2006年 02月 07日
トリノに思う
f0103459_1822073.jpg それにしてもこれらの街々を思い出すとき、残念に思うのは無個性な日本の都市で、その象徴が新幹線の駅舎です。世界に冠たる京都駅にしても新幹線側は日本統一規格そのものです。スキーで通い慣れた長野駅にしても、善光寺口側ぐらい残すかと思いきやオリンピックを機会に跡形なく建て替えられ、正面はエスカレータや交番、レンタカー、お土産屋などに占拠されてしまいました。効率は良くても雰囲気のあるパリのターミナルなどとはとんでもない違いです。しばしば映画の舞台にもなったヨロッパの終着駅ですが、新幹線の駅をベースにしてはどんなドラマも考えられません。それどころか居眠りして発車寸前に気がつけば、名古屋を京都と間違えることさえありそうです。

 同じようなことはスキー場でも起こります。昨年話題になったPホテル、日本中のスキー場でもあちこちで大型リゾート開発を行いました。その中の奥志賀高原、ニセコ、富良野、雫石などには何度も通ったことがありますが、ホテルを中心に和食、中華のレストランとゴンドラを配置するというスタイルはすべて共通です。奥志賀、ニセコには毎年のように出かけましたが、富良野、雫石はそれぞれ1回ずつだった思います。しかし今はそのすべての記憶がごちゃごちゃで、同行したメンバーと話しても、いつの何処のことだったかさっぱり分かりません。自分たちの記憶の衰えを棚に上げるわけではないのですが、戦前や戦後まもなく、欧米人を意識して建てられた赤倉観光ホテル、志賀高原ホテル、白馬東急ホテルなどはいずれも特色ある良いホテルでした。そしてその記憶ははっきりしていることを考えると、やはり無個性な建築の罪はありそうです。

by my-pixy | 2006-02-07 16:44


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