2016年 09月 21日
水没事故から一ヶ月
f0103459_926087.jpg リオ・オリンピックの快進撃はあるものの、事実上初めてのカメラ無しの台湾旅行を翌日にして茫然自失の二日間でした。これまで数え切れないほどの旅行はしてきましたが、カメラなしの旅なんてありません。山に登るのだって頂上からの一枚が欲しいからです。ペンタックス6X7を持ち込んでのシドニーホバートレースが記憶に残る最大の事件でしたが、何とない予感で完璧な35ミリバックアップを用意していました。

3日間の台湾旅行をやり過ごしてからは、「修理不能」の回答は観念しながらもせめてズームレンズは!とか、SDカードは!などと未練がましく考えたり、診療室で後家になるリングストロボとマクロレンズの相手のことを考えていました。長い10日間ほどでしたがご宣託が下る前には腹はくくっていました。経済的負担は大きくなっても、D7000から、7100、7200と続いてきたシリーズと別れることで、不幸な事件も忘れようとしたのです。
操作系の複雑化で予想外に戸惑ったりもしていますが、D5姉妹機らしい確かな足どりも感じています。(マニアックと思われるでしょうがカメラらしいカメラです。)

# by my-pixy | 2016-09-21 09:56
2016年 09月 17日
シン・ゴジラ
f0103459_1725387.jpg 松隈組ご推奨の シン・ゴジラを見てきました。文句なしに面白い緊迫の映画でした。監督、主演者などの力の入り方がビリビリと伝わってくる緊迫の二時間でした。
パンフレットも異色で、2015年発表当時の総監督の庵野秀明さんのコメントから始まります。「2012年12月。エバァ:Qの公開後、僕は壊れました。6年間、自分の魂を削って再びエバァを作っていた事への、当然の報いでした。」
 何のことかまったく分かりません。しかし若手からは「そんなことも知らないの!」という扱いで、相手にもしてもらえません。聞いていた上映劇場も間違いでマリオンから宝塚へとまわりました。
 パンフレットは上陸、防衛、探求、攻防、覚醒、存亡と推移する中で、映画は5年前の東日本大震災、福島第2原発事故にとにすり替わっていきました。シン・ゴジラに何をたくしていたのかもおぼろげながら分かってきました。
映画製作でひとがこわれるという凄さもあらためて少し分かりました。敬老の日、秋分の日と危険な休日はまだまだ続きます。来週の基本ゼミ頃はシンゴジラが可愛くなってきそうです。
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# by my-pixy | 2016-09-17 17:21
2016年 09月 17日
三連休のプレゼント??
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f0103459_1055669.jpg予約したわけではありませんが、八重洲改札口前に突然の登場にはびっくりしました。相当プレミアがついても私の現車10台で一台買えるかどうかという価格ですから、そんな気はさらさらおこりませんが、生産中止のままより後継車の登場には心が和みます。
 そんな価格表示までしてJRの改札口というのはどういう手法なのかはよく分かりません。写真を撮っている人たちもおよそ縁の無さそうなばかりででしたが、少なくともモーターショーよりはゆっくり観賞できますし、電車で有楽町の度にお目にかかれて大歓迎です。
 
カメラらしいカメラで撮っている人は皆無でしたので、D500のファインダーからの画像を徹夜続きの技工士さんにもメールしました。

# by my-pixy | 2016-09-17 11:37
2016年 09月 17日
圧迫・ドミノ・いつのまにか骨折と骨粗鬆症
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最近こんな話題が気になります。私たちの診療室でも長くリコールでお見えになっていた患者さんで、ばったり来院が途絶え、ご家族からご連絡を頂いている方が3人はいらっしゃいます。
 年齢的には80台90台でお元気にはしていらっしゃるようですが、義歯の状態には大過ないようですが、来院は途絶えています。皆さん骨粗鬆症ということでそちらの対応はされているようですが、お目にかかることはできずにいます。

