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2016年 07月 12日
689トリオ
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f0103459_185498.jpg昭和30年代を象徴するトリオの最後、永六輔さんが亡くなられ昭和もいよいよ昔のことになりました。

 まったく関係もないことですが、今週末は2016年臨床基本ゼミで 「長期経過症例から見えること」というタイトルでお話しをすることにしています。こちらのベースは「KA367」ですがその中には当時の患者さんが少なからず含まれています。そうした口腔内写真を眺めるにつけ、歯科の開業医の生涯は数十年前の記憶に繋がっていることを痛感します。そして夢で逢ましょうや上を向いて歩こうのメロディとともに一人一人の患者さんのことが浮かんでくるのです。
今の若手はAKB48なのでしょうが人と人の繋がりという点では変わりはありません。先日の京都物語やニセコストーりーなどもみな長期経過症例です。もちろん亡くなられた方も少なくありませんが、今もお元気な方達のお話しもできるはずです。私に今できることはそれで良いのだと割り切っています。

KA367の画像はPSDでレーヤーが積み重なっていますから、レーヤー単位ではここにピックアップしたものの数倍になります。とてもこの全部はこなせませんし、見せられる方もたまらないでしょう。
聞き手の顔色を見ながら半分こなせれば上々ですが、途中で大休止の声がかかれば、こちらとしては万々歳です。初診から54年ものも混ざっています。

# by my-pixy | 2016-07-12 16:41
2016年 07月 04日
咬合崩壊と二次固定
f0103459_14123954.jpg 臨床歯科を語る会でのお披露目に合わせて、同時進行でさまざまな仕事を進めていました。しかし回転の悪くなった頭で多くの仕事をやりすぎて、落ち着いてみるといろいろぼろが出てきました。最大の問題は出版物の原稿なのですが、ブログも混乱していましたので、不要な原稿を削除し整理をしした。
 今回の私の原稿はこの数年間、臨床の最重要課題としてきたテーマです。さらに遡れば臼歯部咬合支持、すれ違い咬合などにも行き着きます。それだけに切り口はいろいろありますが、高齢の患者さんを中心に考えてきましたので、初診の段階から最終的にどういう補綴処置に導入するかを明確にしたいと考えていました。

 図番号がない P27上の「症例分析と義歯のイメージ」は、欠損段階ごとに縦に図を追っていくことで、最終的な義歯の形態をイメージできるようにしたものです。
 また全体に、図説や参考症例の説明文はフォントサイズを小さくして、本文との混乱を避けるようにしていたのですが、最終段階で一律にされ、本文も4行ずつずれて見苦しくなってしまいました。ゲラのチェックは私ですから文句は言えません。

# by my-pixy | 2016-07-04 14:16
2016年 07月 03日
伝統とマンネリ・2016臨床歯科を語る会
f0103459_753569.jpg 35回目の臨床歯科を語る会が終わりました。前夜祭から始まって3日目の全体会まで、途中では3会場に分かれて殆ど休憩時間もなく続くプログラムは息つくひまがありません。プログラムの殆どは会員自体によるシンポジューム形式ですからその企画、人選、リハーサルまで当日の運営を含めてすべて手作りです。
実行委員の方々は全員が帰途についた散会後に居残っての反省会で、2017年への第一歩が切られます。1ヶ月後にはそれぞれの企画案が俎上にのり、発表者の依頼などが始まります。終わった2016年の事後抄録の原稿取りまとめも必要で、現役第一線の方々にとって休む暇はありません。

 しかしこうして歴史は作られてきました。マンネリだ変わり映えがしないなどといわれても、ゆっくり考える余裕などはまったく存在しないのです。それにもかかわらずこの集まりが続いていきたのは、それぞれの方が日常的には同じ体験をご自分のグループでされているからで、それが30年余の伝統にもなってきたのでしょう。

 全部のプログラムには参加せず昼寝時間もとってきましたが、日曜日は死んだように眠っていました。年齢のせいもありますが、この疲労感は独特でかなり昔から同じ状態をくり返してきたように思います。

