2006年 07月 26日
次の弟分はD80?
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 ショ−トリリーフだったD100をはさんで、2004年3月以来まがりなりにもD1Xの後を担ってきたD70ですが、後継機にバトンタッチの時期が来ました。次の機種名の公表はありませんが、私はD80以外にあり得ないと思っています。発表は8月9日ですがメガピクセル機で激戦の最中への登場ですから、好評のD200の弟分としてふさわしいスペックになるはずです。発売は9月に入ってからのことになるでしょうが、暫くはD200一台で頑張ってもらってD70はオークションに旅立つことにしました。

 D100、D70とも、D1、D1Xの栄光はかなぐり捨てて、ニコン再建の矢面に立ってきました。安普請は目に余るものがありましたが、後手に回ったデジタル一眼の普及機として善戦敢闘、特にD70は良くやってきたと思います。そのけなげな働きがなければニコンの再起はなかったでしょう。特筆大書すべきは機敏な動作と省エネ設計にあったと思います。大きな飛躍を遂げてニコンらしいカメラに返り咲いたD200ですが、省電力という点だけはD70に遠く及びません。バッテリーは小さくなりましたが、大食漢の血筋はD1Xから引き継いでしまったようです。

 二桁数字のD80(?)は、貧乏所帯で頑張ったD70のつましさを思い出して、誕生して欲しいものです。デジタル一眼はAPSCでフルサイズ化は目指さないことを決断したニコンは、その枠の中での設計に徹するでしょうから、10万円以下で兄貴を脅かす内容が期待できそうです。発表までは量販店でも予約は受けてくれませんが、オークション資金を手に発売日にはレポートします。

# by my-pixy | 2006-07-26 18:39
2006年 07月 25日
うぐいすとキノコ
 今朝、新潟のお友達からキノコが届きました。タラの芽などでもご紹介した山の達人です。手紙が添えられていましたのでご紹介します。
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 「来る日も来る日も雨また雨。こんな梅雨は生まれて初めてです。そんななか妻が長年飼っていたウグイスを自然に帰してやりたいというので、山へ行ってきました。・・・・・・残念ながらウグイスはよく飛ぶこともできず、放しても生きてはいかれないと判断したので、また籠に入れて連れ帰りましたが、思いもかけずアンズタケがたくさん出ていましたので採ってきました。傘の赤いのは玉子テングタケです。シーザーが好んだと伝えられています。オムレツに入れて色を楽しむのもよいかと思います。」

 キノコ博士とも言われて、地元でもみんなが問い合わせに来るような人です。間違いなどあろうはずはないのですが、華やかな赤に目をとめたスタッフが玉子テングタケと聞いてチェックを入れてきました。ネットで調べても紅テングダケとともに猛毒だというのです。どうやらテングは悪者のようです。手紙にはたしかに「玉子テングタケ」と書いてあるので、念のためそれとなく電話をしてみました。

  No problemとは言われませんでしたが、馬鹿なことをとばかりアハハと笑うだけで取り合ってももらえません。どうやらご本人はすべて実物勝負で、毒キノコなど目にもかけていないからのようです。話しているうちに玉子タケ、玉子タケになってしまいました。たしかに赤とはいっても美味しそうな赤で毒々しい感じはまったくありません。シーザーもキノコで暗殺されたわけではなさそうですし安心してご馳走になります。

# by my-pixy | 2006-07-25 17:17
2006年 07月 24日
雨の海の日
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 通常ならば海の日の頃には梅雨も明け、夏の日差しが溢れているはずなのですが、春先からの異常気象は一向に回復せず、1年前から計画していた夏の合宿も真っ向からその影響を受けました。青い海を見ながら芝生でバーベキューの予定が、ベランダにキャンバスをかけて!!に大変更、ずぶぬれの作業になりました。(1)
 2日目は幸運にも僅かな晴れ間に恵まれました。(2〜4)曇天で海が青くないなどと文句をいいっているヤツもいましたが、僅かに陽が差してくれただけで感謝々々でした。余興と言うにはちょっとお粗末な気合い入れも(4)飛び出したりして大いに盛り上がりました。
 平均年齢30才という若い集団はきびきびした動きが気持ち良く、このところ体感しない2日間でした。ただプレゼンとなると元気余って、ショッキング・イエロー、エキサイティング・バイオレットなどのオンパレードに目が痛くなりました。使う方も使う方ですが、ああいうテンプレートはキーノートにはないはずです。

