAL並みに空いていた。昨夜のことを思い早々に寝込もうとした時スチュワーデスに何か飲み物は?と聞かれつい断ってしまった。だが暫くするとマティニーとかスコッチとかいう声がし、Sのテーブルにバレンタインの小瓶が2本も並んでいるのを見てはたまらず、ノコノコ起き出したが「やはり何か飲む」とは言えなかった。しかしそのおかげでN.Yに着陸するまでの3時間は何も知らずに眠る。

by my-pixy | 2014-05-17 18:56


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