2006年 12月 08日
歯 vs 顎堤 ( RPD.7 )
 開戦記念日の話題というわけではないのですが、すれ違い咬合など(06.12.3)残存歯の咬合支持をなくしたケースでは、歯と戦った顎堤の無惨な吸収像を見せつけられていました。それが緩圧などという発想に反発する根源にもなっていったのです。
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 このケースもちょうどその頃出会った象徴的なケースです。この状態なら屹立する2本の下顎前歯にはどんなに大きい負荷をかけても許されるという考え、頑丈なサポートをつけたブレーシングアームを使いました。12年後前装レジンはすべて剥げ落ち、露出したメタルフレームで咬合接触していましたが歯へのダメージはありませんでした。
 誤算だったのは上顎小臼歯の支台装置で反体側の7との間に、典型的な回転軸ができることを緩和したいと、ウイング状にバーアタッチメントを延ばしたことです。3点支持に近づければ!などという浅はかな期待は空しく、義歯床内の空間でシーソーのように2本の支台歯を揺すったことは明らかでした。こちらも単純なテレスコープにして、年1回程度のチェックをしていれば10年の延命は可能だったでしょう。
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 上顎小臼歯は抜歯し下顎前歯部はテレスコープに変更するなどの手を打ちましたが。残念なことにその直後、84年8月71才で亡くなられました。
 アタッチメントなどに未練を残し、テレスコープ義歯に完全移行する前の迷いを残した症例ですがが、多くの示唆を得た忘れられないケースでもあります。多数ではありませんがこれらの典型例が点と点で結ばれ、より多くのケースで肉付けされてテレスコープ・デンチャーがまとまっていきました。

by my-pixy | 2006-12-08 10:40


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