2006年 04月 21日
電子手鏡の8年  その1
f0103459_1164061.jpgf0103459_1171113.jpg 1998年には、まだデジタル一眼レフは登場していませんでしたが、小型デジカメが100万画素に届き使い勝手も向上してきたので、何とか臨床に応用できないかと考えていました。 当時の主力は親指カメラと呼ばれた小型ビデオカメラでした。日本の歯科メーカーは自社では製作せず、日本製電子器機を組み合わせた米国製品を輸入して売りまくっていました。たった40万画素しかなのに動画を静止画に変換するために、カート一台の図体にもなる馬鹿馬鹿しい装置でした。それに水をかけてやろうというのが「電子手鏡」という発想でしたが、勝算はありました。
 むかし話は98年9月号の歯界展望の「電子手鏡のすすめ」に譲りますが、小型デジカメで始まった電子手鏡は、その後エルモ製資料提示装置DT 70に引き継がれました。自現機から出てきたデンタルX線フィルムを、すぐに拡大して見たいというニーズが高かったからです。DT 70はこの目的にはぴったりの装置で多くの人に愛用され、生産中止が決まった時には身内で在庫の争奪戦がおこるほどでした。フォトビデオカメラなどと呼ばれる同種の製品もありましたが、使い勝手は断然エルモでした。
 カメラで撮影したりパソコンを操作したりする手間が無く、濡れたフィルムでもシャーカステンの上に置けば、そのまま見られる魅力が、ニコンD1に始まるデジタル革命の中でも厳然と生き残ってきました。しかしこのことは患者さんへの画像提示を「ビデオ・テレビ・ライン」に依存させ、パソコンによるシステム展開を妨げる弊害も生みました。症例の記録というラインは完全デジタル化されながら、即時性を生かした患者さんへの提示がなおざりになったのは、大半の患者さんが古くからの方々で、あらためて全顎の提示を必要とすることが少なかったためで、その空間にエルモががっちり根を張ってしまったのです。 遅ればせながらシステム再構築を考え始めました。

by my-pixy | 2006-04-21 17:50


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