われわれの方が少し勉強をして、ご家族の方達とでも連係をとるべきことがあるような気がしています。

# by my-pixy | 2016-09-17 09:30
2016年 09月 15日
松隈洋先生屋上庭園訪問
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f0103459_145859100.jpg なかなか日程調整が困難でしたが、台風を縫うようにして松隈先生にダイビル屋上庭園にいらして頂きました。朝にうちは集中豪雨のような激しい雨でどうなるかとおもっていましたが、お約束の10時には薄日もさすようになり一安心。さっそくビルの方にも案内に加わって頂き、屋上から地下6階までくまなく見て頂きました。僅かながら濃い緑に、周辺に林立した新しい高層ビルなどに、いずれそれらのビルからこの屋上を眺めたいとか、残り少ない古い建物の保存などにおはなしは拡がりあっという間の1時間でした。

 相変わらず出版に講演にお忙しいスケジュールのようですが、10月には軽井沢の美術館主催で「軽井沢で学ぶ建築デザイン講義2016」など、アトリエ山荘を使っての不思議な企画のご案内も頂きました。 他にも9.18(日)には、世田谷区民会館で「前川国男がル・コルビジエから受け継いだ思想とデザイン」などという講演も予定されています。

 さらにお帰り前には映画「新ゴジラ」で大盛り上がりでした。ダイビル設計者の村野藤吾先生を軸に、話題の映画主演男優にまで無理なく話がつながることには脱帽です。(厄介な三連休の暇つぶしはマリオンですが、歯科界にもこんなタレントがほしいなと思う一時間でした。)

# by my-pixy | 2016-09-15 14:54
2016年 09月 11日
世界の中の日本
f0103459_1075528.jpgリオからの番組の隙間に放送大学につかまった。その全容はまったく分かっていないが、「世界の中の日本」の第6回、7回が面白かった。この後も楽しみなものが並んでいる。
テレビのセッティングの具合もあってか連日講義を聞くことになり、ファンクラブ状態になっている。間もなく、シリーズは終了するが、毎日、北欧やイスラムという視線からものを見るという不思議な機会を得て、北方領土問題や、中国の海洋進出、レアアース、南鳥島問題、世界人口の変遷など思いもかけないことへの入門にもなっている。ただ放送大学にのめりこんだわけではなく、高橋和夫さんへの関心といったほうが間違いない。名残惜しいような気がして、丸善で同名の出版物を探してきたが、各地でのインタビューシーンなどの緊迫感がなくなり拍子抜けした。
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# by my-pixy | 2016-09-11 09:20
2016年 09月 08日
パラリンピックから学ぶこと
f0103459_1054262.jpg早朝からリオの開会式が始まりました。以前は痛ましい障害の痕を見る辛さでどちらかといえば目を背けていましたが、今はまったく変わりました。残された僅かな身体部分を鍛え上げ、時とすれば健常者の記録を脅かすまで動きは美しさを感じるばかりですし、そのひた向きな努力は人の強さを教えられます。

 スポーツとしての公平性を保つために、決められた障害の程度によって決められた細かな分類があることも知りました。欠損歯列の分類とも比べられような気もしましたが、よりゲームの勝ち負けを左右する機能面からの評価が大きいはずです。これに較べ歯科臨床はEichnerの分類にせよKA367にせよ歯の数、形などに止まっていて、機能面からの評価などはなかったところに、すれ違い、偏在、咬合力などを持ち込むことで精一杯でした。今後クレンチング、咬耗なども含め新たな視点をとりこむべきでしょう。

 歯科臨床の場合、当初の疾患自体よりも患者の性格、要望、生活習慣などと重なって、直近の補綴処置の適否が大きく高齢化後のHistoryを左右します。少数残存歯になってからも「上顎前歯だけは固定して欲しい」という無理な要望が歯科医を苦しめ、短期間で咬合崩壊につながったか分かりません。この時期、下顎前歯だけは残存し、流れはシングルデンチャーに向かっているのです。


