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2014年 11月 29日
しょっつる
f0103459_8671.jpg 間もなく12月はたはた前線も北上し絶好のシーズンに入る。この2~3日はデパ地下にもきれいなはたはたを見かけるようになった。藤田嗣治の秋田の祭事見学をかねて新幹線でとも考えていたが、料理自体は難しさもないので当座みそ仕立てでしょっつる風の鍋にしてみた。さすがは旬の味と大満足だったが、かっては常備品だったしょっつるがないのが気になった。ネットで頼ベばよいのだ今日の役には立たない。ありそうな3軒めのデパ地下でなんとか発見したがナンブラーに比べると知名度が低く、マイナーになっているのが面白くなかった。ごぼう、ネギ、しゅんぎくなど具材も揃っているので、早くアップして昼食と焦っている。

by my-pixy | 2014-11-29 12:59
2014年 11月 27日
蓑虫よりカクーンかハタオリドリか
f0103459_8174528.jpg先日ヨットの雑誌で見かけた広告です。ぜひ一個!と販売店に電話をしましたが、あまり引き合いがないのか、さっぱり要領を得ない対応でそれっきりになっています。
ヨットのブームでも良いし、スキー場の大きな木の枝にでもぶら下げて・・・・と考えていますが実現するかどうかは?。 このアイディアを商品化した人たちの勇気を心から尊敬します。

by my-pixy | 2014-11-27 10:16
2014年 11月 26日
HPトップの化粧直し
 f0103459_892169.jpg最終段階になって迷走していましたが何とかゴールにたどり着きました。スライドショーの追加記事などもブログには書きましたが、トップページ経由で土竜のトンネルにいらっしゃる方は少ないでしょうから、一応説明させていただきます。

スライドショーは画面右上の丸ボタンで始まります。画面両脇の矢印は各駅停車用、下に並ぶ木のボールはこれまでとほとんど同じリンクですが、土竜のトンネルの中はこれまで通りタグでのご案内です。ここだけで記事数は1000本以上になりますから。

by my-pixy | 2014-11-26 14:23
2014年 11月 24日
風籟窯訪問
f0103459_9244412.jpg天気も良さそうなので冬支度に入ったという矢倉沢を訪問しました。いつもは大雄山線でお迎え付きでしたが今回は東京から車での遠征、カーナビもないので大分苦心をしました。地理が分からないままケイタイで何とかと思ったのが敗因。東名を直進して大井松田で下りれば何のこともなかったのに、電車のルートを辿ったのが大失敗でした。

f0103459_83395.jpg矢倉沢で案内人を乗せてからは何事もなく、翌日には湯河原真鶴アート散歩などというイベントに参加されている窯元にも紹介して頂きました。
笠間に何度かいった以外、陶芸には何の予備知識もありませんでしたが、窯、土、温度などについて交わされる会話を聞いているのは、歯科のCADCAM談義などよりははるかに楽しいものでした。見えぬものに向かって試行錯誤を繰り返されている炎と土のお話は引きつけられるもの多く、もっと早くにお知り合いになれたらと、ちょっぴり残念でした。美術の先生から転身されたというご主人は、そろそろ70台でしょうか。年齢的にも尽きぬお話がありそうな予感がしました。仙人も注目している「風籟窯」というネーミングも建物、ショールームなどぴったりで魅了されました。




 何よりすぐお近くですしお邪魔にならないように、また伺える日を楽しみに帰ってきました。

by my-pixy | 2014-11-24 12:40
2014年 11月 16日
秋の実り
f0103459_8244095.jpg 久しぶりに好天の週末でしたがこれといって予定もないので、こもりきりの日を過ごしていました。そんな老人を気にかけてか、先週は露地物の里芋、自然薯、椎茸など秋の自家製野菜をたくさん届けて頂きました。顔ぶれを見て筑前煮と決め、鶏肉を合鴨にアレンジしてことこと煮てみました。抜群の出来上がりで鴨の香りもよく、スタッフともども二日連続でごちそうになり、残りは来訪者へのお土産にもなりました。
  土曜日、大半の明かりも消してパソコンと向き合っているところに、横浜の農園から柿がとどきました。外は快晴でしたので帰り車に同乗させてもらい生産地について行きました。ゆるやかな丘陵地に広がる農園には梨、柿だけでなく時期を過ぎたいちじくも残っていたり、柚子などまで秋の果実のオンパレードでした。柚子も八百屋で目にするものとは種類が違って大振りで一目惚れでした。またまた自家製のかぶや大根などと一緒に戴いて帰り早速蜂蜜煮にしました。邪魔になる種も少なめで皮は厚く目的にはぴったり、柚子の香りにはむせ返るほどでした。

by my-pixy | 2014-11-16 13:45
2014年 11月 14日
レジン外冠のウオッシュ
f0103459_8301325.jpg今年の3月に始まった前後的すれ違い症例で時々レポートは乗せてきました。経過ははじめの予想を裏切る順調さで、戦略的な抜歯などもほとんどなしで安定した咬合が回復できました。欠損形態は最悪でこれまで再三苦しんできた記憶は拭えないため、レジン外冠のまま経過を見てきました。これぞTheプロビジョナルです。大きな問題はありませんでしたが、外冠の連結部などでの破折の修理や補強などは数回繰り返し、適合は徐々に悪くなっていました。

