2014年 05月 19日
アメリカでのスキーは終わりBostonへ
1月2日
 AM6:30。またまた電話で叩き起こされる。チェックアウトして帰途Sugarbushをのぞいて帰るとか。一応スキー支度で車外へ出たがその寒さはベラボーでとても車から出て5分と立ってはいられない。そのまま帰途につく。途中で運転を代わるが今度は2度目なのでさほどの苦労はなかったが、路面の継ぎ目などで敏感に反応しステアリングの修正を必要とする事は相変わらずかなり神経を使う。それとこの車に88HPのオートマットなのでパワー不足で苛立たしい。途中で食事をする。2.95$のチキンに前菜、デザート、パン、コーヒーなどが付きチキンたるや2分割にしたものが2つ計1羽だから驚く。モモと手羽のウマそうなところしか食べなかった。塩味だけのピクルスは日本の漬け物みたいでかなり旨かった。ともかくアメリカの食事は安くないが量的には全く充実している。美味いとは言えないが決してまずくはない。ハワイを除いては、食べられないようなものは何もないし、前にも書いたようにコンビーフ、ハンバーグステーキなどは日本のものと比較にならぬほどうまい。サンドイッチは間違いなく2枚のパンより間に挟まれている物の厚みの方が大きい。コンビーフサンドなど日本のハムの10枚分位がバッチリ入っている。連載マンガ、ダグウッドのサンドイッチのように肉が挟まりきらずにあふれ出している。それがドライブインのような所のものでもそのままだから、日本の野球場、劇場のものなどはスライスしたパンのみというべきだ。「赤とんぼ」のサンドイッチといえどとてもその比ではない。スキー場の食事も街とほとんど差がないのも気分のよい事だ。志賀高原のカレーや親子丼とは大違いで、360:1という換算で考えても内容を考えれば日本の食事の半額位だろう。リフト代などが高いのに反し車と共に食事は大変安い。
f0103459_1204576.jpg 食事を終えて出発する頃から雪になり次第に激しくなった。道はみるみる真っ白になりスリッピーになってくる。スノータイヤといえどもとても恐ろしい状態だ。その中をほとんどの車が60mile以上ですっ飛ばして行く。気温が低いからワイパーを使わないでも雪はフロントガラスに全くつかない。道路の上も風でガスのように流れている。反対側の車が雪けむりをあげて疾走していく様はわれわれの知らない景色だった。豪快だが強風でオールズモービル、ビックなどの大きな車でさえ左右に振られる様を見ると、アメ車がアメリカ大陸という広大な土地と厳しい自然の中に必然的に現在の型に発展したことが分かる。そろそろ雪が道路に10センチ位積もっている所もでてきてアイスバーンも入り交じって、ほとんどの車が40〜50mileに速度を落とし始める。道路から下の草地に滑り落ちた車なども時々現れる。Mは相当緊張しているらしいがそれでも60mile前後を保ち他の車をごぼう抜きにして行く。一二度多少尻を振ったりした事もあったが大変な頑張りで10時半頃N.Yの彼のアパートに帰る。途中1時間ほどの休みを入れて約10時間ほとんど車は100k/h近くのスピードで走り続けるのだからアメリカの車の優秀さもさることながら、アメリカでスキーをする事の厳しさをつくづく感じさせられた。
 全くツイていないの一言につきる4日間だった。話はまた車に戻るがこの間中チェーンを巻いた車には一台 も会わなかった。こういう気象条件と道路の状態から当然のことだが、冬の間はほとんどすべての車がスノータイヤで走っているわけだ。さすがにMは疲れたらしく早々に酔っぱらって寝込んでしまった。

1月3日 Bostonへ
 マトの声に目を覚ます。今回の旅行に出てから食事の方はすこぶる快調だが眠る方はあまりうまくいっていない。色々緊張しているらしく何も知らず朝までグッスリという事は全くない。それも色々ご機嫌なウイスキーやブランデーなどで酔っぱらってそのうえ薬など飲んでも同じなのだから閉口する。従って昼間はどうも眠くMの車に乗っていても少し暖かくなるとすぐ居眠りが出る。Sはまだ小生よりは大分良く寝ているようだが、それでもスリーピングアニマルなどというニックネームがつくところを見るとやはり熟睡はしてはいないのだろう。お雑煮などご馳走になりDr.Hへの連絡やらBoston行きの準備などしているとDr.Fがやってくる。グッゲンハイムの事など色々聞いたり今後の予定など相談して2〜3時間を過ごす。

 f0103459_10271970.jpg午後1時Dr.Hに迎えられBostonに出発する。日本でお目にかかった時から10年以上の年月があっただけ一寸フケた感じ。彼のオールズでMrs.Hなど5人で冬の陽射しを受けながら走る。さすがオールズはコルベアの比ではなくパワーがあるので気分が良い。それとDr.Hのドライビングはこれがアメ車の運転という感じで、われわれやMのそれとは違い車とマッチしている。成程、成程と感心することしきりである。正月に続いた好天の日曜の午後とあって流石に車が多く、4時間の予定より2時間あまりも余計かかって19時頃堀内宅に着く。この間アメリカでのスペシャリスト制度の事、彼自身の現況、キドン報告の事、Dr.ビーチの事等々興味深い話題は尽きなかった。夕食にお雑煮その他の日本食とヌードルを使ったイタリア料理などご馳走になり20時半頃YMCAに入る。例年でも正月は十数年来自宅にいたことがない小生にとってこれほど正月料理にお目にかかった年はなかった。せっかくの好意ではあるが堀内氏のサイン帳に示された多くの日本人特にギボ等のような心境にはなれなかった。手厚い好意には何ともお礼の言葉がないが、われわれとしてはもっと外に放り出された方がいいというのが偽らざる心境だった。Bostonでの宿泊は経費節減のためY.M.C.A.。居候ではない気楽さはあるが部屋に洗面所もトイレもない。扉もない共同トイレには愕然。

by my-pixy | 2014-05-19 15:58


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