2006年 04月 16日
口腔内撮影用ミラー Ref 97
 長らく懸案になっていた口腔内撮影用ミラーですが、ようやく市販できる段取りが整ってきました。TTL接写に見切りをつけ、ミニリングによるマニュアル撮影を推進するには、どうしても欲しいアイテムだったのですが、国内を探し回っても見つからなかったミラー素材がドイツで見つかったからです。半ば諦めかけていたところでしたが、先方もドイツ国内で同種製品を製造していたことから、とんとん拍子で話が進み始めました。
 テスト、デザインのオーダーが進みロット契約までこぎ着けましたので、遠からず発売できると思います。基本形は昔、ペンタックスで作ってもらっていたものを踏襲しましたが、当時はできなかった曲線の加工もとりいれ、一歩、前進できたと思います。
 何と言っても自慢できるのはペンタックスの94%を上回る反射率97%で、現在国内で市販されているミラーを大きく上回ります。肉眼で見ただけでもはっきりするクリアな画像は、撮影時50%の光量ロスがほとんどゼロになる証です。
発売日、価格は未定ですが、現在市販されているもの以下で、5月下旬を目指しています。
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# by my-pixy | 2006-04-16 17:51
2006年 04月 10日
風の男
 
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先週の水曜日NHKの「そのとき歴史が動いた」で白洲次郎さんの戦後物語が放映されました。時間帯も10時に変わり夕食後かぶりつきで見ていました。どちらかといえば白洲正子さんの著作物などに接する機会の方が多く、次郎さんの方については断片的な話で聞くだけで、伝説的なベールに包まれたままでした。
 テレビ番組のこととは思うものの、戦後のこの時期のことは鮮明な記憶として残っているので、戦国時代の物語とは違うリアリティで迫ってくるものがありました。あまりにも美しすぎると思うことの連続なのですが、マッカーサー、吉田茂を筆頭に登場してくる面々にはそれなりの記憶はありますし、敗戦当時の生々しい出来事は世代の片隅で共有してきたので、絵空事とは思えなかったのです。
 翌日、ブックセンターに出かけてみるとおびただしい書籍がありましたが、そのうち3冊を選んで週末はどっぷり「風の男」の世界に浸かっていました。ちょうど私の父親の世代になると思うのですが、私自身は小学校高学年から社会人になる時期のことですから、うらやましさと共感が交錯した久々の読書でした。
 敗戦という未曾有の混乱期ゆえにヒーローやヒロインが活躍できる場があり、そこにピタリとタイミングを合わせて類い希なるスターが登場したということでしょう。正子さんとはまったく異なる分野で大輪の花を咲かせた、それぞれのDNAにはただ驚きのほかありません。

# by my-pixy | 2006-04-10 17:16
2006年 04月 01日
4月 ボラボラ
 
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何処に出かけても、子供達のくったくない姿を見るのは楽しいものですが、クルージングをしていると陸にいる時間が少ないので、こういう光景に出会うチャンスは限られてしまいます。この時も食料や飲み物を仕入れに行ったスーパーの前でのことでした。どこかでヨーロッパの血が入っているのか、フィージーやトンガの子供達とは違う顔つきや色彩感覚が目を引きました。

# by my-pixy | 2006-04-01 17:11
2006年 03月 30日
グーグル・アース
f0103459_10545741.jpg このところグーグル・アースにすっかりはまっています。昨年も一度はまりかけたのですが、この時はMacでの機能がウィンドウズとは異なりいまいちで放り出してしまいました。ところが患者さんにいわれて再度試したところ今度はバッチリで、一度やり出したら止められなくなってしまいました。
 何といっても移動の早さは人工衛星や孫悟空のキントウンそこのけですし、その上高性能望遠鏡を積み込んでいるようなものですから鬼に金棒です。まず地球儀を回して行きたい見たいところを探したら急降下です。目標がぐんぐん近づいてくるのはスカイダイビング感覚です。島を一回りしたり高度を変えて眺めたりしている中に、次の目的地が浮かんできます。
 マダガスカルなんかはっきり見えないないかなと思ったら大間違い。先日飛行機から撮った光景と同じ眺めが出てきて、画像はこちらに負けている感じです。それどころか「アッ!ここで写真撮った。こんな地形になっていたんだ。・・・・」もう抜け出せません。フィヨルド、ラグーンなどヘリで飛ばなければ全体像が分からなかったことが一目瞭然です。
 観光だけではありません。沖縄上空を飛んで見ると普天間基地問題などの理解も深まります。こんな夢のオモチャがタダで手にはいるなんてインターネット様々ですが、地名が見にくいことと、場所によって画像の質が少々落ちることだけが難点です。私ごとでは小田原までは精細に見えるのに、真鶴半島はちょっと圏外になることなどです。それでもこの魅力は大変なものですから、今度入院するときはこれだけは持って行きたいのですが、個室に入れるかどうか、大きいディスプレーが持ち込めるかが問題です。