# by my-pixy | 2016-07-03 07:50
2016年 06月 24日
書籍の機能と形
f0103459_936335.jpg 今頃になってご紹介しても遅いのですが、臨床ファイルシリーズを合本するとき、あとの利用法を考えて綴じ込まない本を一つだけ作ってみました。
必要なものを何度も見返すのに便利なように、また不要なものまで持ち歩かないでもよいようにと考えたバインダー方式だったのですが、合本にすることで全体としては150ページになってしまいました。
これでは本末転倒なので再分割を考慮し、分けたものはクリアファイルなどで管理するつもりでしたが、それ程の代物ではない絵本にすぎなかったということでしょう。 結局しまいこんだまま活用はしませんでしたが、アイディアとしては悪くなかったと思っています。
 昔、Goldmanの翻訳本が重すぎて2分割して製本した経験からの発想でしたが、紙とデジタル化の関係はそんな簡単なことではなさそうです。

# by my-pixy | 2016-06-24 14:37
2016年 06月 24日
独活の樹書房・臨床ファイル
f0103459_1129373.jpg 新刊発行に備え独活の樹書房の在庫整理中です。2013年から始めは単独で、途中からはもくあみ会とのコラボで出版を続けてきましたが、素人商法の悲しさで在庫調整に行き詰まり、昨年6巻が揃ったところで合本した形の総集編も併売しました。

 これにより後からバラバラでご購入頂くよりは、低コストで同じ内容のものを見て頂けるようになりました。こちらも残りは僅か10部になりましたので目的は果たしました。6巻の内容は下のようなものです。今回の「咬合崩壊と二次固定」はそのまとめとして編集にも関わりました。今後の形はまだ見えていませんが、赤枠「パーシャル・デンチャーと機能と形」の再刊予定はありません。

# by my-pixy | 2016-06-24 10:41
2016年 06月 23日
ビルはビルでも(再)
f0103459_7492096.jpg画像は2015.3.のものですが、昨夜はこの仕掛け人で、今回ビル内看板のことでもいろいろお世話になったダイビル営業開発部長さんと、29才新婚旅行帰りの部員の方との食事会にお招き頂きました。
この方は京都出身で7年間単身赴任とか、この広告のヒットで表彰の金一封は社内の集まりに寄付されたなど話題は多く、あっという間の二時間半でした。何よりも営業開発という第一線をひっぱっていらしただけに、部下の指導育成などについても金言至言が多く、有名タレントなどに依存したいるわれわれ業界とは大違いでした。私からの情報としては近年の技工士不足のことなどをお話ししましたが、ご自身学生時代ラガーマンで大臼歯部咬合崩壊には悩まれたようでしたが、大阪本拠のビルでもテナントとして3軒の歯科医院とお付き合いされているだけに、きわめて正確な認識をされていることに驚きました。
 これからも時々こうした機会が欲しいと思い、松隈先生上京の折の屋上庭園見学会など、いろいろ提案させて頂きました。村野藤吾先生、京都、工芸繊維大学出身社員など共通項は多い上、年齢、お人柄もぴったりですから、想像するだけでも楽しみです。
f0103459_8563965.jpgこちらは京都にいらしたら是非とお勧め頂いたお寺です。

# by my-pixy | 2016-06-23 07:48
2016年 06月 22日
咬合崩壊と二次固定
f0103459_10142740.jpg 今年2月のもくあみ会のテーマは、2011.3.11直後の少人数の基本ゼミからスタートしたものです。手のつけようもない咬合崩壊症例からの脱却のために・・・と9人の受講生と考える中からKA367は生まれました。先日のブログに再録したとおりの状況の中です。

 初期段階から思いのほか多くの方に支持されて、KA367は実用化への道を歩みましたが、若い受講生サイドとの間にあるギャップは気になっていました。頭では分かっているいるものの実体験がともなわないことによるものと思われました。それを埋めるべく企画した今年のもくあみ会でしたが、思いは実りませんでした。

企画の意図を確認し当日の演者とも話し合って、同じ発表をもう一度見直すことで、咬合崩壊とパーシャル・デンチャーの関係を再確認することに焦点を絞ろうと、新たな思いで事後抄録を編集しました。新たに書き原稿にして頂くことで、口頭のプレゼンより問題点はしぼられ、同じ発表も新たな発展が見られました。

 私も片足を踏み込んだばっかりにだんだん深みにはまり、たった4ページですがこれまでにない気合いの入った原稿をまとめました。臨床歯科を語る会に間に合わせるべく準備は完了しましたのでお楽しみに。
表紙の写真は昔のお気に入りの一枚ですがチロルのキッツビエールです。