# by my-pixy | 2006-07-24 15:10
2006年 07月 19日
X線投影装置 からす
語る会、基本ゼミでお疲れだったこともありますが、M社製「2本の角」の正体暴露作戦も多忙だったのです。
f0103459_8574265.jpg 1. 正面観での上唇の影は「つの」でも同じ事ですから、これは問題にしないで口腔内や技工物の撮影に使えるかどうかがスタートです。あまり知的なテストではないので下請けに依頼しました。もちろん一眼レフでの撮影はマスターしている人間です。しかしウスノロ・オートフォーカスに翻弄されただけですぐに放り出されてしまいました。f0103459_858016.jpg

2.この種のカメラのオートフォーカスにはいつも手を焼いていますから、私自身はこの段階では手は出しませんでしたが、投資家としてはこのまま「やっぱり!」でお蔵入りにすることはできません。簡単な動画に使えることは分かりましたが、これでは投資額に見合いません。

3 .接写には強そうなので、エルモ後継X線投影装置への活用を考え始めました。(06.4.電子手鏡)昔なにかに使ったガラクタの発掘から突破口が開けました。フードを介してアクリルのブロックに取り付けると、2センチ程度の接写距離に固定されます。一眼レフとアクリルチューブを組み合わせていたのと同じ手法ですが、カメラが軽いので小型、安定性は抜群です。背面モニターを開くと羽を拡げたカラスのような形でバランスは一段と良くなります。

4.一眼レフではないので撮影しないでも画像はテレビに投影できます。ウスノロ・オートフォーカスと付き合う法も見つけましたし、画像の濃淡は露出補正で変えられます。ビニールカバーの反射もカットできるので、昔のX線フィルムにも手軽に使えて、すべての点でエルモ資料提示装置を超えました。

新種「つの昆虫」退治や、板の間稼ぎカメラにイライラされている方には、せめてものプレゼントです。アクリルブロック開発予定はありませんが、1.フードを介してアクリル板に固定する。2.トレーレジンでブロックを作る。3.ミニ三脚を利用するなどそれぞれの条件に合わせた活用法が考えられるでしょう。

# by my-pixy | 2006-07-19 18:09
2006年 07月 13日
板の間稼ぎ
f0103459_1035673.jpg 先週の臨床歯科を語る会の器材展示コーナーで見慣れぬカメラを目にしました。小型デジカメの内蔵ストロボ光を、アクリルの棒でレンズわきに引いてくるものです。同じような試みは個人的に行われていますが、歯科用CTまで開発している大メーカーが、Mブランドで売出したことがトピックです。これでY.S.G.M歯科界4大メーカーの「板の間稼ぎカメラ」が出揃いました。(Gだげは極限的な外部圧力をかけてつぶしました。)
 太いアクリルの棒を屈曲するのは苦労したらしくレンズの横まで届いていません。さらに左右の屈曲はばらばらで技工室で直して上げたいような代物です。カタログ画像でも上唇の影がはっきり写っていますから、大半のストロボ光はカメラ本体のところで漏れているのでしょう。二本の角はなんの角・・・・と童謡になりそうです。    
 ただカシオのデジカメ自体はまんざらでもなさそうなので、今週になって調べてみました。Exlim EX-P505という機種ですがすでに製造中止。量販店、ネット通販いずれもほとんど見当たりません。ビッグカメラもすでにメーカーに返品済みとのことでした。(返品はつぶしか歯科用かこれも問題です。)そうなるとちょっと悪戯したくなります。

 何かちょっと気になる形だったのですが謎はすぐ解けました。あまり実用にはならなかったのですが愛玩用としては最高だったPentax 110と何となく似ているのです。もちろんこちらはメタルボディ、レンズ交換型の本格的一眼レフですが。
 横浜ビッグカメラ・パソコン店の店頭セールに数台残っていると聞き遠征してきました。素人細工のM社OEM 89000円はとんでもありませんが、1万7000円なら何かに使えます。
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# by my-pixy | 2006-07-13 10:39
2006年 07月 12日
抄録
f0103459_15525911.jpg f0103459_1637938.jpgブログのことを考えるうちに20年ほど昔のことを思い出しました。ケースプレは今も昔も大差はないのですが、当時も主旨の分からない発表や、だらだらしたプレゼンには悩んでいました。槍玉に挙がったのが臨床歯科を語る会で、何とかもう少し内容をきちんとした形にしたいということで、抄録のフォーマットを決めました。スタディグループでテストして実行に入りましたが、キーワードと結論で何かを言いたいのかをはっきりさせることと、英文タイトルをつけることで長々しい演題を規制しようとしたのです。