# by my-pixy | 2006-03-30 14:38
2006年 03月 29日
破折した支台歯
f0103459_1063587.jpgf0103459_10255635.jpg 今月始めにリポートした6本の水平破折歯のうち復旧が最後になったのが左下の写真の小臼歯です。ブリッジをセットしたのは1976年11月でまだ高校生の時でした。正確な記憶はありませんが上顎の叢生をなおしたりして、近心傾斜した7をクラウンにしてブリッジを装着しました。1977年には右側にも4~7のブリッジを装着しています。
 孫の子守りとしても来院されるようになった患者さんを見ていると、30年という年月が容易ではないことを感じますが、エナメル上に形成された4/5冠のマージンにはどの部分にも異常は認められません(1)。素晴らしきかなリン酸亜鉛セメントです。同じ様なケースで「歯を削るよりもインプラント!」と主張するには、少なくとも、あと20年の年月を必要とするでしょう。
 キーウエイの部分には著しい摩耗がみられましたが、4/5冠を切断しレジン前装冠を鑞着するだけで、あえてブリッジの構造は変えませんでした(2)。再び小臼歯に何らかのトラブルが起こり、キーウエーが次の補綴物を受け入れる状況もイメージされたからです。現在この患者さんは、不利な歯冠歯根比に歯周病が重なり上顎臼歯部の崩壊が進み、パーシャル・デンチャーが避けられなくなっています。上顎は3~3のみ残存という状態は避けられないかもしれませんが、生涯その壁は破られないと思っています。

# by my-pixy | 2006-03-29 16:05
2006年 03月 10日
口腔内撮影用ミラー 2
 この話題は04年の11月にも載せたことがあるのですが、どうもきちんと理解されていないようなので、再度、書くことにしました。問題はミラーの反射率が画像の明るさに大きく影響するということです。東京都産業技術研究所のテストでも7種類の市販品の反射率は最高97%から最低59%までばらついていました。

 その位ならたいしたことないじゃないかと思われるかもしれません。しかしそう簡単には行かないのです。もしストロボの光量を100とすると、ミラーを使わない正面観の撮影では、そのまま100の光量がカメラの撮像素子に届きます。ところが大半のミラーは反射率70%位ですから、ストロボの光が被写体に届く時には70になってしまいます。70の光で照らされた歯列の状態がミラーに反射させてカメラに届くには、もう一度ミラーのロスが避けられないのです。繰り返すとカメラから出たストロボ光とカメラに戻ってくる画像の明るさ両方で30%づつが失われるわけです。
 結果としてミラーを使わない場合と比較すると49%しか受光素子には戻ってこないのです。反射率が95%であれば往復しても90%は確保されますから無視しても良いでしょう。しかし半分以下になるのでは補正が必要です。テスト品の中で最悪の59%のミラーでは、正面観の1/3以下になってしまうのですから、ミラー撮影で画像が暗くなるのは当然です。

 抜本的な解決策は反射率95%クラスのミラーを使うことなのですが、市販品にはありません。コストを考えながら製造を引き受けてくれる相手を探すのは容易なことではありません。撮影頻度はミラー撮影の方が圧倒的に多いわけですから、こちらで基準を決め、正面観には一段明るさを落とすことが安直な解決策です。何れにしてもカメラだけではなくミラーは大切な道具です。平面度が悪く画像が歪むミラーもあるくらいですから。
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# by my-pixy | 2006-03-10 17:43
2006年 03月 06日
カムイ・リンクス
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 今シーズンの締めくくりはパッケージツアーで旭川行きになりました。このスキー場、オープンして15年ほどになりますが、その直後に2~3回通ったことがある思い出の場所です。人気者の4本スキーのセントバーナードなど、工夫をこらした演出もなかなかでしたが、何よりも気持ちよく滑れる広大なゲレンデが魅力でした。スキー場に隣接してホテルやペンションなどが無いことが難点ですが、旭川市内から40分という距離が、多彩なナイトライフを可能にする魅力もあって、われわれのスキー仲間でも根強い人気のスポットです。このスキー場も最近の不況やスキー凋落の影響で倒産の危機に瀕したようですが、受け皿となった第3セクターが旭川市の支援も受けて、何とか持ちこたえているとのことでした。金曜、土曜日はゴンドラもリフトももガラガラで他人事ながら心配でしたが、最終日だけはお昼の「ジンギスカン大会}など、イベントも効あってか往年をしのぐにぎわいでした。