 開会式は、政治家やお偉い方のスピーチもなく、雨の中の聖火ランナーの転倒、つずれ折りの聖火台への上り坂など、ハラハラさせる緊張感を巧みに維持しながら、オリンピックよりはるかに素晴らしいものでした。(やらせか、ハプニングかまったく分からない事件が3度も・・・)。パラリンピックは昭和39年の前回東京大会以来のことだそうですが、発足の精神を大切に育て上げ半世紀後ブラジルの地で、大輪の花を咲かせたことに心打たれました。

# by my-pixy | 2016-09-08 10:54
2016年 09月 07日
2016夏休み
f0103459_17222266.jpg 一週間の夏休みをどう過ごすか思案していました。或る日デパ地下を歩きながら大手旅行社のカウンターに飛び込みで石垣島から台湾への小旅行をとりまとめました。沖縄までは何度か行っていましたが八重山には足を踏みいれたことがなく、2つの場所は飛行機で50分しか離れていないことは聞いていたからです。
7月末のことでしたが、思いのほか簡単にチケットは手に入り、その他のことは何も決めず一週間の夏休みは決まりました。 この数年、旅行といえばマダガスカルでしたが、リオ・オリンピックに入り浸りの数日を過ごし、石垣空港で旧友に会いました。
その晩は深夜まで沖縄民謡酒場で過ごしましたが、翌日からは取り立ててすることもなく、満潮をまってペンションの裏からカヌーで一回りしようかということになりました。マングローブの川下りといえばずっと昔のタヒチでの写真で、そんな想像で上段の林を抜けプラスティックのカヌーを押し出しました。

 その2〜3分後、横に低く伸びたマングローブの枝をよけようと上半身を傾けたことで、カヌーはあっさり横転。乗員もカメラバッグも水中に転落しました。後は後悔と苛立ちのなかに予定変更もできない旅を続けることになりました。カメラなしの旅なんて生涯始めてのことですが、帰京後10日も待たされて、カメラボディも300ミリまでのズームも1枚の紙切れでタダのゴミになりました。新品同様の姿形で、点検の請求は来ませんでしたが。
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# by my-pixy | 2016-09-07 15:56
2016年 09月 05日
XQDカード
f0103459_8164344.jpg NIKON の一眼レフは、伝統的に一桁の数字をその時々のフラッグシップにつけてきました。多機種になってネーミングに行き詰まり混乱したこともありましたが、今回のD500もその系列のD5の姉妹機という位置づけで、兄弟分としての名前がつけられたものです。偶数が良いか奇数が良いかなどと、後から評価されるときも数字は拠り所になってきました。
 
 D5が現在のフラッグシップであることははっきりしていても、われわれの用途には高価すぎ、重すぎ多機能すぎてとても手に負えません。そんな中でフルサイズのD5の姉妹機であるD500に注目していました。D100、D200、D300と使ってきた親しみもありましたし、APSC(DX)のなかではこれしかないと思いました。長らく7000、7100、7200などで過ごしてきたのは結果オーライの使いやすさだったのですが、数字的にも今ひとつ愛着はもてませんでした。
 
 不測のできごともあり、終の棲家として今回の選択になりましたが、そこにはファインダー以外に、2つのカードスロットルの1つに、最初のデジタル一眼に使われていたマイクロドライブ的なXQDというメモリーカード復活がありました。SDカードの普及で安く高機能なメモリーカードはすっかり定着しましたが、あの安っぽさはいつになっても好きになれませんでした。どんなありがたみがあるのかはよくわかりませんが、1999年のD1時代を思い出してその復活に惹かれたのです。

# by my-pixy | 2016-09-05 08:19
2016年 08月 30日
★★★保留★★★  Best camera for 口腔内写真 2016
f0103459_892566.jpgf0103459_11911.jpg リオ・オリンピックが終わって日本中が金メタルラッシュに沸き返っている中、私にだけしか評価されないかもに知れないデジタル一眼レフがニコンから発売された。大風呂敷にうんざりしたキャッチコピーも「世界はここまで、凝縮できる」と控えめだ。