ただレジン外冠のウオッシュはきわめて危険な作業なのでほとんど行いませんでした。先日のキュアグレースの実験結果を見て暴挙ともいえるウオッシュにチャレンジしました。適合試験でスペースを確認し更に一層を削去してから左右別々に行いましたが、それでも筆積みの場合よりはモノマーを多めにせざるを得ませんでした。

そのため撤去後に硬化不全の部分が残りウオーターバスに入れてもきっちり硬化はしませんでした。このため研磨は不十分でしたが適合は問題なく装着しました。液リッチにすると硬化しない、少なくすればフローが悪くなり浮き上がるのはどの製品にも共通な即重の問題点です。今回は浮き上がりは押さえられ咬合調整は不要でしたが硬化は不全でした。次は遁路やスペースを大きく確保して液を減らすしかないでしょう。内冠マージン部のアンダーカットに引っかかって・・・ということがなかったのは幸いでした。

by my-pixy | 2014-11-14 12:40
2014年 11月 10日
必要にして十分な口腔内撮影カメラ.2014.
写真にまつわる諸問題を理解して頂こうとあれこれ書いたことが、取っつきにくい状況をつくってしまったと反省し単純明快なカメラ選びをまとめました。はじめにお断りしておきたいことは、歯科のマーケットはあまりにも小さいので個人の努力でいろいろやろうとしても、どうにもならないということです。

f0103459_833791.jpg1970年 リングストロボが欲しくて始めたアプローチは、ペンタックスとの出会いという幸運によって1984年に実りました。しかし2000年デジタル化の大波によってこの会社までがが消えるとは予想もしませんでした。その後多数のLEDを使ったり、マイナーなストロボメーカーの協力を得たりして、ミニリングには到達しましたが、販売と技術力の点で限界はみえていました。
 ニッシンMF18は、たまたま見かけた製品に注目しただけで個人的には何の関係もありません。サイズ、形態などではミニリングの方が優れていますが、自動調光の正確さと製品の安定性ではとてもかないません。自力開発はここで終わりにしました。

 85ミリマクロレンズは35ミリからAPSCへというサイズ変更に伴った最適レンズはこれしかありません。10年もの3rdパーティ製レンズ放浪の末ようやくの登場でしたが、これより長焦点では操作が難しく、短ければ像のゆがみが目立つのでこれが最適です。
 
 問題のカメラボデイは D1でAPSCへの先鞭をつけながら、結局35ミリのFXに急速に舵を切ったニコンへのささやかな抵抗です。決して主力製品ではありませんが、長く続きそうで低コストなシリーズを選びました。黙ってついてきて頂いても大怪我はないでしょう。先々のレベルアップのことも考えての選択です。1.と2.は相互に関連していることもお忘れ無く。上手に買えば15万ほどで生涯設計もゆるぎないはずです。オレオレ詐欺は高齢者だけのものではありませんからご注意を。
  
1.APSCのデジタル一眼レフ・ニコンD3200   約46000円
2.マイクロニッコール85ミリ接写用レンズ    約 59000円
3.リングストロボ・ニッシンMF18        約 38000円
4.このほかにSDカード、口角鉤・撮影用ミラーなども必要です。

 これまで私が行ってきたと同じ出版や大会場での講演もすべてこの機材十分です。上級機で違うのはファインダーの見え方など僅かなことですが、反対にカラーエンジンなどはこの入門機の方が新しいものを積んでいます。以前からサブカメラとして使ってきたD3000は今回D3300に交代し仲間に加えました。皆さんと同じ条件で使って行くためですが、これでわれわれは長く使っている本体750gのD7000と460gのD3300と2台体制になります。軽量の3300はリングストロボをつけたり、小さなレンズをつけてお出かけ用になったり多用途に働きそうです。スマホやミラーレスで2ショットや自分撮りはしませんからあくまで一眼レフです。

