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2012年 12月 25日
思いとはウラハラ
f0103459_8531660.jpg KA367が処置方針決定に役立つかということをテーマに、それぞれの症例を持ち寄ってケースプレをしてもらいました。しかしそれぞれのケースとの整合性や治療指針の模索に役だったと思われるようなプレゼンは残念ながらありませんでした。
 治療方針決定のプロセスをブラックボックスから引き出すことには役だったかもしれませんが、このデータから下顎遊離端欠損義歯の回転沈下、防止のための3本植立の必要性を主張されても、唖然とするばかりです。

 おそらく術者は4/4犬歯と云うことでこの症例を選択したのだろうと思います。たしかに4本の犬歯に守られた上下前歯群は申し分ない状態です。しかしこの人は遊離端欠損義歯は回転沈下を起こすというドグマに心酔していますから右上4、左下4賀欠損していることが心配で仕方がないのです。大切な3番を支台歯に使って失うことにでもなったら大変だと考え迷宮に入っていくのです。

 KA367のネーミングのベースにもなって入るように、28本の永久歯の辿る運命は一率ではありません。それぞれ重要性は変わらないながら大臼歯は比較的に早期に失われ、犬歯は最後まで残存することは一般的な傾向です。結果的に両側遊離端欠損は臨床でよく見かけますが通常は良好な経過を辿ることが多いものです。

 下顎前歯群の欠損進行が進むかどうかも問題になるでしょう。臨床ファイル3冊などで発表してきた私の症例群80ケースの中の70ケースに大臼歯の欠損があります。大臼歯部の支持が1箇所以下になったものも50ケースに及びます。それでも下顎前歯群の欠損が進行したケースはありません。少数残存になっても両サイドを犬歯に守られ最後の砦になって入るケースは実に多いものです。

 歯周病のリスクが低く60才まで機能してきた上下顎前歯群をこの後すべて失うことは考えられません。これらの前歯群が顎位保持に役立っていないなら、すでに嵌合位の低下が起こっているはずです。結局、下顎に支台歯にできそうな残存歯がないからインプラント!という思考回路しかないよくある悲劇です。

 残存歯の数や咬合支持だけでなく、ペリオや咬合力などにも配慮して処置方針を決めてほしいと思っても、数だけで決めていた癖は抜けず、数字でなければ松、竹、梅といったスタンスでは、何を云っても無理なのでしょう。過去の経験を大切に生かし既往歴に配慮してなどと云っても、それが通じる人、分かって貰える人は制約されてしまうようです。

by my-pixy | 2012-12-25 11:50
2012年 12月 20日
リングストロボ応用術
f0103459_1333244.jpgf0103459_1347338.jpg  雑用に追われてさぼっていましたが、この間の来訪者の行く先をチェックすると、リングストロボとリアエントリーのスキー靴でした。後者は1回履いて放棄してしまったというのに何故か再三登場します。

 こんな話しはその後のラングの話しで充分なのですが、もう一つのストロボライティングの方は何も説明をしませんでしたので追加をしておきます。

本来リングストロボは真正面からのライティングをする道具ですが、画像のように取り外していろいろな角度からも照明できます。ニッシンのストロボはTTL自動調光ですから、こんな風にバックライトにしてもそれなりに調光してくれます。

 作例はこれからも出てきますが、デジタルカメラならではの特性を生かしていろいろトライしてみてはいかがですか。ケースプレの写真はどう見ても楽しいものが少なすぎます。

by my-pixy | 2012-12-20 13:18
2012年 12月 12日
咬耗は弱いもの優しいものを狙って
f0103459_18395474.jpg 私の患者さんでは唯一のシングルスタンドのインプラントです。リピーターの方はパンダの目に見覚えがおありでしょう。同じ方の右側です。

 2001年に右上の4が抜歯になり、どう補綴するか迷いました。ブラクサーのレッテルは貼られています。DNAの裏付けもあります。結局欠損拡大を恐れて単独植立となりましたが、インプラント、メタルボンド連合軍は下顎の天然歯のインレーを食い物にしています。

 約10年ですがやはり上部はセラミックではなくメタルにすべきでした.。もしこうした形で咬耗で解消できなかったらそのツケはどこに行くのでしょうか。どちらにしてもより分かりにくい状況になっていくことは間違いないでしょう。

by my-pixy | 2012-12-12 15:32
2012年 12月 10日
白さだけが審美!ではない
f0103459_19192046.jpgf0103459_1940021.jpg このケースの始まりは東京オリンピックの年です。すでにポーセレン・ジャケット・クラウン始まっていましたが、既成陶歯を削って低溶陶材を盛りたすような方法で、色調も自在にはなりませんでしたから、継続歯用のデービスクラウンの色調が合えばその方がましでした。この患者さんも当時21才でしたからもう少しシェードは合っていました。(最初の写真を撮った1995年にはすでに31年が経過していました。)
 通常、最初にはかなり色調を気にされても10年も経つとあまり気にされませんから、事故がなければそのまま50年という方も少なくありませんが,この方はこちらからかなり勧めてエンプレスで置き換えました。
 少しましになったのですがそれから12年後、となりの健全歯の方を破折してしまわれました。エンプレスの方のコアがパラジュームで色調が少し暗くなり、できればこちらをやり直したいと思っていた矢先でした。
 破折した歯の歯髄は大丈夫でしたから、歯頚部の着色などは生かして切端部のみをキャップ状にして接着しました。こちらは申し分ない審美性でもちろん現在も健在です。オールセラミックスは出だしでこそつまずきましたが、ジャケットクラウンだけでなくインレー、アンレーなど多彩なケースに利用しています。(同じタグの中に幾つかのケースがありますし、今後まだ応用を広げていくでしょう。)

by my-pixy | 2012-12-10 18:54
2012年 12月 09日
ひたひたと歯の長さは短く
f0103459_1619174.jpgf0103459_16365375.jpg KA367ではもちろん咬合力「異常」の患者さんで、これまでも健全歯の破折などいろいろな事件をおこされてきました。
定年退職され優雅な人生を送っていらっしゃるようで、定期検診にも欠かさずお見えになります。ナイトガードもかかさず使われているようですが下顎前歯のエナメル質は間もなく完全になくなります。