 フォーマットは今も生き残りほかの会でも使用されいますが、当初の目的は必ずしも達成されていません。キーワードの目指したものは、ブログのカテゴリーやタグと同じなのですが、主旨が伝わらずタイトルより広範なものが少なくありませんでした。英文タイトルの方も本人が翻訳できずに、日本語を再考するところへは追い込めませんでした。

 2枚目の表は2006年の分科会の17名の演題ですが、全体的には長すぎるものが多数を占め、症例という言葉が20回も繰り返されています。タイトルですからキーワードとは違いますが大きすぎる演題も気になりました。

# by my-pixy | 2006-07-12 16:38
2006年 07月 10日
なまえ
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「亀の甲より年の功」で会の命名などをよく依頼されます。自分たちで考えた方が良いに決まっているのですが、仲間内では最終決定がむずかしいからでしょう。
 私たちのスタディグループも長いこと無名のままでした。ほんの一時在籍した同級生が誰も賛成しないのに一人で勝手に決めてしまって、代案がないうちに居着いてしまいました。
 スタディグループの母体になっていたスキー仲間では、何度も相談して「シコレン」という名に決まりました。お世話になっていた弘前のスキーグループが、千回転べばスキーも上手くなるということで「コロセン」という名前でした。そこの名人達に「お前らのスキーはしこっているナー」とよく言われたものです。「しこっている」はぎこちないとかギクシャクしているというようなことのようでした。子供の頃から下駄っこ(弘前辨では何にでも「こ」がつく)のようにスキーをはいてる人と同じにはなりっこない!と開き直って「しこった連中」「シコレン」は誕生しました。

 ここらまでは慎重審議した方ですが、最近はかなり無責任になってきました。「新潟デルタ」「ゲッポ」などは飲み会の会話の中から、「とんぼ」「ボーフラ」は水生昆虫が空を飛ぶようになる成長過程からでしたが、だんだん虫も少なくなると「ミジンコ組」「ありじごく」と無責任ぶりも著しくなります。お祝儀袋に「ミジンコ組」じゃ困るとなると、中部歯科臨床研究会「ミジンコ組」と書けばよいと、訳が分からなくなってきます。

 ヨットの名前も「カティサーク」「こぶし」「波勝」「わだつみ」「ゴブリン」とまったく節操ありませんでした。「臨床歯科を語る会」は26年前の大まじめでの命名でしたが、今年の席上、またご依頼を頂きました。ただし今度は注文がついて、もっと壮大な夢がある名前、例えば新撰組のようなということでしたので、浸潜組かなといったら白けてしまいました。

# by my-pixy | 2006-07-10 17:18
2006年 07月 09日
臨床歯科を語る会
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 私にとって毎年、夏最大のイベント通称「語る会」が終わりました。2日間の泊まり込みで、イチローと競っていたブログ連続アップ記録が途切れたのは残念ですが、実りはある集まりでした。
 スタディ・グループの総会を目指してきた集会で規模は大きくありませんが、大半が固定したグループとメンバーが集まるのでレベリングは保たれています。少しづつ若返っていく中でオリジナルメンバーは孤立を深めてはいるのですが、「七夕会」のニックネーム通りクラス会のような役割も果たしています。

 全員発言を悲願に26年も続けてきましたが、長老の前では発言できないムードは圧倒的です。今回は70数名の分科会でその壁に挑もうと、3時間180分で17名の発表者、一演題につき発表5分ディスカッション5分というプログラムを作りました。これだけで従来にはない発言者は確保されていますから、一演題に2〜3名が発言してくれれば目的が達成できるという皮算用です。発表者も有名、無名の差もなく、症例の経過の長短も問わず一律5分としました。中には多少オーバーする人もいましたが、続く5分のディスカッションのなかでは調整でき、小気味よい運営ができました。司会から突然指名された若手の発言もよくまとまっていて、会を盛り上げてくれました。物怖じしない若手の台頭はこれからが大いに楽しみです。

