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2012年 05月 27日
日曜美術館の予告から
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 昨日のショックをひきずって今夜の日曜美術館を楽しみにしていました。ところがよく見ると今日の放送はあさ終わっていて、次は来週と分かりました。平塚で展覧会が行われているのですが、遅くなってしまったので丸善に著書を見に出かけました。格闘の奇跡200余点という鉛筆だけの作品と文章に引き込まれました。

   孤独を描きたいわけでもない。
   なにかを伝えたいわけでもない。
   孤独を生きる人のことを知りたい。

   自分にとって一番大事なことは、
   その人間を知っていくということで、
   絵を描くことではないと思っている。

先にテレビを見ないで幸でした。

by my-pixy | 2012-05-27 18:02
2012年 05月 27日
咬合崩壊とは高齢化問題だった
f0103459_9182624.jpg 残るも1ヶ月ほどになっても毎日、咬合崩壊やその対策などを考えていますが、昨日になって気になっていた私の関連症例の初診が1969年から1986年に集中していることがはっきりしました。
 初めて山形の国際シンポジュームで発表したテーマ「咬合高径-変更の得失」もこれらの症例の経過が見え始めた1988年でした。「咬合挙上はすべきではない。やむを得ない場合でも前歯部で2ミリ以内」などと云う私の持論はこの時ほぼ決まっていてその後には大きなチャレンジはしていないのです。
 これらのケースは2000年前後まで経過観察を続けました。持論を撤回すべき事態は起こりませんでしたが、現在は亡くなられた患者さんのグループに入っています。

 画像は昨夜のNHK、Global Aging というディベートのものでテーマとしては新しいものではありません。しかし最近、亡くなられた患者さん以外にもホームに入られる患者さんや、付き添いの方なしでは来院できない患者さんは次第に増えています。この他にも30年、40年を経過した同世代の患者さんにもその影は伸び、定期検査では「もう長生きはしたくないけれどお迎えが来ない」などと意気投合したりしています。

 少子化問題や年金、社会保障、アルツハイマーなども身近なテーマになる中で、同じ問題は中国、アフリカも例外ではなく、その最先端を歩んでいるのが日本だということになると、テレスコープだインプラントだといっている時ではなさそうです。シングルデンチャーが気になったりするのも、そうした背景があるからかも知れません。鳴り物入りで進めてきた今回のプロジェクトをどう決着をつけるかきわめて重いハードルです。

by my-pixy | 2012-05-27 09:31
2012年 05月 24日
シングルデンチャーの患者さん
f0103459_753814.jpg 4月18日の続きです。来院回数が少ないので下顎前歯の残根は根管閉鎖で手つかずのまま、犬歯のコアで止まっています。上顎は2つ目の仮義歯状態ですが、身内を介していろいろなニュースやコメントが入ってきます。30年のブランクの後だけになかなか新鮮で思わずニヤリとしてしまいます。順不同ですがその中の一部をなるべくご本人の言葉で。


・義歯はとても具合が良くいろいろなものを食べてみているが、イチゴやピーナッツは粒が義歯の下に入ってこないので痛くない。
・角砂糖をかじっても外れなかった。
・昔からごましおごはんが大好きだった。久しぶりにゴマを咬んでゴマの味を思い出した。
・義歯を入れずに朝食を食べてみたらまったく食べられなかった。歯がないときどうして食べていたのだろう?
・ステーキは暫くはハンバーグぐらいにしておいてと云われたので素直に従っている。(訳注、最初の仮義歯を入れた次の来院時ステーキを食べたといわれてビックリした私の発言に対して)
・あれだけ歯を無くしたのに、甘いものは虫歯になるとか、入れ歯をきれいにしておかないと口の中にバイ菌が繁殖するとか云っている。
・昔の友達に会ったら若くなったと云われて、髪を染めようかしら・・・

by my-pixy | 2012-05-24 15:25
2012年 05月 15日
2011.12 傾斜歯の続き
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f0103459_15394823.jpg 昨年の暮れの続きです。6のTekから遠心延長したポンティックで遠心舌側方向にアップライトし、有髄歯のままアンレーをテレスコープに変え、5の遠心に設けたキーウエイと連結して補綴しました。ほぼ半年ですがミニデンチャーはレストとも安定しており、6の近心および分岐部にも改善が見られました。

 義歯の脱着もティシュペーパーで外冠部をもてばちょうど良いきつさで、安定しているようでほっとしました。最近は高齢の患者さんに、こうした省エネ補綴をすることが多くなりましたが、固定するよりは可撤性にする方が双方にとって安心です。ブリッジと同じ形態ですから、旅行中などは装着したままでブラッシングをして下さいとお話ししています。