 その第1はリングストロボ専用の口腔内写真には不要な内蔵ストロボを外して、そのスペースに視野角30.8度という見やすいペンタプリズムを搭載したことだ。(7000シリーズより一段上、FX機と同等のフィルムカメラの感覚が戻ってきた。)これだけでもD1以来悩まされてきたAPSC機の大きな欠点が解消したので万々歳。重量は100グラムアップしたが、殆ど失いかけていたカメラへの楽しみを少しとり戻した。その他にもISO100〜51200という高感度や、新画像エンジンEXPEED5、チルト型背面モニターなども使いこめば役立ちそうだ。
 
 ただ、写真=スマホという流れは変えられないので、どこまでの方に共感が得られるかは難しい。静止画の口腔内写真も大切にしないで、動画にうつつを抜かす人には無縁なBest of 2016だから念のため。この間カメラ本体は一度新品交換したが未だ思ったような結果をえられていない。ことを複雑にしているのは使用説明書で、機能満載に関わらずページ数は7100と同じでサイズは半分。当然言葉足らずで分かりにくいことこの上なく、索引なども不完全だ。
カメラ背面の液晶モニターだけでなく、本体上面の表示パネル、新設されたボディ周りの「infor」ボタン、「Fn2」ボタン、などを使用説明書と首っ引きで見る作業は、若い頃の数倍の苦痛だ。今日もリングストロボがらみで適正露出が得られず露出補正で混乱していた。多くの方に口腔内写真ベストカメラ
2016などと推奨することはとても無理だと思うようになってきた。

# by my-pixy | 2016-08-30 09:00
2016年 08月 28日
プロジェクターなしのプレゼン
f0103459_10213983.jpg 院内の環境改善の1部として導入したスクリーンセイバーはすっかり定着してきたが、第2の目標だった小人数でのプレゼンの機会はなかなか巡ってこなかった。待合室の広さから考えてもMAX10名で、レベルの揃ったプレゼンを接近戦をきたいしていたからだ。 夏休みも最終に近づいた昨日、若手6名の人選、症例準備なども終わり、結局は基本ゼミ現役、OBなど総員9名で実行の運びになった。

 結論からいえばもう一回り大きなディスプレーが欲しいところだったが、多目的の設備のなかでは想定通りの成果だった。司会を含めて一体感をもって話し合うと目的には十二分な成果だったといっていってもよく、双眼鏡持参での参加が日常的になっていた主催者にとっても嬉しい画像のクオリティだった。

 どこでも手軽にというポータブルさとは異質な話だが、貸会議室にも設置される日が来ることを期待するばかりだ。そんな日のことも考え、家庭用のビデオカメラでの記録も試みた。こちらも画像クオリティは「臨床歯科を語る会」記録のDVDとは比較にならぬ美しさだった。

# by my-pixy | 2016-08-28 09:03
2016年 08月 27日
石垣嶋のペンション
f0103459_9561841.jpg 沖縄民謡を満喫して帰ったのは深夜でした。必ずしも快適とはいえないペンションでしたが、ヨーロッパを思い出させるような並木道はなかなかでした。

 ただこれといって特別の目的はないので島内観光と、食事だけが楽しみの3日間はリオオリンピックに救われろことも多く、この後に控える未知の台湾旅行とのあいだで、西表島などへの船旅などはさけ、前例のない真夏の観光旅行への体力温存に努めていた。

# by my-pixy | 2016-08-27 09:57
2016年 08月 24日
リオの代わりに八重山で
f0103459_90586.jpg 暫くブログをお休みをしましたが、夏休みを使って1年ぶりでパスポートを使って、八重山から台湾への格安航空券の旅に出ていました。医院休暇中もずっと籠もりきりでは精神衛生上良くないという窮余の一策でしたので、マダガスカルのようには行きませんでしたが、それなりのできごとはあり、終わってみればまずまずの旅でした。
 画像は石垣島の第一夜、老舗民謡酒場でのサンバならぬ大宴会の一コマですが、実はこれがハイライト、分かっていればこれを最終日にできれば良かったのですが・・・・。(ネタも少ないのでこの一枚をお楽しみ頂けるよう拡大表示可能にしました。)

