2014年 05月 31日
ブンデスハイム
f0103459_18422776.jpg1月24日
 絶好とは言えないコンディションに悩まされたわれわれのスキーの最後の日。一縷の望みを託して目を覚ます。まだ明けきらぬ空ははっきりはわからないがどうやら青空らしい。9時にホルストに会うことになっているがその前に一稼ぎとばかりにバタバタと支度をして飛び出す。しかし谷間のクリストフには陽は当たらず微かに陽が当たり出した山の頂きは電線が邪魔になり写真にならない。仕方なくイライラしながら部屋で待つ。9時バルーガまで登る。途中で雲がぐんぐん増えてきてガルツィックではすべてが雲に隠され風も吹きまたZermattの二の舞かとすっかりショゲ返った。しかしバルーガへのケーブルの途中から雲の上に出ると雲1つない好天で思わず飛び上がりたくなる。途中で写真を撮っていたSとはこれ以来1日中バラバラになってしまう。バルーガから新雪の大斜面をホルストのクラスと共に滑る。写真も撮りたい、滑りたいで迷うがこれ1回はスキーと諦める。やはり晴れると流石壮大なスケールで夢のような大斜面が様々な変化をもちながら延々と続いている。ホルスト始めクラスの連中が新雪を蹴立てて滑るのを撮りたいがただ付いて行くだけでも精一杯でとてもリュックを下ろす暇はない。おじけづいていた新雪をかなりのスピードで滑れるようになってくる。勿論軽い雪に助けられてはいるがZermattの時よりは重い。しかしスキーはうまく横ズレしてくれる。途中からは調子づいてきてクラスの先頭の方を滑る。11時クリストフに帰り解散。カメラを持ってすぐ上がるというホルストを追う。ガルツィック付近で新しい斜面を探すが僅かに2〜3時間の間によくもまぁと思う斜面までシュプールが刻まれていてなかなか思うような斜面がない。それを探しながらかなり厳しい新雪の斜面を大分滑る。思ったよりうまく行く。長い谷間の緩斜面では彼を追ってクラウチングで生まれて初めてと思われるようなスピードで滑る。恐怖はほとんどない。ほとんど写真は撮れなかったが思う存分のスキーはした。ただ時間が残り少ないのが気になり、残念ながらホルストと別れ単独で写真に専念する事にする。ホテルに帰り急いで食事を済ませバルガーへ。ケーブルは混んでいて大分待たされる。朝のうちは多少雲が残っていた、天空もすっかりピーカンになりバルーガから更にケーブルを乗り継いで行った展望台からの眺めは凄まじいばかりで日本の山が山脈という名の通り一列の山並みであり線であるのに対しここでは線を見出す事は出来ない。見渡す限り3000メートルクラスのピークが一面に敷きつめたように広がっている。しばしあまりの凄まじさに呆れかえっていたが思い出してカメラを取り出す。しかしこのお花畑のように延々とそれぞれ美しい山々をファインダーの枠でカットする事はひどく難しい。目をつぶってシャッターを押しても写真になることは間違いない。しかし自分の意志で何かを撮り何かを捨てなければならないとなるとこれはまたどうしたらよいのか全くわからなくなってしまう。岩の間にシュプールが見え隠れし黒い点が良く見れば少しづつ動いている。20〜30分ほどして下り始める。あちこちキョロキョロ見回しながら時々カメラを出してはまた滑る。何とかこの壮大な山とスキー場のスケールを記録したいと思うがなかなか思うにまかせない。16時頃クタクタに疲れて帰る。黒岩君が来て暫く喋る。Bandes heimでホルストと会う。       
 
1月25日
 7時起床。名残を惜しみつつEderweissを出る。また雪、昨日の好天がウソのようだ。8:36St Anton発Zurichへ。列車の中でChurのインストラクターと色々話す。Zurichでスキーをアナカンでまた不要なものを大分苦心してSea mailで送る。これで少し身軽になる。しかしその後食事をしホテルのバーで一杯飲んだだけで1日が終わってしまった。静かなバーで久しぶりに少し落ち着いて考えたり話したりする。振り返ってみると慌ただしい毎日でほとんど何も考えたりすることのない毎日だった。ヨーロッパ最後の夜と思うと多少なりと物を考える気分になる。

by my-pixy | 2014-05-31 08:43


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