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2014年 09月 30日
大雄山線
f0103459_941911.jpg もう何回かご厄介になったが大雄山線という電車は不思議の国へのトレインだ。新幹線、東海道線、箱根登山などでごった返す小田原駅コンコースからエスカレータでワンフロア下ると、箱根への人並みは一瞬で消え、同じ箱根登山とはいえ駅員までのんびりした雰囲気になる。
 全線21分の所用時間、12分間核の運転も??だが、発車して最初の駅に止まるまでは、電車について走れるくらいの速度と距離だ。この駅で乗降される方たちは多くはないだろうが12分間隔ということもありマイカーならぬマイ電車だ。次の駅は500羅漢だし、多くの乗降客がありそうなのは終点手前のフジフィルムぐらいだ。
 大雄山からは金時山など箱根の御殿場よりに向けてのバスのターミナルになっているようだが、仙人の工房がある矢倉沢もその道筋にある。テレビネタにもなる稲の天日干しもあちこちで見られるが、春の桜に代わって秋の花々が咲き競い秋の桃源郷になっている。地方叢生などということが政治の場でも問題になっているが、イベント崇拝になっていないだろうか。
 時々風のように現れる隠居には怪訝な顔をされるが、東京無国籍タウンから1時間でリフレッシュができるこの地は、北の栃木などとともに心の拠り所になっている。

by my-pixy | 2014-09-30 18:32
2014年 09月 28日
矢倉沢の秋
f0103459_1813537.jpg 2014の臨床基本ゼミは無事終了しました。苦手だった画像調整の壁を越え最終ケースプレも全員揃ってクリアされ一安心でした。

 こちらにかまけている間に、何人かの方それぞれのブログ上に彼岸花のアップをして頂き、にぎやかなお祭りになりました。
 ピークは過ぎてしまいましたがこの機会に、晴天の日曜日にとっておきの場所に出かけてきました。
天日干しにされた稲束とのコンビネーションは、日本の秋を飾る美しい田んぼの姿でした。

by my-pixy | 2014-09-28 18:22
2014年 09月 27日
彼岸花
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 イスラム国やゲルのモンスターなど、どう受け止めたらよいのかわからないことが続いています。今日は2014年基本ゼミ最終日ですがどんなお話しをすればよいのかに迷いに迷っています。

by my-pixy | 2014-09-27 06:36
2014年 09月 20日
フィルム・スキャナー
f0103459_1537194.jpg 今回大量のデユープを作ることになったのもフィルムからデジタルへの変換問題だが、もっと深刻だったのはD1に始まるデジタル一眼レフの色調再現の不完全さだった。フィルム専用スキャナーを使ったり、コンパクトデジカメではフィルムの色調がでるのだが、デジタル一眼ではままならないという状態が少なくとも5年は続いた。ニコンD1に熱中し、失望し、絶望して放浪を続けることがインターネットに足を踏み入れる羽目にもなり、無駄を承知で見果てぬ夢を追いかける旅は延々と続いた。多くの人が一度はこの経験をしながら諦めて、スライドに戻っていく人さえもあった。

 ふれ回って拠り所がなくなる苦痛から脱却できそうになったのは、RAWデータとその処理ソフトが安定してきた2005年のことで、私の症例記録もこの数年はきれぎれになっている。ようやく抜け道はみつかったとはいえ、まだ一眼レフのカラーエンジンは未成熟で、多数撮影時はOpcardを映し込んだりして調整の拠り所にしていた。
最新ではないD7000と較べても色調の奥行きなどは大差があるが、当時としては夢のようだった。