# by my-pixy | 2016-06-22 08:37
2016年 06月 21日
ガサねた?
f0103459_1042242.jpg これまで続けてきた一眼レフによる口腔内撮影に取って代わるなどということではありません。小さくて軽い方が良いという方、写真はスマホで撮るものと思っていらっしゃる方への提案です。現物も見ていませんし使ってみたわけでもありませんが、もしかしたらこんなものが歓迎されるのかなというご紹介です。
LEDライト内蔵でマクロレンズ付きでミラーレス機で等倍以上も可能というのですから騙されても良いかもしれません。7月下旬ということですが、こんなかたちでミラーレス機が新しいシステムカメラに成長していくのかもしれません。
 ただ、キャノンのやること・・・・という不安もあります。
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やっぱりミラー撮影はおろか直接でもムリ!!!

# by my-pixy | 2016-06-21 10:38
2016年 06月 19日
仙人の里へ・入り口
f0103459_7423062.jpg いつも戦国時代ばかりなので大河ドラマは敬遠しているのですが、今年は菅平周辺の上田、真田や小田原などが舞台なのでよく見ています。秀吉の陣がはられていた一夜城付近は2〜3年前に歩いてきたので、今回は小田原城を挟んで向かい側にある一帯です。上段はいつも不思議な大雄山線です。ここも不思議な地域で懐かしい昔の仲間、三宅先生や、今通院中の患者さん、そして一番最後にできたお友達矢倉沢の仙人などの地元です。行く先にも途中にもこれといった観光地があるわけでもなし、20キロほどの間に12もの駅がありますから場所によっては前後の駅がよく見えて、ホームを伸ばせば1つの駅になりそうなところもあります。車両もJRとほぼ同じきれいな3両連結ですが、お客はガラガラ、なぜこれを終日12分間隔で運行するのか全く分かりません。普通なら住人からの強い存続の要請があっても廃線、代替バスになっても何の不思議もなさそうです。いくら親会社が箱根登山鉄道だからといってもこの赤字路線が問題にならないはずがありません。
f0103459_162797.jpg 帰途利用した御殿場線は戦前の東海道本線でその中核だった山北でさえ、無人駅でSuicaも使えず駅前はシャッター街になっているにとは大違いです。「不思議発見」です。

写真中段の矢倉沢の入り口ではあじさいがこれでもかとばかりに咲き競っていました。それにカメラを向ける姿をみて、あじさいの群落地へと案内して下さいましたが大渋滞。

私には竹の風鈴の音を聞きながら仙人の新しい窯の話を聞いている方がはるかに素晴らしい時間でした。

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# by my-pixy | 2016-06-19 16:02
2016年 06月 18日
書評ではなく賛歌「線を引かない歯科臨床」
 f0103459_1603554.jpg押見一先生が単著に取り組み始めたという噂はちらほらと聞こえてきました。歯科出版界もごたごたが始まってからのことだったので、成り行きが心配で時々激励とも冷やかしともつかない電話をかけたりしていました。妥協をゆるさぬ著者のこと何かことが起こらねば良いがと懸念していたからです。偉そうにいうわけではないのですが私自身書籍の数だけゴタゴタを繰り返して、自費出版に追い込まれたからです。
始めは作業が遅遅として進まない苛立ちでしたが、だんだん諦めにもにた愚痴が多くなり大丈夫かなと心配になりました。電話の回数が減り、励ましとも諦めともつかない会話になっていきました。

 しかし最後に蓋を開けてみれば、著者の言い分はしっかり貫かれていて驚くばかりなのです。普通の著者ではとてもここまでは突っ張れず「まあいいかに」なったであろうことを、独特のこだわりで貫かれていました。発売直後の慰労会でも必ずしも著者のサイドばかりには立てなくなりましたが、両者とも根負けせずよくがんばったものだと感心しました。
 私の時代は出版社、編集者はほぼ一体でしたが、この書籍では三者関係は年代差をふくめ三つ巴で、問題ははるかに複雑だったはずです。著者の思いを捨てれば印刷物は湯水のようにできるでしょう。しかし患者さんに寄り添った線を引かない歯科臨床をまとめるには「経済」という魔物との付き合いが不可欠です。少し意地悪ですが、押見先生が今後のどんなチームでそれを実現されるかを楽しみにしています。先日の技工セミナーのブログもそうでしたが、押見先生と私の年代差は15年です。