 始めは不安半分だった患者さんも、半年後には全員がミニデンチャーファンになり、着脱にして良かったと云っていただいています。すっきりした形はメインテナンスにもプラスになっているようで、新らしく手にされた愛玩品は大切にされているようです。

 メジャーコネクターやマイナーコネクターを脱ぎさって、パーシャル・デンチャーは大きく変わりました。それを可能にしたのは一本の移植やインプラントによる歯列の改変ですが、それがまた新たな発想を呼び込んだような気がします。

by my-pixy | 2012-05-15 15:41
2012年 05月 15日
RAWデータのすすめ
f0103459_1622780.jpg ブログのスーパープレミアム契約のおかげで,来訪者がどんな記事を見ているのかが分かるようになりました。この1ヶ月ぐらいに関しては、新規アップ記事を上回る人たちがデジカメ関連に来訪されています。ただよく分からないこともあります。カメラねたといってもその大半が一眼レフや口腔内写真関連でタグを頼りに餌探しをされています。ただその後が問題です。最新のとかベストとかいうタイトルにひっかかって、3〜4年前の記事を見て帰るらしいので、見つけ次第期限切れの記事にはX印や「賞味期限切れ」などの加筆をしているのですが、一向に止まりません。

 そんなことより何十倍も大事なのはAWデータです。マニュアル撮影は原則ですから時にこんなことも起こります。画像は昨日リコールで見えた患者さんですが、始めに小さな義歯を撮影する条件に合わせたことを忘れて咬合面観を撮ってしまいました。連続的に沢山のショットをとれば背面モニターでチェックしますが、バタバタしているとこんなこともあります。上段がRAWデータ、下段がJPGです。

 始めは下段にも上と同じ様な画像が並んでいました。JPGのほうはどうにもなりませんが、RAWは見事に甦ります。色温度を合わせ明るさを変えるだけです。これを一度経験したら二度とRAWは止められないはずなのに、画像が大きい,煩雑、やり方がわからない・・・・という言い訳は後を絶ちません。

by my-pixy | 2012-05-15 08:46
2012年 05月 07日
大地の画家・常田健・日曜美術館
 深浦に行く車窓からリンゴ園を前景に岩木山を眺めていた浪岡町。そこに生まれ画家を志して上京しながらそこに自らの目指すものはなく、誰かに師事するでも渡欧するでもなく帰郷。自ら農民として生活しながら、黙々として時代にほんろうされる農民を見つめて生涯を終えた画家。あまりにもタイムリーな番組に金縛りになって見とれていました。三沢米軍基地、六ヶ所村の原子力施設など、沖縄や福島問題がなければこんな企画は持ち上がらなかったかもしれません。しょせんよそ者ですがあの岩木山の光景がまたくっきり甦ってきました。
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「2000年に89歳で亡くなった画家・常田健。青森の津軽でリンゴ農園を営む傍ら、田んぼや畑で黙々と働く農夫の姿を描き続けた。生涯、売るための絵を1枚も描かなかった常田。農村に迫り来る都市化、自然に左右される厳しい現実、また反戦や基地・・・。故郷のさまざまな風景を一貫して、農民の目線で描きつづけた反骨精神の持ち主だ。」  NHK

by my-pixy | 2012-05-07 08:06
2012年 05月 06日
雨は覚悟で八甲田へ
深浦の朝の観光までは薄日も差していた天候も、午後になるとポツリポツリ落ち始めました。しかし心の準備は万端ですから落胆することもなく八甲田に向かいました。●●観光ホテルという名の日本捕虜観にはいつも馴染めませんが、今夜は大丈夫と思うと心は晴れ晴れで、路線バス2時間待ちという障壁も何のその駅前のタクシーと翌日の観光を含む取り決めまでして山に向かいました。
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あと2〜3年で定年というドライバーはわが患者さんの中では若手ですが大いに話は弾み、ああという間に酸ヶ湯の手前のホテルに到着しました。ここに泊まったことはありませんが,酸ヶ湯には3年連続春スキーなどということもありましたから、話題にはことかきませんでした。酸ヶ湯とはまったく雰囲気が違いますがかっての奥志賀フェニックスを思わせるホテルはいっぺんでお気に入りで、ここで常連になったらレイクビューも真っ青でしょう。
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残念なことには今も4メートルを越す雪の壁でオープンはゴールデンウイーク直前、その後ゴンドラなどはできたようですが春スキーのメッカという位置づけは変わっていません。最大の話し相手をとられてはよそのグループに入るこむわけにもいかず、パソコンももってこなかったので、弘前での卓球部合宿や大鰐での初スキー、指導員検定などそろそろ定年になる記憶を辿っていました。
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チェックアウトに合わせてお友達が迎えにきてくれたので、やっぱり酸ヶ湯の温泉に入りたいと町とは反対に10分ほど、千と千尋のアニメそのままの酸ヶ湯温泉に入浴、千人風呂で滝之湯などに打たれ「やっぱりこれでなくては」などと意気投合し青森に帰りました。タクシーと別れ、昨年のねぶたを見たり、昭和28年にニセコに行くために連絡船に乗った古戦場を訪れたりしてスキー回顧の旅は終わりましたが、また1〜2年で戻ってきたいと思いつつはやてに揺られていました。