f0103459_831898.jpg 今回同行のメンバーは、スタディグループの若手中心の12名に、偶然合流したスキー仲間3人、夜だけ参加の地元2名も加わってにぎやかなスキー旅行でした。天候は晴れから薄曇り気温はマイナス3度から4度で、春スキーとしては期待以上の粉雪に恵まれ申し分ない3日間でした。

# by my-pixy | 2006-03-06 16:57
2006年 03月 01日
有髄歯の破折
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 歯の話がとんと無いのもいかがなものかと反省し、臨床の話題も入れることにしました。トップバッターはちょっと暗くなりますが、普通ではあまり考えられない有髄歯の破折です。なぜかこの半年ぐらい絶え間なく連発しているのです。インフルエンザでもないので流行などあるわけもないのですがほとほと閉口しています。
 下顎小臼歯の3本は大根輪切り状態で歯髄が露出し、即抜髄以外にありませんでした。上顎小臼歯の2本と下顎大臼歯は、歯冠長はひどく短くなりましたが何とか浅い帽子をスーパーボンドで被らせました。6本中バージンティースは1歯だけでしたが、修復物が起因になったと思われるものはなく、4本は修復後20年ちかくを経過していました。ブリッジとデンチャーの支台歯は各1歯で残りの4歯は単独の歯牙でした。
 患者さんはお一人だけが40台でこの方だけはかなり欠損がありますが、ほかの4人の方は欠損は1〜2歯だけペリオの問題もない優等生です。歯だけを診ていては「そんな馬鹿な!」といいたい気分なのですが、あまり認めたくない共通項が一つだけあります。4人の方とも70才台の入り口以降だということです。恵まれた体質とメインテナンスで、歯の悩みからは縁遠いところにいらした方々を突然襲ったアクシデントに「この歳になればお互い何かはありますよ」という以外かける言葉がありませんでいた。

# by my-pixy | 2006-03-01 17:34
2006年 03月 01日
3月 サントリーニ
 1971年の写真ですからもう35年も経っているのですが、ペンタックス6×7の大判スライドのおかげで見事に蘇りました。カリブ、南太平洋と並んで世界の3最大クルージング・スポットといわれていましたが、その中で最も行きやすかったのがエーゲ海でした。この時もドイツの学会デンタルショーと半分半分で計画しましたが、日本での情報はまったくなく、アテネに入ってからあちこちの船会社を尋ね回って、1週間のクルーズを選びました。もちろん始めてのことですから見るもの聞くもの珍しく、寝る暇も惜しんで寄港地、船内を徘徊していました。
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# by my-pixy | 2006-03-01 16:51
2006年 02月 24日
たった一つの金メタル
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大会も終了直前になって荒川静香さんが金メダルをゲットしました。ご本人にとってはもとより日本チームにとってもかけがえないメダルです。深夜ではなく得意な早朝の時間帯でしたから、かぶりつきでライブを見いっていました。
 ショートプログラムで、はじけるようなコーエンの演技の前では、ベテラン2人はちょっとかすんで見えないではありませんでした。しかしフリーでは明暗は分かれました。今シーズン、ミスなし完璧の演技を憎らしいほど続けていたスルツカヤに輝きはなく、ガラスのコーエンはお伽の国に帰りました。
 女子シングルは華麗であると同時に過酷なスポーツです。ライバル2人をここへ追い込んだのは、昨年末からの荒川の靴音だったような気がします。この時点で彼女の演技はバラバラで切れも悪く、これで何とかなるだろうかという印象でした。しかし自分自身を見る目は的確で、こつこつと問題は解決されていったようです。ライバルの耳には靴音はだんだん大きくなり、ショートプログラムでは耳に響くほどになっていたのでしょう。並ばれてしまえば追われる方が辛くなるのは当然のこと。最終組がリンクに登場したときに勝負は決まっているような感じがしました。ミスを避けこれまで通り着実にやっていけば、メダルは必ず向こうからやってくるという確信が、荒川を支えているような感じがしたからです。ライバル二人はその靴音に怯え自分の音楽も聞こえなかったかもしれません。
 長野、スクオバレーでの雪辱を!という言葉は良く耳にしましたが、荒川の口からは聞かなかったように思います。8年かけて高校生が女王になった素晴らしい朝でした。
 一つ気になるのは世界最強を誇る日本チームの将来です。真央ちゃんは大本命としても、もう一人の成長株中野を今回のメンバーから外したことです。選手団全体としても、長野組がボロボロになってもしがみつかざるをえない現状を、どう考えればよいのでしょうか。選手個々の問題ではない連盟、体協などに何かがありそうです。

