2014年 05月 18日
ニューヨークから東海岸のスキー場へ  1964.12.29
  N.Y行きのUAジェットはJAL並みに空いていた。昨夜のことを思い早々に寝込もうとした時スチュワーデスに何か飲み物は?と聞かれつい断ってしまった。だが暫くするとマティニーとかスコッチとかいう声がし、Sのテーブルにバレンタインの小瓶が2本も並んでいるのを見てはたまらず、ノコノコ起き出したが「やはり何か飲む」とは言えなかった。しかしそのおかげでN.Yに着陸するまでの3時間は何も知らずに眠る。

f0103459_10161241.jpg 久しぶりにスキー仲間M氏の元気な顔と噂に聞く凹んだコルベアに迎えられやはりホッとする。5日ほどを費やしてN.Yに辿り着いてもなんの距離感もない。あまりよくは知らない街(例えば京都など)を歩いているという感じしかない。 M氏のアパートで夫人、長男のマト君に迎えられ日本に帰ったような気分になる。マト君の本格的な英語には閉口。しばらくして次第に日本語を使ってくれるようになる。快適な昼食をいただいて4時半頃にはスキーへ出掛ける。長い間袋詰めだったわがスキーもコルベアの尾根の上で深呼吸していることだろう。N.Y Thru wayを70mile前後をキープして淡々と走ること2時間、ドライブインで食事をし再び走る。一時ドライバーを交替するが、アメ車特有の軽いハンドルとリアエンジン特有のオバーステアーが重なって、直進を保つことが甚だ難しい。少しでも左右に振れ出すと再び直進に戻すまでに大変苦労する。30分ほど運転してもどうも性分に合わない。常時少なくとも60mileはキープして走り続けること7時間余り、12時半にモンペリアルのモーターインに着く。ジョニ黒で2時間ほど話し、S.F.Oの住宅街の不思議など多少理解できた。階級格差、エチケット、マナーなどの厳しさ、個人生活に対する干渉などである。
猪谷千春でよく知られているStowに向う。雨に降られ散々な目にあい早々に引き上げたがアメリカのスキー場の一端を知る。チェアリフトで借りたポンチョだけはご機嫌。モンペリアルに帰り街を歩く。田舎町との事だがなかなか趣があって楽しい。特にリカーショップの品数の多さと値段の安さには驚く。

12月30日
 7時Mからの電話で起こされ昨夜来の雪に期待してSugarbushへ。今日は猛吹雪だがそれでも雨よりはまし。雪も軽くリフト、ゴンドラなどでかなり楽しむ。ロッジでS.エリクセンを見かける。金髪にごまかされることは相変わらずだが、その透き通るような肌と金髪とスラリとした姿態の組み合わせには気が遠くなりそうなぐらいだ。猛吹雪のゲレンデでスキーをするよりこうしてロッジの一角に陣取って様々なスキーヤーを見ているのはとても興味深い。
 Mの知り合いのNurseのグループに逢う。苦労して多少話をする。職業柄先方も気を使って話してくれるので助かる。食事後その中の1人と4人でゴンドラで上にあがる。このゴンドラは卵型をしているだけあって信じられないぐらい風に強い。それでも登る途中コースが午前中に比べひどく荒れているのが気になる。滑り出して驚いた。昨夜来の雪は全部風で飛ばされてしまってコースのほとんどは黒々とした氷と岩である。昨日のストウもひどかったがその比ではない。それに初心者の女性付きで1時間ほど悪戦苦闘したが遂に彼女をパトロールに引き取ってもらいロッジに帰る。バーで彼女等のグループとワインなどをまたまた痛飲。メモを書き1時就寝。

12月31日
 またまた6時半電話で叩き起こされる。Mも年をとってどうも早起きになってきた傾向あり。ヨレヨレで起きる。未だ夜は明けきっていないがこちらにきて始めてかすかに青空が見える。今日は少し遠出でKillingtonとやらに出掛けるとの事。昨夜やって来たTedの一行と食事をし持参したキャノネットを渡す。いずれにしてもアメリカの裕福なことは大変なもので、どんなボロなロッジでもトイレに至るまで完全に暖房されどこでもお湯が出るしタオル、トイレカバー、トイレットペーパー、石鹸などは完備している。道路は降雪があるや砂や岩塩をまく車がくまなく走りまわり除雪と凍結防止に努める。路面やカーブでのバンクはどんな田舎道もよく作られていて多少の雪などがあっても恐怖なしに50mile(80K)位を保って走ることができる。そういえばMの運転は日本にいた時より大変マナーが良くなり、時々は興奮することはあってもコルベアの非力も手伝って大変安心して乗っていられる。彼の車でグッスリ昼寝が出来るなどは予想できなかったことだ。帰国後もトヨグライトなどにして頂くべきだと痛感。

1965年1月1日
 Killingtonは元旦で休日のせいもあってか大変な混雑でロッジにもほとんど入れぬぐらい。早速スキーを履いてTバーで登る。ストウでもそうだったがTバーの具合の良さは大変なものだ。スタートは若干の停止時間があるが動き出すと大変早く快適。ところが登って驚いた。蒼氷という文字通りのアイスバーンで雪不足もあってひとたび暴走すると岩や氷で逃げ場がない。われながら見るも哀れな格好でずり落ちる。スキー教程の悪い見本のフォームそのままである。
 ところが同じ所をヤンキーの子供達は変な格好ながら大してズリ落ちもせず何となく適当に滑ってくる。すっかり嫌気がさして6.25$の一日券もそのままホウホウのテイで逃げ出す。一昨日以来ヤンキーのスキーぶりの良さを散々見せつけられる。その第一はどんなことがあっても上体がかぶらないこと。アイスバーンなどに無理に逆らわずなんとなく滑ってしまうこと。スピード、バンプに強いこと。それぞれが自分の技術に適したコースを選び決して他の領分に侵入しないこと。立ち止まってコースをふさがないこと等々である。このバーモント付近のスキー場は日本の東北の山のようになだらかなのでそう驚くほどのコースの長さや厳しさはない。しかし北海道並みに寒いから雪は軽くよく滑る。これは有り難い点だがなんとも寒いので2〜3回リフトにでも乗ればロッジに飛び込まねばいられなくなる。リフトもTバーも早くて快適だがストウのTバーは1回75¢、リフトは1.50$とめちゃ高い。1日券は7$前後、半日券でも5$。スキー場近くのロッジは20$前後の宿泊料というから相当な厳しさでスキーに来てからドル紙幣のなくなり方は目を覆うばかりだ。
 Mのアレンジによりモンペリエルのモーターインに6$位で泊まり各スキー場に通うという方法なので何とかなるけれど、まともにスキー場付近のロッジに泊まっていたらとてもやりきれないだろう。スキー場のロッジといっても歩いてゲレンデに行ける距離ではないから車なしのスキーは全く考えられない。降雪は少ないしもうアメリカでスキーをはく気になれない。チロルだけが恋しい。
f0103459_10221036.jpg 今夜もMのスキー仲間のTed、Jon、Calotinaなどと一緒にワインを飲む。1ガロン1$50¢位だからウイスキーといいブランデーといい酒類の値段は滅法安くしかも美味しい。これじゃアル中が多いのも無理はない。夕食後M、SとホテルのバーでJ.ボンドの話などしながらウォッカマティニーなどを飲みMの誕生日を祝う。

by my-pixy | 2014-05-18 10:08


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