by my-pixy | 2014-09-20 16:25
2014年 09月 19日
最後のスライド1997年ころ
 いよいよスライドデュープも最終段階です。残るは1990年代のタヒチとフランスアルプスだけですが、両方とも完全休暇で一週間づつ何回か通ったところですからのんびり片づけます。デジタル1眼レフの登場、インターネットなどはまだですが、プレゼン自体はフィルムレコーダーの導入で大半はデジタル化されスライドはほとんどこれが最後です。
 はじめはかなり苦痛でしたが、後半になるにつれAE、AFなどには頼らず、マニュアルで撮影したりするようになり画像も良くなったように思います。デュープする前にスライドを厳しく選別したり、廃棄をあせらなくなって、デジタル化後のチェックもできるようになりましたから、事実上すべての持ちスライドに目を通すことになったことも収穫でした。
 この後、ニューヨークの2001.9.11事件が起きたり、経済不況の波が吹き荒れたりして、世の中は大きく住み心地が悪くなってきます。カメラ関係だけでなく、お付き合いが深くなっていたヨーロッパの歯科関係の方々との関係も、がたがたと崩壊していく以前の様子が手に取るように思い出されました。2001.9.11はやはりそうしたことが顕在化していく変わり目の時だったのです。
 いつもぼやいている「人が変わる町が変わる」のはこの直後からですが、誰が入るのか分からない「ハコモノ造り、トンネル造り」は止まるところを知りません。50年前「野鳥の住み処」を目指したわれわれのビルは辛うじて立て替えを免れています。
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by my-pixy | 2014-09-19 16:18
2014年 09月 18日
1996年5月連休
 ちょうどデュープがさしかかったホルダーの中に忘れかかった画像が入っていました。1996年の5月の連休ですが、とくに行き先を固定せず一週間ほどの間によくあちこち歩いています。しかしそのいずれにも溢れるような人間性があります。まだ十数年前のことですが今では考えられないような変化が、この直後から起こるのです。
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by my-pixy | 2014-09-18 12:38
2014年 09月 15日
保存の方法
f0103459_9585145.jpg どんな形になるかも見当つかないまま、ファイリングしてあったスライドを取捨選択しながラ続けてきたデュープもどうやらキャビネットの中身とあまり変わらずたまってきたので、ホルダー単位で並べて見た。

大別すると最初のグループが歯科臨床。2番目が、火曜会、語る会と国内旅行。最後の集団が海外旅行を中心にしたもので、この後20位のホルダーが並ぶはずである。すべてRAWデータでサイズだけは確保して今のところ画像調整はあまり行っていない。ただ内容が心配になって時々チェックすると不備が見つかるので、後半ほど内容は向上しているが、最初の頃のスライドはどんどん捨てているので後からの反省は役立たない。
 AFのラインが読み取れずギーゴーとレンズを動いしているときは気がついていたが、次のフィルムですんなり行けば回復するものと思っていた。しかしどうやらかなり後を引くことがある。後から見ると10枚近くもピンボケを見つけたりするが、多くは後の祭りである。フォーカシングだけだと思っていたが、こんな時はAEの方も怪しくなっている。さすがにこんな目に会うと立ち上がってフォーカシングゾーンをちょこちょこ動かさなければならなくなる。終了済みのデータはブリッジでチェックできるが、そんなことで先週末はかなりのストレスになった。危うく拾い上げてスライドの枠に書き込んでいたナンバーや日付で九死に一生は良かったが、ゴミ探しは腹が立つ。

 それでもレリーズ音などに気をつけたり、露出補正の数値を変更してだんだん良くなってきた。さすがに気になって予定していなかった画像調整を始めると、初期のものは修正結果のRAWのレコードがホルダー内にいっぱいになっている。かなり復帰できているが後半のデータに較べると雲泥の差だ。

 スライド・ファイルの収納場所が動いていて迷子捜しにもいらいらすることもある。一つ一つ失敗を重ねて結局はデュープ前の原稿を出切るだけきちんと整理すること、ヂュープ直後のチェックをキチンとすることなどをてっていするようになったが、人任せにできることはほとんど無くなってしまった。

こんな思いをして、これらを使う機会は何度あるだろうという思いは何時もつきまとっているが、ふとした機会に何かを思いつくこともある。まあそんなものだと原稿を書くときと同様諦めている。最近元気がないとお見舞いを頂いたこともあるが、どちらかといえばそのお言葉はそのままお返ししたいくらい元気いっぱいである。