# by my-pixy | 2016-08-24 08:55
2016年 08月 05日
80代の新患
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暑い日が続いていますがその中を鎌倉からほぼ同世代の患者さんが見えました。義歯の不調が主訴でしたが、私にとっては高齢者はシングルデンチャー!の見本のような方でした。
 2本残存した上顎前歯が支点になって上顎義歯は破折をくり返し、補強線のジャングルのようになっていました。根管処置はされていましたので抜歯はせず、軟象を除去しアイオノマーで仮封、上下の7番も分割状態のまま同様に処置し、あちこちに10本近くあった補強線を全部撤去して即日完了しました。ご本人のメインテナンスも良好ですから、リベースをかねて1〜2回チェックして完了です。素晴らしい顎堤温存を優先し、自然脱落を促すような削合は行っていくつもりですが、残根の抜歯にはこだわりません。

参考資料としてのパノラマが1枚ほしいところです。

# by my-pixy | 2016-08-05 10:55
2016年 08月 03日
最後の防衛戦の始まり
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f0103459_1630037.jpg 懸念していた左側犬歯の破折がはっきりしたのは2005年のことである。93年の初診時から懸念していながら防げなかった。4犬歯の一角を占めポストインレーでブリッジの支台になっていた。ポストが主根管から反れていて、いつかはこの日が!と思っていた。全歯列中のかけがいないKeytoothhだった。

まだ東日本大震災の前だったが初診時、右側67欠損で始まったツナミが、海を渡り反対側に到達したような気分だった。67欠損でも大切な5を守ろうとして果たせなかった記憶が蘇って、抜歯後の対応に眠れぬ夜が続いた。安直に抜歯後の犬歯の後にインプラントを埋入しても好結果は期待できないだろうと考え、45の欠損額堤に2本のインプラントと6番の内冠、3のポンティックを挟んで一次固定した21にシングラムレストを載せるという遊離端型の可轍ブリッジにした。


 思い入れのインプラント混在の補綴物はその後8年、この過酷な条件下で大過なく経過した。その経過は近日アップするが、外冠内のパラ箔や適合試験材の変化でこれまでに無いレベルで明らかになった。
しかし当時の正面観などを今見返すと、咬耗や顎位の低下は昨日のスタモほど著明ではなかった。「鹿を追うもの山を見ず」という諺とぴったりで、行った処置は間違っていなかったが、打つべき時期が遅すぎたことは如何ともならなかった。せめて60代であればと悔やまれるところだ。

# by my-pixy | 2016-08-03 08:24
2016年 08月 02日
歯のある悩み
f0103459_11481354.jpg 前回の症例の今後の処置方針について、悩みつづけています。あらためてこれまでの記録をひっくりかえいしたり、あらたな発想を・・・と画像合成をしてみたりする中に、少しは新しい気づきもありましたが、ハタと手を叩くようなことは起こらず悶々といます。

右上4番の歯根破折の後始末は当面の問題ですが、これで上下模型は組み合わさるのですが、上下左右で咬耗の仕方は様々で、咀嚼時の接触がどうなっているのか想像することは困難です。右上321は失われた部分を補えばよいのですが、何でどこまで補うか1歯ごとに首を傾げます。下顎前歯は卸し金で落としたような輪切り状態ですが、これまたどこまで円柱状にしたものか見当もつきません。

 壮絶な咬耗の割には下顎舌側の骨隆起などはかわいらしいのは、歯が消しゴムのように減ってくれているからでしょうか。前回見ていないナイトガードがどうなっているのかも興味津々です。(3年使用)

# by my-pixy | 2016-08-02 08:18
2016年 07月 28日
歯のある幸せ・フシアワセ
f0103459_174936.jpg 8020も無事達成された男性ですが、次の黒雲が迫ってきています。初診の1996年から下顎前歯の咬耗は気になって、ナイトガード装着などは継続して頂いてきましたが、下顎前歯は時計の針のように正確に失われてきました。
生まれ育ちの世代は同じですし、この20年のヒストリーもはっきりしていて予測も的中しているのですが、いま打つべき手は分かりません。大臼歯部咬合支持の喪失、3/4犬歯などへの過剰気味な対応も無難に推移しているのですが、大きな流れはさっぱり変えられていないのです。今回も有髄歯の右上4番が歯根破折し影響が周辺にも拡がりそうで、どこまで続くぬかみぞという感じですが、オーバーデンチャーやシングルデンチャーは遠い彼方です。
(上顎右1番、2番のコンポジットだけは私の知らない新しい修復物です。)

