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2006年 08月 27日
今週はD80
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 すでにショールームその他では展示も始まり後半には実機も入手できるでしょう。これまでならば相当ウキウキしているはずなのですが、どうも今回は違います。カメラ雑誌の記事が、新しいものに偏った内容になるのは致し方ないのですが、今回は一族兄弟の争いで、お気に入りの兄貴分が守勢に回っているからです。8月9日の時点では本気でどちらにしようか迷っていましたが、今は弟はD80に決めました。同じ機種を2台持ちたくないことが最大の理由ですが、この世界では新しいものの機能が必ず優れているからです。
 かってD1Xにいくら執着しても、機能的には半額以下の安っぽいD100に敵わなかったように、新しいものは必ずよく安くなるのがパソコンやデジタルカメラの宿命です。フラッグシップだ何だとおだててみても、重く、使いにくく、色もいまいちのD2Xをいま選ぶ人は、はったり勝負のプロカメラマンしかいないでしょう。

 カメラの造りはともかく、こだわってきたファインダーまで差が無くなっては、2倍〜3倍の価格差は通用しません。F5やF6のような究極の堅牢さや連写速度を必要とするプロカメラマン以外、いまニコンを買うならD80以外は考えられません。現時点では旧ユーザーからあれこれ言われても、SD化が必至という現状ではCFの機種が消えていくのも致し方ないでしょう。D200で踏み切ってくれていたら!という思いはありますが、そこまではできなかった事情も痛いほどわかりますからやむを得なかったでしょう。
 むしろニコンはAPSC、SDカードと二つの思い切った決断をしたと思います。ここまでやるの!というくらいコンセプトは明確です。これに対してもう一つのトップメーカーの方は新型カワハギを発表しましたが、ゴミ取りと安値以外に何の魅力もありません。フルサイズなど製品系列を複雑にしているだけで、全体の思想が伝わってきません。独走、巨大化のツケでしょうか。

 私にとってそれより深刻なのは、このH.P.最大の売り物だったデジカメ談義の存在意義が、急激に薄れてきたことです。デジタルカメラは、ファインダーを覗いてきちん撮るカメラと、手を伸ばして片手取りするポケットカメラの2機種に整理され、ブランドイメージも無くなってくるようです。
これからはネタ探しがいよいよ大変です。

by my-pixy | 2006-08-27 16:01
2006年 08月 22日
月光浴
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 朝、机の上に写真展の招待券がのっていました。メモでは先週末カメラマンの稲田さんが下さったとのことです。以前「こだわりの部屋」にぐい呑みの連載をして頂いた方です。月光浴の意味はよく分かりませんでしたが、月光写真展で少し見えてきました。

 珍しく残業のない技工室をさそって大丸12階まで出かけました。入り口を一歩入ると、足下を照らすライトがほしいような暗さに戸惑いました。始めは大きなフィルムにプリントした作品に、バックライトが当てられているのかと思いましたが、半分以上見終わってからプリントにスッポットライトが当てられているのだと分かりました。この頃になっても明るさには順応できず、ディスプレーの砂の山をけとばしたりしていました。

「満月のわずかな光だけで写真撮影し、独自の世界を創り続ける石川賢治」という解説を見たのは展覧会の帰り道のことで、不思議な空間に繰り広げられる120点の作品に圧倒されていました。ライオンやイグアナもいましたが大半は海やヒマラヤや岩など不思議な対象です。石器時代に迷い込んだような光景が、人工的な照明がないところでなければ撮影対象にならないからだ、と気づくまでにちょっと時間がかかりました。
 バオバブの写真では、おなじみのスポットに再会でき、又いきたいなー!と思いながら帰ってきましたが、実はこれらの写真を撮れる日は、好天に恵まれても満月前後の月に3日しかないという話を聞き、またまたプロのすごさに脱帽しました。

by my-pixy | 2006-08-22 11:03
2006年 08月 16日
今年の夏休み
 今年の夏休みは30数年をタイムスリップしながらの3泊旅行でした。何度か書いていますので、ご存じの方も多いかも知れませんが、われわれのヨットライフの中心になってきたのが「わだつみ」で、この艇とのつながりで多くの方々とお付き合いをしてきました。私も40台前半でしたし多くのメンバーは20才そこそこでした。
  
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 われわれの手を離れて20年以上が過ぎ、志摩ヨットクラブで朽ちかけていた「わだつみ」を、ヨットのヨの字も知らなかった新たな40台が引き受け手になって復活させてくれました。その中核になったのは初代のメンバーの菅井氏です。彼は「わだつみ」のあとハワイでのケンウッドカップ、メルボルン大阪のダブルハンド優勝など数々の実績を上げ、現在は海遊人マリーナのハーバー・マスターをつとめながら長期クルージングの機会をうかがっています。今回はやはり70年代のクルーメンバーだった2名を加えての夏休みでした。
 回想シーンが入ったりして分かりにくいところもあるかも知れませんが、楽しかった3日間のおすそ分けです。
 