by my-pixy | 2014-09-15 10:06
2014年 09月 11日
デュープの効用、温故知新
f0103459_9281482.jpgf0103459_932635.jpg シングラムレストは今なお人気商品でブログのアクセスは多い。しかし大学の臨床や分厚く思い歯科商業誌には見かけることはほとんどない。
これ一つで欠損歯列の難問がどれほど解決するか、専門医も良いけれどそんな研修こそ必要なはずなのだが。画像は40年前フグをご馳走して上げるとの豊永先生にお招き頂き、いっしょに見学させて頂いた時の田中歯科医院の模型だ。
 この後田中先生はご自分の医院を閉鎖して上京されることになった。 ほかにも素晴らしい全顎補綴の模型を数多く見せて頂いた。お二人からお話し頂いた言葉の数々は今もはっきりと残っている。 2枚の画像は1974年のもので、今回のデュープで甦った。基本ゼミなどでも使わせていただくことになるだろう。
下の新聞記事で問題にされているような素晴らしい写真作品ではないが、それでも保存の価値はあると思ってやや退屈な作業を続けている。大きな企業を背景にした保存プロジェクトとは違って、作品自体のクオリティは不完全なデジタルデータに過ぎないが、資金源を求めて四苦八苦することはないし、誰からも見向かれなければ廃棄するだけという気軽さはある。

by my-pixy | 2014-09-11 09:19
2014年 09月 03日
スライド・デュープ
f0103459_16254252.jpg そんなに焦ることではないのですが、やり出すと止まらない性格で、せっせとデュープに励んでいます。D7000に較べるとあまり仕事らしい仕事もしないうちに旧型になってしまったD800を、この際ぐらい使ってやろうと思ったことにつまずいて、初日こそサービステーション通いをする一幕などもありましたが、だんだん敵の手の内も読めてきて今週に入ってからは順調に進行しています。

スライドは基本的には経時的に整理されています。しかし気合いを入れた火曜会40周年関連、何回か繰り返されたタヒチクルージング、毎年の語る会と関連講師との会合などの間に、ヨットやスキーなども入ってきます。
 恐らく10回以上に及ぶニセコなどはまとめようとした様子はありますが、それとても25年以上前のことですから一貫はしていません。この際少しは何とか…と思うと作業はぱったりと止まってしまいますがこればかりは誰に手伝って貰うこともできません。目標のキャビネットは8段のうち3段は空になりましたが4段はギッチリ残っています。 ちょこちょこ出てくる大相撲は捨てようと決心するとファイル単位の大量廃棄が進み気が楽になりますが、そんなことは稀で、1枚づつルーペで除きながらゴミ箱に運んでいます。

 1960年代のスライドは経年的退色もありますが、今となってはみすぼらしいものです。70年、80年、90年と、カラー画像は明らかに進歩しています。とくにPentax Lxなどのシステムが揃った90年代にはフィルム色調も格段に良くなってきたように思われます。ただこの時このフィルム時代の終焉が足下まで迫っているとは誰も予想しなかったはずです。

by my-pixy | 2014-09-03 16:35
2014年 09月 01日
整理・整頓 冬の陣へ
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 今週までは咬合器などにはじまって、ゴシックアーチ、口外描記装置、金型実験の残骸などに溢れかえっていました。どうやらそれも一段落して、スライドとの葛藤に入ります。7〜8年前にかなり処分は強行したのですが、当時のスライドデュープなどには確信がなく、大切なケースやヨーロッパ、タヒチなどの旅のスライドは、10段のファイリングキャビネットに残していました。その後の書籍やマイカレンダーなどは主体はスライドでした。2005年頃からRAWデータが定着し、ほぼ体勢は整ったのですが、今度は一日延ばしにしてきました。
 かってはこのほかに2倍のファイリングキャビネットがありましたから、当座の省スペースの目的は達成されていたのです。ただ 残したスライドはプラスチックのファイルからビニール製に入れ変えたので、中身はかなりギッシリでどれだけかかるか分かりません。今週からのスタートですが、バタバタの雰囲気で使う気持ち半減しているD800をコピースタンドに据え付け、オートフォーカス背面モニター活用などをフル活用し、フルサイズ・スライドスキャナーでもとを取り返そうとしています。かつては勤務医などの手を借りていましたが、今は院長も暇になりましたので、ニコン最高級のフルサイズスキャナーで読み込んで、永くお付き合いをしてきたスライドとも完全にお別れするつもりです。

 2000年当時スライドによる症例記録を大量にお持ちだった方にだけ通用する話題ですから、逆算すると1960年頃の生まれの方にだけに通用する話しでしょう。ちょうど真鶴合宿が始まった頃の世代になりますから、皆さんそろそろ還暦間近になられているはずです。

by my-pixy | 2014-09-01 10:42