2015年 05月 16日
一期一会
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数日前にアップした「思い出の一枚」の途中経過で、何度も原稿にした症例報告の残骸ですが、すでにほとんど絶版になっていますし、歯周病に熱中されている若手の先生が目にされることは少ないと思いますし、自分自体でも見直すと今では変わったことも多いので再録することにしました。

 まず、開業医には誰にもその人を象徴するような一症例があり、それに引きずられてその後の臨床が続けられていくものですが、私にとっての一症例はこのケースをおいてありません。自分が関心を持っていると不思議にそうしたケースに巡り会うということはよくありますが、このケースもまさにそうした出会いで始まりました。スキーもヨットも一段落でそろそろ本腰を入れてと思い出した47才のことです。
 
 後半は重度の骨粗鬆症、脳梗塞などにも苦しまれながら約40年、いつも忘れられない患者さんです。すでにホームに入られてお話しすることも難しくなりましたが、この方から教えられたものははかり知れません。私のニックネームになっているかもしれないすれ違い咬合のなかでも別格の存在です。

 前置きはほどほどにしてこの症例のタイトルは「咬合支持歯の保存に固執し、シングルデンチャーへの移行期を失した症例」という長たらしいものになります。もう少し減らす改変という概念が認知されれば「シングルデンチャーへの移行」に短縮できるでしょう。

 初診時、54才で外資系の会社でばりばり仕事をされ、余暇には個人でシルクロードを旅するなどという方に、シングルデンチャーとは言えませんから、上顎はリスクはお話ししてクラスプデンチャーを装着するでしょう。右57はエーカースですが右5は線鉤を使うかもしれません。下顎は両側遊離端義歯です。右上45の連結は行わず義歯床は後縁は浅くしますが全部被覆です。

 経過対応しながらシングルデンチャーを目指しますから、45の連結が必要になれば抜歯のチャンスですし、7も挺出が見られれば調整しながら下顎の遊離端義歯を大切にします。2〜3枚目画像の大半は不要になり、シンプルで易しいしい処置で4枚目の悲惨な事態は回避できると思っています。

間違った治療方針で引き回した患者さんには、何とも申し訳なく思い続けています。ただ弱体なところにインプラント!などという方向に踏み出さなかったことだけは救いでした。私の最初のトライアルは1987年でしたし、パリでの最初のオペ見学は94年でしたから10年以上の時間差があったとはいえ危ないところでした。反面教師になるような誌上発表にも救われましたが、すれ違いの難しさは知り尽くしていたことで最後の破局は回避できたとおもいます。

リッジットサポートのパーシャルデンチャーが、支台歯を引き回す矯正装置になることになり、大切にしてきた咬合支持歯が移動してテコの支点になり、義歯の槓杆現象を助長して顎堤損傷の手助けをすることになるとは夢にも思いませんでした。その後4枚目の画像中央のデンタルに見るような上顎後方支台歯をしばしば見るにつけ、歯根膜が骨を造る負の一面も経験するようになりました。経過切らさない観察継続の必要性と、ゆるやかな下降線を妨げない臨床が、この症例から学んだ最大の教訓です。

by my-pixy | 2015-05-16 08:36


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