# by my-pixy | 2006-07-09 13:11
2006年 07月 07日
フィノさんの年賀状
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 キーワード3番目のフィノ氏は世界的に最も有名なヨットのデザイナーで、日本にもファンクラブがあるような方です。建築から始まって環境問題にも長年取り組まれたという多能な方です。白石さんもどうしても彼のデザインの艇に!と固執されたようでしたが、私はフランスの友人に連れられて北フランス、ブリタニーのフィノ氏の別荘に泊めて頂いたり、彼のデザインしたヨットでクルージングするという幸運に恵まれました。1987年のことです。何年か後にはティーニュのコンドミニアムを相互訪問して、スキーや夕食を楽しんだこともありましたが、ここではヨットの話に戻します。f0103459_8291789.jpg
長いこと楽しんだわれわれの「わだつみ」が進水したのは1972年のことです。それまでのヨットは細身でしたが、わだつみはタンブルフォルムという中央部が膨らんだデザインでした。風上に切り上がる性能を極限まで追及しながら、ヨットの美しさを尊重した米国ヨット界大御所のデザインでした。 その後、暫くはこの形が主流でしたが、やがてヨーロッパやニュージーランド気鋭のデザイナーが台頭してきます。

 水の抵抗を徹底的に減らすフラットな船底、薄いキール、バラスト、徹底した軽量化、太めな船尾などが特徴でした。87年に乗せて頂いたフィノ氏のボートにはそうした兆しが見えています。そして今回の白石艇は同じデザイナーながらその傾向はさらにはっきりし、タケノコのような線型になっています。わだつみと87年のアルミ艇は38フィート、白石艇は40フィートで大きな差はありませんが走りはウサギとカメでしょう。

でも、ヨットらしいラインや、木の暖かみはやっぱりクラシックボートのものです。

# by my-pixy | 2006-07-07 15:36
2006年 07月 06日
生涯素人
f0103459_18485123.jpg 私がヨットに踏みこんだのは、現在の開業場所が決まった1967年のことです。改築前の場所に戻ることが約束だったにもかかわらず、この間にビルのオーナーが関連企業に変更され、地下に押し込まれてしまいました。何か気晴らしがなければやっていられない!という思いが海への傾斜を強めることになったのです。

 しかし30代後半になってのスタートでしたから、学生時代から続けてきたスキーのような訳にはいかず、20数年後に撤退するまで終始、他力本願なスタンスから抜け出せませんでした。海外への遠征や数々の長距離レースも経験しましたが、私の役割はチーム作りとまとめ役でヨットマンとしての体力、技能ではありませんでした。
 唯一の単独航海はまだ駆け出しの頃、伊豆西海岸の松崎の近くの雲見から下田を回って小網代湾に帰ってきた時で、何も知らなかったからできた航海でした。雲見にはダイビングなどで陸から何度か通ってお友達もいましたから、松崎はなじみの場所だったのです。

 直接お会いしたことはありませんが、多田雄幸さんは松崎で個人タクシーをされていて、オケラ号というヨットと経験豊かなヨットマンとして有名でした。白石さんは18才でこの多田さんに弟子入りし、26才の時には単独無寄港世界一周を成し遂げられるのですが、多田さん以来の人脈がシングルハンド世界一周ヨットレースを支援するバックにもなったようです。

# by my-pixy | 2006-07-06 18:51
2006年 07月 05日
Spirit of Yukoh
f0103459_18134352.jpg 2〜3日前の晩、偶然シングルハンド世界一周ヨットレースのテレビ番組にぶつかりました。2002年から3年にかけて行われたレースでHP上で白石康次郞さんの活躍ぶりは垣間見ていました。

 ただ気ままに艇を走らせるだけでも大変なのに、未知の海を他の艇と競いながらの航海がどれほどのものかは想像もつきません。思わぬアクシデントでマストトップに上るといっても走りながら独力でですから、停泊時にみんなに引き上げてもらって、上で「下ろしてくれ!」と泣きわめくのとは訳が違います。

 さらにすさまじいのはその一部始終をビデオで記録し、インターネットで画像を送ってくる、小学校の子供達とメールで交信する、締め切りに追われる連載原稿を書くということですから信じられないパワーです。
 こうした冒険へのチャレンジには、多くの人や企業のサポートなしには考えられません。その見返りに多くのことが肩の上に降りかかってくるのでしょうが、マネージメントはともかく作り出していくのは一人しかいないのです。