 フルサイズのFX機が花盛りですが、口腔内写真に限ってはその必要性は全くありません。FXにすればカメラだけでなくマクロレンズも大きく重くなりますから取り扱いにはマイナスです。幸か不幸かDX機は口腔内写真用のフォーマットとしては最適で、85ミリのマクロレンズも最適な描写能をもっています。ライバル会社には60ミリと105ミリしかありませんから社外品に頼るしかありません。

by my-pixy | 2014-11-10 15:45
2014年 11月 09日
口腔内写真もスマホで???
f0103459_905789.png昨日の記事を読まれた方はスマホが過半数になりました。これは予想していたことで、これをふまえて昨日の続きでカメラ対策を書こうと思っていたところ、「サブスクリプション更新」とかいう訳の分からぬなどアラートでフォトショップが起動しません。とうとうスクリーンショットをそのままアップして原稿を書き始めましたが、一年分を先払いしながら、毎朝起動するたびに何だかんだとアラートが出たり、パスワードを要求されたり、その文面がコソ泥を取り締まるといった雰囲気で不愉快極まりません。
何とかアドビ離れをと思って2〜3のソフトは試しているのですが、20年の腐れ縁は容易に解消できそうもありません。

by my-pixy | 2014-11-09 09:09
2014年 11月 07日
写真は変わってしまった
一年ほど前に書いたマクロレンズの話が再々来訪者上位にアップされることを不思議に思っていた。今日も何となくその訳を考えていて一つの事実に気がついた。約15年ほどのデジカメの進歩の末にスマホという怪物が誕生し、写真、動画といった世界はまったく異次元に入ってしまったということだ。
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1. 発端はデジタル化に伴う1999年35ミリからAPSCへのフォーマットの変更で、スタンダード崩し、 つなみ第一波でコダック、FUJIFILMというメーカーは壊滅した。

2. その後10年間の電子画像、撮像素子、液晶デイプレーの進歩と光学部分の衰退が続き多様なカメラ設計の末に登場したスマホという小型カメラ内蔵端末が、カメラや写真のあり方を決定的に変えた。

3. カメラ消滅の危機に気づいた大カメラメーカーの強引な路線変更、保身と抱え込みが始まった。

4. 大きく高価な35ミリフルサイズ機の一斉投入や、レンズ交換型ミラーレス機の新発売、アドクラウド・サービスなどすべてそれに沿ったものだ。

5. ニコンD1以後ただそれに押し流されてきたが、「カメラの記事はもう書かない」宣言は遅きに失した。ニコンに寄り添ってD100、D200、D300とつぎつぎ発表される新機種を追ってのレポー トが書けなくなったのも当然だった。

ニコンは初期のAPSCフォーマットの一眼レフをミラーレスなど素人向けのシリーズに押し込んで、今後の中核は、フィルム時代の35ミリにつながる高収益のFX機と割り切ったようだ。

キャノンといえども同じようなことで、デジタル化で流れに乗せられたわれわれは体よく置き去りになった。しかしフィルム時代から長く続けてきた経過観察も、若手への伝承も簡単にギブアップはできない。数の論理で押し流される中、どう生き延びるか更めて考え直さなければならない。

by my-pixy | 2014-11-07 16:33
2014年 11月 06日
トップページのスライドショー
 今回リニューアルしたHPトップのスライドショー画像の追加説明です。いろいろな思いをこめて作りましたので、蛇足ですがキャッチコピーに書ききれなかったことです。

f0103459_17542099.jpg 日々の臨床は年月の経過にともない、社会やニーズとともに少しずつ変わってゆきます。歯科医側の機材の進歩もありますから変化は相乗的に起こります。「書かれた医療は過去の医療」という冲中先生の言葉は歯科医療でも全く変わりません。変わるものと変わらないもの、ともにその必然性を考える中から明日への指針は生まれてきます。

 母親の治療について付き添いと3人で見えた女の子。始めはカバ君などと遊んでいたのですが、われわれスタフを含め一瞬の隙に一人で散歩に出かけてしまいました。総員をあげての血眼で捜索の網にはかからず、約3時間後なんとパトカーの窓から手を振りながら帰って見えました。当院の歴史に残る大事件でしたがそれだけ平和な時代ではあったようです。

 多発的カリエス、重度歯周病屁の対応、8020は終わりました。今後の問題は高齢化社会への対応です 。初めての総義歯に懲りて以来40年間、上顎は無歯顎で過ごしてこられた患者さん。80代のすばらしい顎堤は何の問題もなくシングルデンチャーを受け入れてくれました。下顎に残る数本の歯と両側遊離端との組み合わせはメインテナンスも容易で、ゆったりした生活ぶりを見せて頂いています。義歯の再認識によって患者さんも歯科医も楽になることが忘れられています。

 少し前のことですが、ベテランと新人3人の技工チームと2人の歯科医という体制は、一番長く続いた体制でした。技工士間のトレーニングだけでなく若手歯科医にとっての研修体制としてもベストマッチでした。技工士不足から維持困難なりましたが、診療室の1/4を占める技工室は健在です。

メタルボンド嫌いだったわれわれにとって、接着を手中にしたことでオールセラミックスは一気に前歯部修復に広がりました。初めこそ素材の未成熟に足を取られましたが、ラミネートベニアは抜群の安定度度でジャケットクラウンを過去のものにしました。(1995)コンポジットで荒らされた両隣接面を含む修復には最適で左側のケースは10数年を経過しています。右下は2〜2の接着ブリッジです。

by my-pixy | 2014-11-06 15:11