2016年 08月 03日
最後の防衛戦の始まり
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f0103459_1630037.jpg 懸念していた左側犬歯の破折がはっきりしたのは2005年のことである。93年の初診時から懸念していながら防げなかった。4犬歯の一角を占めポストインレーでブリッジの支台になっていた。ポストが主根管から反れていて、いつかはこの日が!と思っていた。全歯列中のかけがいないKeytoothhだった。

まだ東日本大震災の前だったが初診時、右側67欠損で始まったツナミが、海を渡り反対側に到達したような気分だった。67欠損でも大切な5を守ろうとして果たせなかった記憶が蘇って、抜歯後の対応に眠れぬ夜が続いた。安直に抜歯後の犬歯の後にインプラントを埋入しても好結果は期待できないだろうと考え、45の欠損額堤に2本のインプラントと6番の内冠、3のポンティックを挟んで一次固定した21にシングラムレストを載せるという遊離端型の可轍ブリッジにした。


 思い入れのインプラント混在の補綴物はその後8年、この過酷な条件下で大過なく経過した。その経過は近日アップするが、外冠内のパラ箔や適合試験材の変化でこれまでに無いレベルで明らかになった。
しかし当時の正面観などを今見返すと、咬耗や顎位の低下は昨日のスタモほど著明ではなかった。「鹿を追うもの山を見ず」という諺とぴったりで、行った処置は間違っていなかったが、打つべき時期が遅すぎたことは如何ともならなかった。せめて60代であればと悔やまれるところだ。

by my-pixy | 2016-08-03 08:24


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