# by my-pixy | 2006-02-24 16:49
2006年 02月 20日
ピアノ
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f0103459_18162423.jpg 真鶴の家に小さなグランドピアノがありました。いつの日か水割り片手にみんなと談笑しながら一曲!という情景を夢見いたのです。楽器など何もいじったことはないので、現実には無理だろうとは思って自動演奏の装置もつけてありました。

 2~3回、演奏者に来てもらってミニコンサートなどということもありましたが、あまりさまにはなりませんでした。それどころかBGM的に聞くには音量が大きすぎるので、自動演奏のボリュームはいっぱいに絞って・・・ということですし、自分の練習など始めようという気もないままでした。20年近くも放りっぱなし、調律も3回だけで朽ち果てさせるのは可哀想になってきて、嫁入り先を探すことにしました。
 当院の技工およびオークション担当の萩原氏がWebでポータル・サイトにのせてくれたところ、2~3日で数カ所から見積もりが入ってきました。かなりばらつきは大きくメーカー直系のところが最低でした。もっと面倒かと思っていましたが、これで上限のところに決め引き渡し日を決めると、その前日には代金が振り込まれてきました。
 どこから出すのだろうなどという心配はよそに僅か1時間、脚を外されたピアノは空を飛んでクレーン車で旅立っていきました。 身軽になってこれでもう一度マダガスカルに行けるかどうか・・・・

# by my-pixy | 2006-02-20 16:48
2006年 02月 16日
玉砕トリノ
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 せめてこの2週間ぐらいは、ライブドアや建築偽装のニュースなしでいられるかと思いきや、天国アテネから急降下メダルなしも夢ではなくなりつつあります。勝負は時の運ともいいますから仕方ないのかもしれませんが、負け方が悪すぎます。いつもスキー場でにらみ合っているせいもありますが、日本のボーダーってあんなものなのといいたくなるような情けなさでした。
 これから浅田真央を欠くフィギュア陣が登場しますが、あまり見たいという気にはなれません。スルツカヤ、コーエンの残りに一人が入れれば上々でしょう。いろいろ問題はあるのでしょうが、その最たるものがマスコミだと思います。トリノ五輪が始まる前、栄光の長野オリンピックや今年のグランプリ・シリーズの録画をどれほど放映したでしょうか。有力選手の密着レポートも限りなく、この撮影にどれほどの時間がかかったろうとも心配になりました。あれだけちやほやされてはアスリートがタレントになっていくのもやむをえないでしょう。いざ本番、蝶よ花よの世界からいきなり勝負の場に連れ出され、金縛りになってなっているような印象を受けたのは私だけでしょうか。実力主義の欧米勢と温室育ちの日本勢の違いは予選のあるゲームで際だちました。予選は通過することが第一と確実さ優先で事を運ぶ選手達と、エンジン全開で一発勝負をかけ次々玉砕していく日本勢と違いが際だったのはハーフパイプでした。

# by my-pixy | 2006-02-16 16:46
2006年 02月 07日
トリノに思う
f0103459_1822073.jpg それにしてもこれらの街々を思い出すとき、残念に思うのは無個性な日本の都市で、その象徴が新幹線の駅舎です。世界に冠たる京都駅にしても新幹線側は日本統一規格そのものです。スキーで通い慣れた長野駅にしても、善光寺口側ぐらい残すかと思いきやオリンピックを機会に跡形なく建て替えられ、正面はエスカレータや交番、レンタカー、お土産屋などに占拠されてしまいました。効率は良くても雰囲気のあるパリのターミナルなどとはとんでもない違いです。しばしば映画の舞台にもなったヨロッパの終着駅ですが、新幹線の駅をベースにしてはどんなドラマも考えられません。それどころか居眠りして発車寸前に気がつけば、名古屋を京都と間違えることさえありそうです。