 まったく次元の違う物語なのですが、この人の話には私にとって少なくとも三つのキーワードが出てきます。1.多田雄幸 2.西伊豆松崎 3.ジャン・マリー・フィノですが、それらについては次回のネタにします。

# by my-pixy | 2006-07-05 18:15
2006年 07月 04日
ミニ・ウイング
f0103459_17203430.jpg6月28日にお目見えしたミニ・ウイングですが、モデリングライトという呼び名も耳新しく、詳細も不明でしたので追加してご説明します。この種の照明装置はあくまでも撮影時の補助をするもので、これ自体で撮影するものではありません。
f0103459_1144349.jpg モデリングライトという名称でメディカルにコールにも組み込まれていました。ただ豆電球1個というランプでは明るさが不十分でほとんどものの役には立ちませんでした。
 
 眼の良い方には不要かも知れませんが、普及型デジタル一眼レフのファインダーは、フィルムカメラと較べると暗く、小さくて見にくいものです。被写体が明るく見やすければ、ピント合わせも楽ですし被写界深度もよく分かります。カメラやミラーの曲がりや、余分なものの写りこみも防止できるでしょう。

 開発に当たっては補助ライトの性格上、張り出したウイングが撮影用ミラーの邪魔にならないことに気を使いました。軽量化も重要課題でしたが、LED発光部だけで47グラム、総重量でも105グラムで、ミニリングに装着しても気にならない重さにおさまりました。もちろん、点灯したままストロボ撮影しても画像への影響はありません。試作機は「臨床歯科を語る会」に展示しますが、初期ロットの仕上がりは7月末を予定しています。

# by my-pixy | 2006-07-04 15:04
2006年 07月 02日
芝刈り機
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先週の真竹との格闘中、愛用のホンダ製芝刈り機の具合が悪くなりました。直接、真竹からの攻撃を受けたわけではないのですが、エンジンの回転数が異常に上がったり下がったりするのです。このところ変調は続いていたのですが、はっきりした対策は分からぬままプラグを焼いたり交換したりしていましたが効果はなく、自力対応はこれまでとモヒカン刈りの芝はそのまま専門店に連れ出しました。

f0103459_18404434.jpg2〜3日して連絡がありクラッチ系統が完全にいかれているが、94年に生産完了しているので修理困難との話でした。92年から2度のオーバーホールを受けながら、次第に下降線を辿っていましたのでこれまでと判断しました。後継機がいくら頑張ってもこちらがそれに付合えるわけではないのですが、さりとて夏の予定は1年前から決まっています。モヒカンの草原でサマーパーテイは様になりませんし、独りできた時にも気が滅入ります。

 泣く泣くの新車投入でしたが畳だけでなく新しいものは快適です。芝生という名の雑草の山をてきぱき片づけ、この一週間に伸びてきた真竹もやっつけて、シャワーを浴びるとこの世は天国です。

# by my-pixy | 2006-07-02 18:05
2006年 07月 01日
7月 ボラボラ 91
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 ヨットでのクルージングは抜群の楽しさなのですが写真はあまり撮れません。船の一番端に行っても自分のセールは入りきりませんし、狭い船内には超広角レンズでも良い被写体は見つかりません。満天の星空の下で酔いしれ、揺れるデッキに三脚を立てても仕方ありませんし、ストロボなど使えば酔いも覚めてしまいます。伴走してくれる船があれば少しはましですが、これを撮りまくるにはモーターボートに乗りたくなります。結局、足がなく行動範囲は制約されても買い物に上陸したときがチャンスで、ホテル周辺の写真を撮るしかないのです。ボラボラ島老舗のホテルですが陸に上がると空と海のブルーが際だちます。