# by my-pixy | 2016-06-18 15:44
2016年 06月 17日
前方後円墳
f0103459_9233036.jpgこのところケースプレのヒストリーから始まってだんだん昔のことに関心が高まっています。そのせいかNHKでもそんな番組が多くなってきました。お笑い番組とプロ野球などを避けるとそんなところしか行き場がないせいもありますが、見始めると何でこんなことを知らなかったのだろうと思うことばかりです。さいわい歴史ヒストリアなどという番組も時間帯も繰り上がり、内容もリフレッシュされて面白くなりました、
 昨日までこのタイトルの意味もまったく理解していない考古学音痴でしたから、ピラミットより大きな古墳が日本にあるなどといわれてもちんぷんかんぷんで、制作者の思惑にはまりっぱなしの一時間半ほどでした。

  これにくらべればショートショートのデンタルヒストリーですが、パーシャル・デンチャーの流れを追っての「一次固定二次固定物語」も最終段階に入っています。大学からパーシャル・デンチャーの教室が消え技工士もセラミック、ジルコニアにしがみつかざるを得ない現代から見れば、これも考古学入りするのではないかとの焦りで一杯です。

# by my-pixy | 2016-06-17 09:31
2016年 06月 16日
2011年3月11日から5年
f0103459_9371884.jpg 終戦の年の3月10日東京大空襲の記憶が蘇る3.11東日本大震災を受けて、自分に何ができるかを自問する日々が続きました。その直後、開催予定の臨床基本ゼミも中止するかどうかに迷いました。しかし、自分にできることは他にない一人の開業医の立場では、大巾定員割れでも実行するしかないと考えました。
 この年、少ない受講生により持ち込まれた高齢者の咬合崩壊症例は、何故か福島の悲劇や父の歯科医院の焼け跡の光景とオーバーラップし、自分が取り組むべき仕事として印象づけられました。
その後5年、咬合崩壊症例は止まることなく続き、何時しか私の最重要テーマになりました。今年2月にももくあみ会のテーマとして同じ問題を取り上げディスカッションしましたが、状況は少し変わりつつあるように感じ始めました。
問題は東北被災地だけのものではなく、歯科医療を取り囲む社会的な変革に連動しているとしか思えなくなってきたのです。KA367は身近な方々には理解されつつあるのですが、そんなことより歯科医師の技工離れや技工士不足が急速に顕在化しているのです。その結果、咬合崩壊症例への対応の第一歩となるプロビジョナルが遅々として進まないのです。セミナーや追加補講でどんなに頑張っても勤務先での診療が進まなければプロビジョナルは進化しません。こうした事態を少しでも減らそうと、臨床基本ゼミの受け皿もくあみ会で事後抄録症例集を制作中です。ほぼ脱稿しましたので臨床歯科を語る会までにはお披露目します。

# by my-pixy | 2016-06-16 09:37
2016年 06月 13日
たった15年前だが遠い昔
f0103459_842866.jpg 先週末こんなパンフレットが舞い込んできました。確かこのグループが主力になり、2001年、技工士会や、後援の会社もあって大がかりな講演会が行われたことがありました。同じ時期に臨床歯科を語る会もあったはずだと昔の写真も引っ張り出してみました。ちょうど私の臨床ファイル3出版直後でいろいろ多忙な時期でした。







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 しかし今日の話題は少し違います。この会が30周年の記念発表会を迎えられるということですが、私がお招きいただいたのちょうどその中間の15年目のことでした。土地柄のちがいもあるのでしょうが、2001年の時の盛況を忘れることができないからです。大きな会場は満員盛況で溢れた人を収容するために急遽、ビデオ中継をする部屋までが設けられましたが、そちらに収容されたほとんどは、歯科技工を目指す若い人たちでした。その人達の熱気に支えられてお話ししたことを、つい先日のことのように覚えています。
 今回のテーマ「臨床の礎」〜も模型を読み、咬合を考える〜も素晴らしいテーマです。古参のメンバーの後押しがあってのことでしょうが、日本歯科医師会に掲げて開催して欲しいようなテーマです。問題はそれが空しい響きになって聞こえてしまう昨今の状態です。たった15年の年月がこうした変化を呼び込んだことそれが問題です。

# by my-pixy | 2016-06-13 08:37
2016年 06月 10日
お土産2 
f0103459_10394133.jpg このところ前川国男先生、辰野金吾先生と松隈先生からの宿題です。とても勉強が間に合いませんので、リクエストがありました当ビルの屋上ガーデンの写真を撮ってきました。