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by my-pixy | 2006-08-16 11:54
2006年 08月 08日
空を飛びたい
 自分たちの艇でクルージングしていた頃、沖にアンカーリングしてよくやる遊びがスピンネーカー・フライングでした。追い風の時に使う一番大きなセールをマストトップまで上げ、セールの下にわたしたロープに腰掛けたりぶらさがったりして、風に吹かれてブランコのように遊ぶだけの他愛のないことなのですが、風が変わると右に左に大きくふれ回りますから、見ている方もなかなか楽しめるのです。乗り降りやコントロールのために別に一本ロープはとっているのですが、人と次第によってはいくら泣きわめいても下ろしてもらえず、飛び降りる以外になくなるのです。この時の落ち方がまたビールのつまみになるというわけです。
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 最初にこの遊びを眼にしたとき、早速少し離れたところにきて真似をしてみました。しかし乗り手はマストからだらりとぶら下がるだけで艇の外にも出られないのです。風の強い日にも試してみましたがやっぱりだめ。当時のわれわれの艇のセール面積では無理だということが分かりました。24フィートから31フィートにサイズアップしてからも、ようやく足が水面を離れるかどうか、フライイングにはなりません。数年後38フィートになってようやく空を飛べるようになりました。
 これまでのコンプレックスを取り返すべく、小型艇の集まっているところにすり寄っては歓声を挙げて優越感にひたりましたが、本当はまだちょっと大きさが足りなかったのです。気持ちよく飛び回れるのは小柄なクルーメンバーだけで、70キロクラスが空を飛ぶには40フィートが必要だったようです。
来週は志摩でなつかしいこの艇と再会しますが、頼もしい新オーナーグループがスピンネーカーに手を出せるかどうか、それが問題です。

by my-pixy | 2006-08-08 13:46
2006年 08月 07日
なぜか嬉しくて
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 屋根に登ってハイになったわけではないのですが、久しぶりのドライブをしてきた愛車にハイビスカスを飾って記念写真。そして今朝嬉しいニュースです。白い車体に日の丸をつけたリッチー・ギンサーの乗ったホンダF1が優勝してから、39年になるといいますがあのときの感動がよみがえってきます。さまざまなメーカーと組んでの参戦から、単独チームになっての勝利だけにうれしさも一入でしょう。40年もの間、負けても負けても挑戦を続けるひたむきさはどこからくるのでしょう。その現場にいらした福田現社長もすばらしい「宗一郎イズム」の方なのだろうと感じました。
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 わがホンダ軍団は、同じ14年目に芝刈り機がグリーンから赤に代わりましたが、10年をこえたアルミボディはいたって健在、ドライバーなりの走る楽しさを与え続けてくれています。

by my-pixy | 2006-08-07 09:45
2006年 08月 06日
プアマンズ空撮
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 ビールを飲みながら、日常生活の中でどうしたら視点を変えた写真が撮れるかと考えていました。ヨットならマストをすぐ思い浮かべますが、体力勝負ですしあちこち動くというわけにもいきません。
そういえば自分の家の屋根に上ったことがないな!と気がつきました。建前から屋根の吹き替えまで何度かチャンスがあったのですが、大工さん達に混じって梯子を登る勇気がなかったのです。朝はカラスの運動場になっているくらいで、雪国の建物のような傾斜もありません。それでも手すりなしで下が傾斜しているのは気乗りがしなかったのです。
 f0103459_1740593.jpgベランダや2階の窓からでも景色は変わりますから、明日こそはと心に決めました。庭仕事をしている間に屋根はカンカンに暑くなってしまい、ようやく4時頃になってスニーカーと作業ズボンで身を固めそろそろと登り始めました。梯子をはなれ手のホールドがなくなる時は大いに勇気がいりました。
 端から見ていたらとんでもない姿だろうなと思いながらも、広角レンズも持ち込んで海側の端をを尺取り虫のように歩いてきました。風もなかったのですが弱った足腰だけのホールドは思い出しても気持ちは良くありませんでした。今度はロープかけです。それでも眺めは抜群、初めてのシーンを何枚かゲットしました。