# by my-pixy | 2006-07-01 08:20
2006年 06月 28日
モデリングライト Mini・wing
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ちょっとくたびれたのでケースプレはしばらくお休みです。
 HPトップページ下で覆面製品紹介を続けてきたLED照明が、ようやく登場できそうなりました。かってK-Maxを使用していた頃、明るく照らし出される歯列のフォーカシングやフレーミングには大きな魅力を感じていました。ミニリングに交代してからもできることならあの撮影状態をとりかえせないものかと考えていました。少数のLEDをミニリングにつけてテストして見ましたが、120球を越すK-Maxには及びもつきません。ミニリングの外側に首飾りのようにぐるりと一周させても期待する光量は得られませんでした。球数を増やせば使い勝手が悪くなるだけでなく、コストが上がってK-Maxの二の舞になります。
 作戦を大転換し球数は60球を維持しながら加工性をよくし、光の方向を可変にして明るさを確保できるようなウイング形式にしました。局面は一転最大の山場は越しましたが、最後はバッテリーケースです。始めは電池側から決めようとしましたがリチューム用の既製品はまったくありません。型起こしなどできる相談ではないので、スイッチが組み込まれたバッテリーケースがあり、小型で所要の性能が得られる電池をという逆の探し方をしてもらいました。ケイタイ用充電器なども参考に9V角形アルカリ電池以外にないという結論になりました。
 K-Maxの経験が役立ち最小ではないものの小型にまとまり、親亀の電源部の背中に子亀のように乗る形になりました。ウイングの角度は可変で集光位置は変えられますが、通常は写真程度の角度で良さそうです。使用感は期待通り Ref 97とのコンビで快適な環境です。拡大鏡で見落とすエラーまで見つけられます。

# by my-pixy | 2006-06-28 16:41
2006年 06月 26日
前装用レジン     Case 6
f0103459_16104242.jpgf0103459_16113618.jpgメタルボンドが使えるようになってからも、臼歯部の咬合面用材料としては、できることなら金合金で統一したいと思っていました。そのために小臼歯部では、不本意ながらレジン前装冠を使うことが少なくありませんでした。しかし発展途上の製品でかずかずの苦杯をなめさせられました。
製品も小刻みに変わっていきましたから、この製品が何であったかははっきりしません。可能性の高い米国製品も会社ごと消滅してしまっています。
この患者さん1946年生まれの男性で、2つのブリッジなどを装着し25〜30年ほどのブランクのあと来院されました。単純な3ユニットのブリッジだったので当時のスライドはありません。間もなく定年だが30年以上もよく働いてくれたので、この際新調したいというありがたいお話しでした。f0103459_1612927.jpg製作したテクニッシャンが交代していてポンティックの形態は不揃いですが、ともに美しく咬耗していました。前装部の改善のために全体を撤去することは忍びないと思い、口腔内での補修を行いました。リテンションビーズのサイズや数には問題がありますが、当時はなかった接着もできるのでときどき試みています。超音波でレジンを撤去し、バーで粗面化した後サンドブラスト、プライマーを塗布した後コンポジットレジンの要領で、ボディ色、切端色を盛り上げます。f0103459_16202062.jpg
さらにステイン使用もできるのですがこれで良しとして頂きました。こうしたときの補修用には硬質レジンも進歩したものです。f0103459_16125368.jpg

# by my-pixy | 2006-06-26 16:25
2006年 06月 25日
14才の中学生   Case 5
東京オリンピックが終わって間もない頃の話です。自宅の近所の中学生が「歯を折った」といってやってきました。歯髄症状はないものの修復方法には頭を抱えました。萌出不全の歯をフルクラウンにしたくありませんが、まだコンポジットレジンはありませんでした。どちらも見よう見まねだったのですが、メタルボンドのメタルでピンレッジを作り陶材を焼き付けてみました。形成はひどく荒っぽいままですし、写真電球で撮った写真はぶれていますが、スタディグループがなければそんな記録も残っていなかったでしょう。
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 その後オールセラミックスが登場するまでの30年間、犬歯、小臼歯部などでメタルが露出してしまう場合の一つのオプションとして時折応用していました。1本の歯の中で残存脂質とメタルボンドを付き合わせるようになるので、色調のマッチングは得られませんでしたが、メタルが露出するよりはましという評価でした。

 ラフな形成でしたがエナメルマージンだったことが幸いしてか、79年93年と安定した状態でこのケースについての不安材料はなくなったと思っていました。
しかしそれから13年後2、006年のX線写真はどうしても掲載する気にはなれません。予想だにしなかった深いポケットや骨欠損があちこちに拡がっていたのです。全身的には何も異常はないということでしたが、14才の姿が目に焼き付いていて、歯周病を抱えた54才に変身することをまったく考えてもいなかったのです。 
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# by my-pixy | 2006-06-25 17:32
2006年 06月 24日
下顎の前歯 3    Case 4