 一次かなり荒れていた時期もありましたが、植木屋さんがまめに手を入れられているらしく、とてもきれいになり小さな花々も咲いていました。鳥の巣があるのかどうかは分かりませんでしたが、これなら村野さんの構想通り、海の方からきた小さな集団が一休みして行くかもしれません。天気も良かったので白鷺はいませんでしたが、ビジネスマンも10人ぐらいは散らばっていて、悪い雰囲気ではありませんでした。
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# by my-pixy | 2016-06-10 10:41
2016年 06月 08日
お土産
f0103459_1040352.jpgf0103459_1039514.jpg京都工芸繊維大学からはいろいろお土産を頂きましたが中にはまか不思議な物もありました。
横12センチ6つ折りのパンフレットなのですが、折りたたまれた状態と拡げたときでは天地が逆転したところも出てくるので目を白黒です。建築を志す者そんなことでどうする!という声が聞こえてきます。

# by my-pixy | 2016-06-08 09:17
2016年 06月 05日
村野藤吾展本丸
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村野藤吾先生のライフワークの模型と展示会の見学に早朝ひかりで出掛けました。久しぶりの京都でしたが、いろいろな意味でその素晴らしさに魅了されて帰りました。正味は3時間ほどのことでしたが、あの感動の展覧会図録は今回は完全に英文化されいていよいよ手の届かぬ物になっていました。その上大学内の施設を使った展示を、直々のご案内でエピソードを交えながら楽しく見せて頂き ました。製作に努力した学生さん達の苦労も並大抵ではなかったようです。

 何といっても、コンピュータで図面を描いたのでは建築はできない !をスローガンに学生さんに村野先生の図面の模型製作を指導されてきた情熱にも圧倒されますが、ご本人は今なおミノルタの小型カメラでフィルム撮影という筋金入りですから、グレースケールも半端ではないわけです。CAD/CAMで入れ歯はできない ! というところまでは大賛同なのですが、先日、先輩の講演にスライドプロジェクターを調達してその送り音を楽しまれたお話には仰天しました。ちょうど一世代は違うはずですが、先生の今のお悩みは増えていく収蔵品との戦いかとお見かけしました。後半の展示品の中ではわれわれのダイビルやそごうデパート(現ビッグカメラ)などに話を合わせて頂き、その時、村野藤吾先生は何を考えていらしたかを熱っぽく語られました。
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 帰途、加茂川沿いの河川敷に白鷺が飛来していたり、土地の人たちが自前のチェアなどをならべて語り合う姿を目にしたり、バオバブならぬ大木が何気なく生い茂っている様や、そのバックにいつも比叡山が眺められる環境に羨ましさを感じました。穏やかな土地柄に恵まれて人々の暮らしがある姿です。
京都駅と新幹線でプッツリきれて轟音の中、2〜3時間でビッグカメラの脇をすり抜けて帰りました。
不思議な日帰り旅行でしたが、すてきなリフレッシュになりました。 松隈先生が関西人ではなく久留米などに接点があったこともVS意識なしにお話しできたのかなとも思いました。
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この写真は地元の方からお借りしたものです。当日もまったく同じような光景が見られました。比叡山は中央の大きな木のかげになっています。

# by my-pixy | 2016-06-05 10:50
2016年 06月 04日
美しいグレ-スケールの本
ともかく美しい本です。本来の村野藤吾先生の業績のことはもちろん深くはわかりませんし、この書籍がまとめられ経緯も理解してはいません。しかし80点の模型を作られた学生さんから、編集に携われた方々すべてのこだわりがひしひしと迫ってきます。口絵の6枚のカラー写真を除くとカラーは表紙のTOGO MURANOの淡い黄色だけです。
年代を刻む見開きページはドキッとするような縦書きで綴られていますす。
ブログにご紹介させて頂くだけでも不十分ながら微妙なグレ-スケールの再現には私なりに気をつかいました。活字の選択にも細かな配慮がされた240ページです。これを書いてから中野デザインオフィスのアドレスを伺いました。そちらのHPに詳細なご紹介がありますので私のコピーは不要な物でした。
目黒美術館の会期は2015.9月で終わりましたが、京都展の会期は1916.6.11(土)までです。
会場・京都工芸繊維大学工芸資料館 Tel 075-724-7924
村野藤吾展は過去13回同大学で行われてきたものの集大成で、模型はその間に作られたものだそうです。すべて手作業でCADは使わないということで意気投合しました。