by my-pixy | 2006-08-06 17:37
2006年 08月 04日
上顎の前歯部ブリッジ 2   Case 9
 長期的に通院されている患者さんですが、歯周病の進行を止められず大臼歯の支持はほとんどなくなってしまいましたが、咬合力はそれほど強くないらしく薄氷を踏むような状態が続いています。
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2001年上顎中切歯を喪失しましたが、大きな補綴処置にはしたくないのでこの部分だけの3歯ブリッジを考えました。唇側のエナメルを保存するために舌面板を支台装置にすることは決めていました。Case 8のトラブルはまだ経験していませんでしたが、メタルの方が無難ではあることは分かっていました。ただCase 4の記憶もあり、クリアランスには余裕があるので、エンプレス2のコア材を厚めにすれば可能なのではないかと考えました。
 撤去のことはかなり意識していましたので、接着頼みで長いポストなどは使用しませんでした。インセラムに較べれば弱体なエンプレス2ですがこの条件なら耐えられるのではないかという想定でした。
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 しかし期待は脆くも破れ、2年弱で21の連結部にクラックが入りました。破断面で引っかかっているらしく、この時点で患者さんからの訴えはありませんでしたが、実験は完全に失敗です。インセラムよりは楽でしたが接着状態は良く(時系列にはこの撤去の方が先)歯質とエンプレスの識別は困難でした。
 Case 4に較べれば、コア材の強度は2倍近いにもかかわらず短期間で破折したことは、僅かながらこちらの方が支台歯の動揺があることと、上下顎の違いと考えられました。

by my-pixy | 2006-08-04 11:20
2006年 08月 03日
上顎の前歯部ブリッジ  Case 8
 前回上顎前歯部のオールセラミックス・ブリッジについて少しお話ししましたが、その代表例を提示します。1990年頃からオールセラミックスによる修復を始めるようになりました。古い歴史のあるポーセレン・ジャケットクラウンの延長線上に将来性を予感したからですが、現実はそう甘くはありませんでした。オリンパスOCCに代表される新素材はトラブルだけを撒き散らかして数年にして全面撤退しましたが、残された患者さんをかかえたわれわれは、その後始末に10年以上の年月を要しました。
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まだその痛みも消えない頃ですが、オールセラミックスの夢は捨てられずに、次の挑戦を始めていました。インセラムを開発したマイケル・サドゥーンという人をパリで紹介されたことが始まりで、その研究室や専属のラボに出入りしていました。(1〜3)後にシステムはビタ社に売却されるのですが、この時はさまざまな試作品がテストされていました。
 日本に導入されたのは1995年頃のことで、私の第1症例は上顎123の1歯欠損のブリッジでした。(4)このブリッジは10年をこえ現在も使われています。
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 ところが2年後の211のブリッジには想像もしなかったトラブルが起こりました。1950年生の女性で、メタルボンド・ブリッジの色調に対する不満が主訴でした。両側支台歯とも有髄歯でオールセラミックスに打ってつけの条件でした。1998年3月に処置が終わり十分満足していただいていましたが、6年後の2004年7月破折を訴えて来院されました。

 前歯部の一歯欠損は適応症といわれていましたし、数少ないものの前例もあって安心していたのでショックは隠せませんでした。撤去が困難になることは分かっていましたので、午後からの数時間をあけてスタートしました。メタルよりはるかに固いインセラムのコア材は、唇側にスリットを入れるだけでも容易ではありませんでした。支台歯を傷つけないよう舌側までスリットを入れてもメタルのように開いてはくれず、さらに細分化してほとんど削り落とすような状況になりました。
 事件は最後に起こりました。中切歯切端分の1/4ほどを剥離しようとしていたときです。小さな音とともに何かが外れました。そこには血が凍るような光景がありました。コア剤とともに近心隅角部の歯質が欠け、髄角から出血しているのです。長い開業医生活ですがこれ以上のショックはありませんでした。近くの方でしたら覆髄も考えられるのですが、新幹線で通院されることや露出部の大きさも考えると抜髄止むなしと判断しました。
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ブリッジにオールセラミックスを使ったこと、安全度を見るつもりで接着を使ったことが致命傷を呼び込むことになりました。この日のことを思い出すと、今後、ジルコニアなどを使ってさらに強度をあげようとは思いません。
 オールセラミックスは単冠で小臼歯止まり。それ以外はメタルボンドに戻しました。唯一の例外は下顎前歯ということが今の結論です。このことを補足する症例を次回に提示します。

by my-pixy | 2006-08-03 15:58
2006年 08月 01日
8月 ボラボラ 93
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 珊瑚礁をバックに移り変わるエメラルドの海を求めて南の島に出かけるのですが、ヨットから見る景色は一線で交わる海の青と空の青でしかありません。いくら爽快だ!美しい!といっても現場にいなかった人にその美しさは伝わりません。ロマンティクな水上コテージだって、水面から見ればお粗末な建て売り長屋です。
 1週間のクルージングでも写真撮影でもっとも歩止まりがよいのは、たった10分間のヘリの遊覧飛行なのです。名人望月さんでも、空撮と脚立を取り上げられたらかなり苦しまれるでしょう。

by my-pixy | 2006-08-01 00:10