 この様なケースに対応するのにナイトガードは不可欠だろうが、それだけでは何ともならない。几帳面な性格で、咀嚼時にも特定の咬耗面をガイドにされていることは想像に難くないが、われわれが頼りにしている「咬頭嵌合位」はどう考えたら良いのだろう。何事にも「遊び」は不可欠なのではというところまでは考えつくのだが、その具体策はとなるとすぐ行きづまってしまう。

 先日の「ゆきちがう顎堤」にしても、この症例などについても、多くの人たちに意見を出してもらい、推論を戦わせたりできればどんなに楽しく有効だろうかと思う。そした中から何かが生まれてきたと信じている。そのきっかけに注目し推論が立てらればケースプレも一歩前進できるのではないだろうか。
咬合支持も、すれ違い咬合もそうして歩みを進めてきた。われわれでなければできないことだと思う。

# by my-pixy | 2016-07-28 10:25
2016年 07月 27日
おたまじゃくしとカメレオン
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箱のどこを見ても「オタマジャクシ」としか書いてない。
贈り主は新潟なので中身の推測はつくものの、まさか塩からでもないだろうしと
恐る恐る開函しました。こんどはきれいなカメレオンが一匹。
ワインらしいのですが添付資料を見ても、カタカナばかりでさっぱりわかりません。
それでもいつも悪態ばかりついている方からの優しい心遣いに心より感謝です。

# by my-pixy | 2016-07-27 09:42
2016年 07月 24日
歴史ヒストリア
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1964年の東京オリンピックで東海道新幹線ができて、関西との往復もずいぶん便利になりました。NHK歴史ヒストリアで取り上げられた「大阪万博」も医院旅行として出かけましたが、動員数の多さにおじけづいて、会場にはほとんど行かずじまいでしたが、50年の歳月を経ていろいろなパビリオンやできごとを目の当たりにしました。なかではタイから参加した16頭の象が大阪港から徒歩で参加し、途中の川で水浴びして元気を取り戻し、お祭り広場についた話しなどは秀逸でした。


大阪滞在中にはパビリオンの行列に並ぶ代わりに、スタッフ達とは分かれて単独で片山恒夫先生のご自宅に入り浸っていました。万博ついでにくるとは怪しからんといわれながら、Goldmanのイニシャル・プレパレーションの考え方の変遷、ご自身のポストインレーを使った永久固定の経過などを熱っぽく話して下さいました。ご自宅に新卒の歯科医を住み込みで研修させるさせるなどという構想もうかがってびっくりしました。その後、片山先生のご活躍は少し距離をおいて見聞きしていましたが、この2日間は万博以上の大収穫があったことはまちがいありません。ちょうどGoldmanが来日する少し前のことでもありました。

 この頃、自分の臨床では「すれ違い咬合」のケースが最大の関心事でした。欠損形態、咬合支持、支台装置の機能など過酷なニーズと取り組みながら、ペリオの改善にも目を向けないわけには行きません。その初期の症例報告が進行していたのも1970年頃のことで、タイトルを巡っても「すれ違い」「ゆきちがう」の何れをとるかに大いに迷っていました。何も分からない中の暗中模索は万博と取り組んでいた人たちとまったく同じことでした。

# by my-pixy | 2016-07-24 08:40
2016年 07月 22日
再放送は月曜日
f0103459_7323949.jpgf0103459_11294892.png松隈先生ご出演の連絡は頂いていたのですが、基本ゼミと重なったりして私自身も見逃してしまいました。深夜ですがコンパクトで分かりやすい番組でした。夏休みは混雑しそうですが、あらためて見に行きたいものです。

# by my-pixy | 2016-07-22 07:28