# by my-pixy | 2016-06-04 10:20
2016年 06月 03日
河馬くんの散歩
f0103459_13315524.jpg この河馬くんKA367のマスコットとしても大切にされてきましたが、生まれ故郷のアメリカ南西部に較べると土地柄がきびしく、ずっと窮屈な思いをさせてきました。ようやく立ち退きでスペースも生まれ、元気な緑にも囲まれて三羽の鳥たちも引き連れて敢歩に出るようになりました。ご自慢のフラットなお腹はときどきディスプレーのスペースにも使われたりもしています。

 これでこちらは大丈夫ですが、蟄居続きの本人のケアも必要です。久しぶりにジパング倶楽部で週末京都へ、母屋を取られかけている村野藤吾先生の勉強に行ってきます。

# by my-pixy | 2016-06-03 11:18
2016年 05月 29日
昔は創意工夫が
f0103459_1655533.jpgf0103459_17501842.jpg 横書きはおろかひらがなも使われていないし漢字も難しいが、ちょうど100年前にもパーシャル・デンチャーは使われていた。しかし当時はCr-Bの中に足を踏み込んでいたと思われ、支台装置の多様性もあってか、赤の書き込みがしてある遊離端義歯などもこの本の中に含まれている。
 間接法の発展からブリッジとパーシャル・デンチャーの境界に迷い、講演会のテーマなどで無歯顎の補綴に対して「有歯顎の補綴」というタイトルを再々使っていたが、先人も同じ思いだったことを垣間見る思いがした。それにしてもこの出版後、毎年版を重ね手元にある物は11版になっている。

第6版の序文としては「大震災に際会して第五版の残冊及図版を焼失し且書店に蔵せる物も亦大部分烏
有に帰し各方面より本書を要するの声頻りにいたるを以て訂正の暇なく第六版を出すこととなれり読者乞う之を諒とせよ   大正十二年十二月」と書かれている。関東大震災のことだろうが苦痛のほどが思いやられる。出版は合資会社歯科学報社で、売捌所には森田歯科商店の名もある。

 後半には第四章として100ページ余を費やして可轍架工義歯について述べられている。定義に始まり、価値及び適応症、分類などの後さまざまなアタッチメントについて細かに解説されている。その中にはピーソー氏のスプリットピン、アンド、チューブ、アタッチメントも10ページを費やして詳細に記載されている。私が卒直後短い勤務医時代(1955)に実習として経験したものである。そこの院長の得意技の一つだったが、30年余を経て一人の開業医に継承されていたことは素晴らしいことである。二重金冠などとともに臨床に定着していて、私も1970年には臨床応用している。
 また咬耗症による低位咬合の処置なども、全顎、臼歯部に分けて述べられていて、まさ目からウロコの感を強くした。先人の偉大さを知るとともにスマホに明け暮れる現代に大きな警鐘となった。
 この矢崎先生からの伝承は、河邊先生を介してわれわれ同期生にも伝わっていたのだろうが、直接的なコンタクトはなく、大学では反面教師のお陰で伝承されず分断されていた。戦後の大学昇進問題などと絡んでいたのかもしれない。

当時の本はその解説にイラストによるところが多い。この本もそれにより広く読まれたことと思うが、少数ながら口腔内写真もありその努力のほどが偲ばれた。

# by my-pixy | 2016-05-29 15:55
2016年 05月 26日
赤本
f0103459_10315117.jpg 当時の編集者との間ではいつしか赤本というニックネームになっていましたが、1981年出版の別冊にはさまざまな思いがこめられていました。すでにすれ違い咬合などの雑誌原稿は書いて数年が経ち、自分の路線には確信をもっていましたがその足場をさらに確かめたいと考えていました。ちょうど藍稔先生が医科歯科大学部分床義歯の講座主任となられた時でしたので、ご相談しながら大学を中心に著者を選定しました。

 当時はそうそうたるメンバー揃いで、明日の補綴臨床は必ずここから生まれると確信をもっていました。しかし今、目次を見直すと30名ほどの著者の中には亡くなられた方も少なからず、30年余の年月の重さを感じざるを得ません。さらにそれぞれの後継の方に引き継がれた様子も、うかがい知ることはできませんでした。

# by my-pixy | 2016-05-26 08:44