 経過中に上顎左側の犬歯を破折でなくして3犬歯にはなっていますが、欠損状態はそれほど悪くありません。ブログでは細かな説明は困難ですが、まこと不思議な状態です。右下の567欠損と左上34欠損にはインプラントを使っていますのでそのせいにしたいところですが、この症例に関してはこちらがお世話になっている感じで文句はいえません。

 天然歯の咬合面は大半が象牙質になってきました。修復物はメタルあり、ポーセレンありで、ないのは硬質レジンとジルコニアだけです。咬合挙上などとんでもないことですからじっとしているしかないのですが、10年を待たず下顎中切歯の歯冠はゼロになるでしょう。

「近年まことに快適だ」と患者さんにいって頂いても「なるべく口をしっかり閉じず、ポカンと開いていて下さい!」では何の定期検診か分からず困り果てています。


こうした長期経過症例をどこにどういう形で書いていくかにも悩んでいます。ライバルもなければ反応もほとんどないなかで書いているのも辛いものです。でも思い返してみれば雑誌に書いても書籍をまとめても、Facebookのような拍手もかえってはきませんから同じことですが。

 ここに追加した画像も,元はといえばKA367 Club に使うことを想定して作りためたもので、Web版臨床ファイルの原稿です。しかし私が長期経過症例を並べてしまえば若手に参加はして貰えなくなるのでストップしていました。しかしそれだけでケースは集まってこないのです。


by my-pixy | 2012-12-09 16:59
2012年 12月 03日
この道一筋
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 昨シーズン、スキー靴のことをぶつぶついっていたら、ぜひこの人のところへ行けと仲間から指示されました。ブログにものせていたリアエントリーの楽なスキー靴が希望だったのですが、行ってしまったのが運の尽き、数あるメーカーの中でも最もハードなラングしかないと決められてしまいました。
 紹介者とは年齢も鍛え方もまったく違うのだからといくら云っても通じず、自分の意見が通ったのは、キッズ用の軽いシェルにするだけでした。もう今年の分はないからと色もままならず2013モデルを予約させられ細かな採寸をされました。それから9ヶ月、足腰も一段と衰えた頃、予約品が入荷しシェルの調整もできたので出頭しろと云うことになりました。

 もう確認だけかと思ってでかけたところ、延々一時間以上をかけてインナーブーツの調整、だんだん義歯の調整のような器具も登場してようやく放免になりました。ただこの道にすべてをかけている仕事ぶりを見せつけられるともう何も言えませんでした、CADCAMが次世代の補綴物!などとぼけたこと云っている人にはぜひ体験させたい気合いでした。

 さてこのスキー靴これから何回履くことができるでしょうか。前の靴は文句をいいながら10年以上使い続けました。しかし同世代のスキー仲間はすでになく紹介者といえども70代です。さらにこの人、住まいを東京から軽井沢に移しジョギング代わりに毎朝、人工スキー場に通っています。私の方はこのところ毎年なんとか2回を維持するのにきゅうきゅうとしています。

by my-pixy | 2012-12-03 18:54
2012年 12月 02日
ヨット仲間のOB会
f0103459_13342179.jpgf0103459_15442156.jpg 1970年代、一緒にヨットに乗っていたメンバーも次々に還暦を迎えるようになり、忘年会は誰かの還暦のお祝いということが恒例になりました。
 今もグループオーナーとして現役で乗っている人のヨットが沖縄に係留されているということで、今年は沖縄クルージングがお祝いの企画になりました。沖縄宜野湾マリーナから座間味への1一泊クルージング、時間の予定がつかない人はフェリーで現地参加という企画です。

 安上がりに参加したい人は大阪で回航するヨットに乗りこみ、宮崎、屋久島など5日ほどをかけて沖縄へ、ここで新メンバーを拾って座間味へ、帰りは格安航空券で帰京という人までさまざまです。いろいろな選択肢があったからか、実に13人もの旧メンバーが集まりました。
 この写真の後やはりセールを上げて走ろうということになりましたが、それぞれ歴戦の強者、現役、古参入り乱れて「船頭多くして・・・」を地でいく騒ぎでした。何といっても還暦前は3人しかいないのですから。

by my-pixy | 2012-12-02 13:48
2012年 12月 01日
ホバート   1972
f0103459_13491847.jpg 最近はすべての事情が変わってしまいましたが、かつては世界各地に伝統と歴史を誇るヨットレースがありました。クリスマスにシドニーをスタートし新年にホバートにフィニッシュするレースはそうした中の一つで、ホバートの港では地元の舟をすべて退避させてレース参加艇を受け入れます。町の人達はヨットのマストが立ち並ぶ情景をお正月の飾り付けのように楽しみにしているようでした。
 1972年日本からも参加するヨットがあり、その観戦をかねてオーストラリアに出かけました。

by my-pixy | 2012-12-01 09:41