by my-pixy | 2012-05-06 13:34
2012年 05月 05日
五能線
f0103459_163422.jpg 学生時代、冬には見ていましたが噂に聞く櫻の弘前城には大満足でした。もう低気圧が追いついてくるのではとはらはらでしたが、何とか五能線からも美しい岩木山をぐるりと周遊しながら見ることができました。


 前回十三湖と竜飛岬は「津軽海峡冬景色」でしたが、ここはまさに「リンゴ追分の世界、土地の人が大切にする岩木山は、周囲に無粋なハコモノもなく高さを揃えたリンゴの木にぐ」るりとまわりを囲まれてしあわせそうでした。

 ちょうど夕日が日本海に消えるこる最初の宿泊地深浦に到着しました。列車の本数が少ないのではらはらはしましたが、夕日や岩場を見せようと停車したり減速したりローカル線ならではのサービスでした。

 岩場の写真は翌朝ですが、この日こそは雨と思っていた天候は昼まではもち、鰺ヶ沢、五所川原観では予想もしなかった津軽三味線のライブの大サービスでした。左側に運転士の後ろ姿が見えます。高速バスではなくて安心、これでプラス510円は申しわけないみたいです。

by my-pixy | 2012-05-05 16:11
2012年 05月 03日
ゴールデンウイーク  弘前城
f0103459_12574545.jpg 連休前半は何とか時間つぶしができましたが、続く4連休には手を焼いてしまいます。元気だった頃は年3回の休日をもてあますことなでど決してなかったのですが、この頃はぐずぐずしている間にその日がきてしまいます。

そんなことをブツブツ言っていたところ、わが秘書室長が救いの手を差し伸べてくれました。
何か考えていることがあるのかと聞かれて、前回のしじみラーメンや最近のテレビ番組などの話しをしている中に、だんだん東北新幹線や津軽弁のイメージが拡がってきました。何といっても青森といえば夜行列車の世界だった記憶が、盛岡や山形と同じ距離圏に変えてしまった「はやて」の開通は魅力です。志賀高原や白馬と同じとはいえませんが、発車15分前に地下街、JRの改札を抜ければ3時間少で青森駅という手軽さは羽田経由とは大きな違いです。
 それにしてもすでに連休に入ったというのに、ホテルも列車も無理だろうと思っていたところ、旅館はどうする列車の時刻は・・・とQ がは入ってき始めました。そして2時間後には、3日発は苦しいが2日に出ればというプランができ上がってしまいました。
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 残念ながらこの時点で5月2日からの天気予報は雨のマークが並んでいました。低気圧は西日本から北上すること間違いなしといわれ、傘とビニール合羽持参しての出発でした。連休ど真ん中で列車ホテルがとれただけで感謝しなければならないのに、ねぶたと共にこの地方最大のイベントに合わせて櫻が全開という幸運に予定を変更して弘前城へ急ぎました。
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お堀の水面は櫻の花びらのカーペットが敷き詰められて・・・・
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by MY-pixy | 2012-05-03 12:57
2012年 05月 01日
チロルの片隅で  5月
f0103459_1394776.jpg オーストリアの片田舎で見かけた看板です。英語読みにしても何屋さんかは分かりますし時計の文字盤に散りばめられたチロリアンハットからは、ショーウインド-以上のものが伝わってきます。こうしたディスプレーを作ってくれる職人さんや、発注する人が共に生活している村は、どんなにか住み心地がよいでしょう。

 30年前の写真ですガきっとまだ動いていると思います。次々生まれる大型ショッピングモールが地元の商店を潰していく日本とは何かが違います。

by MY-pixy | 2012-05-01 13:27