2015年 11月 03日
1970年頃のこと
f0103459_13511280.jpg  f0103459_179290.jpgすれ違いやリン酸亜鉛セメントの話にもどったところで、雑誌に原稿を書き始めた頃のことを振り返ってみた。最初の1本は根面アタッチメント紹介で、卓球部の先輩から新しいもの好き!とガツンとやられたので、数年のトライアルの後2本目のリカバリー原稿をまとめた。
 3本目は咬合支持にまつわるもので、ネーミング,タイトルに迷ったもののオーバーデンチャーをベースに、すれ違い咬合への挑戦の皮切りになるものだった。ペリオ、テレスコープ泥まみれだったし、自動車事故で数年にして亡くなられて、すっきりした形にはまとまらずじまいだったが、思い入れは大きい症例だった。f0103459_17175684.jpg



1972年の「クラウンブリッジの臨床」という共同執筆の書籍では、恐れも知らず背伸びをして、補綴学教室の諸先輩の中に割り込んでいった。咬合の保全と改善という最終章で、動揺歯の固定、全顎補綴の問題点などを書くとは・・・・。しかしペリオ不在の中での挑戦は最も悔いの残るものになった。同じ症例の10年の術後経過は1985年の臨床ファイル1.に再録したが、この立派な本は書棚の奥で眠りつ続けている。
その後の「オールセラミックス」「パーシャルデンチャー新時代」なども力作ながら時期を得なかった

by my-pixy | 2015-11-03 13:33


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