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3番目のケースは1961年生まれの女性で下顎前歯部は先欠でした。1986年、25才になるのを待って補綴を行いましたが、この部位は両支台が健全歯でしたのでメタルボンド用チタン合金を使用し接着ブリッジにしました。



支台歯はまったく切削しませんでしたがチタン合金色を透過し、ポンティックとは大きな色調のずれも生じました。9年目からは片側脱離にも悩まされましたので、2000年にエンプレス2によるブリッジに交換する時には、滑落防止のため矢印の部分に小さなレッジだけを付与しました。
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現在であればもう少し余裕をみた形成をするでしょうが、上顎と較べ植立方向に恵まれた下顎前歯は、少さな負荷であればそれほど無理なく背負いうることが、3つの症例を通じていえそうです。ただ何れも両側を犬歯に守られてのことで、この壁が破られ側方圧を受けれようになれば局面は一変します。
また同様な欠損が上顎前歯だった場合には、ポンテイックにはメタルボンドを使い支台には金合金によるピンレッジを用います。理由は切削量と安定度でオールセラミックスは使いません。1990年代のおびただしいトラブルは生涯忘れられないからです。(文献は96年,98年。http://www.my-pixy.com/biblio.html
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# by MY-PIXY | 2006-06-24 06:28
2006年 06月 23日
下顎の前歯 2    Case 3
1939年生まれの男性で初診は71年ですです。補綴物の形態は前のケースと似ていますが、中切歯の欠損は歯周病によるものですし、歯根破折などにより大臼歯部を交互に失うなど条件的には厳しいケースです。前ケースで下顎前歯のピンレッジの難しさを経験し、4歯を連結したいこのケースではホリゾンタル・ピンを考えました。
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1968年、故石原寿郎教授に紹介して頂いて、平行形成器など一連のシステムの考案者であるスエーデンのギャランソン先生の臨床を見せて頂いたことがその動機でした。一歯に1本のピンで保持するという支台歯形態は半信半疑でしたが、この先生のお人柄と業績には魅了されていました。(見学した診療室にも大きなインパクトを受けました。)

f0103459_7233599.jpg システム化された器材によって、すべての作業は嘘のように簡単でしたが、不安がなかったわけではありません。発想自体がそれほど画期的だったからです。


20年目の91年9月、すでに不要と思われたった右側切歯を切り離しました。その他、切端部のチッピングなど若干の補修は行いましたが35年目の現在も生き残っています。素晴らしい臨床への洞察力には感服するばかりです。大臼歯部の咬合接触はゼロになり小臼歯部のメタルボンドのチップなども起こっています。
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# by my-pixy | 2006-06-23 07:30
2006年 06月 22日
下顎の前歯 1      Case 2
個々の歯牙にはその種類と、おかれている顎骨の部位によって独自の特異性があるようです。数年前から、パーシャル・デンチャーの支台歯になっている下顎の智歯に注目してきました。それほど大事にされてはいないのに、大きな役割を長いこと担っていることが多いからです。あちこちでお話ししてもきましたし、2004年出版の「あるスタディグループの歩み3」にも原稿をまとめましたが、他の歯にも同じような特異性があることを感じています。

今回注目しているのは、一見弱々しく見える下顎の前歯です。下顎の犬歯は統計的にも最後まで残存する歯のNo1ですが、その庇護を受けていることや上顎前歯との力関係からでしょうか、こちらも馬鹿にできない生存率です。小さい歯なので修復処置は難しいのですが、条件には恵まれているのでこちらもよく残っています。
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このケースは1937年生まれの女性で初診は1965年です。この時上顎中切歯を昨日のケースと同じデービス・クラウンで補綴しました。こちらもそのまま使われていますが、今回のテーマは開面金冠と隙が装着されていた下顎前歯で、ブリッジを撤去した後傾斜移動でスペースをあつめ、ピンレッジ支台のブリッジを装着しました。ピンの直径は0.7ミリで専用の印象用ピンなどを使用しました。まだストロボが使えず大きな写真用のランプで正面観を撮影したことを覚えています。ポンティックはレジン歯を貼り付けただけでしたので、その後何度か口腔内で補修することになりました。あまりブラッシングが上手な方ではなく、歯石に埋もれていた時期もありましたが、最近は定期的なチェックでまずまずの状態を保っています。
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# by my-pixy | 2006-06-22 12:36