 同じようなことはスキー場でも起こります。昨年話題になったPホテル、日本中のスキー場でもあちこちで大型リゾート開発を行いました。その中の奥志賀高原、ニセコ、富良野、雫石などには何度も通ったことがありますが、ホテルを中心に和食、中華のレストランとゴンドラを配置するというスタイルはすべて共通です。奥志賀、ニセコには毎年のように出かけましたが、富良野、雫石はそれぞれ1回ずつだった思います。しかし今はそのすべての記憶がごちゃごちゃで、同行したメンバーと話しても、いつの何処のことだったかさっぱり分かりません。自分たちの記憶の衰えを棚に上げるわけではないのですが、戦前や戦後まもなく、欧米人を意識して建てられた赤倉観光ホテル、志賀高原ホテル、白馬東急ホテルなどはいずれも特色ある良いホテルでした。そしてその記憶ははっきりしていることを考えると、やはり無個性な建築の罪はありそうです。

# by my-pixy | 2006-02-07 16:44
2006年 02月 06日
トリノ・オリンピック
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今週末には第20回の冬季オリンピックが始まります。日本で行われた札幌、長野2回の大会にはそれぞれ思い出がありますが、なかでも長野オリンピックの時には、診療中にもちらほら見られるようにと、2台のハイビジョンを設置して万全の準備を整えました。ところが2度目の急性膵炎に見舞われ、皮肉にも期間中すべてを病院のベットで過ごすことなり、今なおその悔しさは忘れられません。2台のディスプレーはその後、環境ビデオ、患者提示用として働いてはくれましたが辛い思い出です。

 今回の会場となるトリノは、その南側になるニース、カンヌ、ジェノバや、北側になるシャモ二、バルディゼールなどを何度も訪れ、ミラノからスイスやオーストリアへのルートとしても、すぐ横をたびたび通過しながら立ち寄ったことがないのです。フェラーリ、マセラティの本拠でもあり、ピニンファリナのデザイン工房の所在地でもあったのに!と、トリノの紹介番組を見ながら悔しがっています。
 工場見学といった気はないのですが、毎月行われているという公道上のレースや、それに熱中する土地柄には大いに興味があります。また街の内側から北のアルプス南のリビエラという、たぐいまれな自然環境を体感してみたかったのです。

# by my-pixy | 2006-02-06 16:43
2006年 02月 02日
撮影地
  憑かれたようにシャッターを切りまくって1ヶ月、だんだん元の生活にもどりつつありますが、一方では「夢よもう一度」という気分も消えてはいません。写真を撮るという動機には、前回も書いたような観察的なものもありますが、やはりびっくりするような感動の方がインパクトが強いに決まっています。
 1964年の海外渡航自由化以降、なけなしの小遣いをかき集めてはヨーロッパを歩き回ってきたのは、国内旅行では味わえない景観や異文化との遭遇があったからです。といっても初めのうちは何年かに一度が精一杯で、1年に複数回になるのは80年代以降のことです。中心部のドイツ、フランスなどを皮切りに一つずつ目的地を絞り、北欧やイタリー、ギリシャ、スペインなどに日数をかけるようになりました。ジブラルタルでは、すぐ対岸はアフリカというところまで接近しながら、足を踏み入れる勇気はありませんでした。植民地問題などもあるのですが、あの強烈な音楽や色彩などに出会うことに、得体の知れぬ怖さを感じていたからです。
f0103459_115923100.jpg 同じような怖さはネパールの帰途に立ち寄ったインドでも感じました。長い間あこがれの山々だったヨーロッパ・アルプスが、ヒマラヤを見た後は急に箱庭のように萎んでしまったのです。衝撃はそれで十分でガンジス、ベラナシなどを受け止める余裕はとてもありませんでした。
 いま行ってみたいと所といえばアフリカか南米です。しかしどちらも遠く大きく強敵で、時すでに遅しの感は否めません。手近なところではパプアニューギニアなどですが、何となくバオバブのようなロマンの香りがなく、強面な現地の人たちにも怖じ気づいています。(特別意味はないのですが、最近熱中している場所や樹の名前がよく似ているので図にして見ました。Bが五つ、Aが四つ、Oが三つ、Rが二つで何か不思議なのです。)

# by my-pixy | 2006-02-02 16:38
2006年 02月 01日
2月 ライアテア
 
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ヨットを泊めて島の入江を入っていくと、そのまま川になっていることがあります。遡っていくとだんだん川幅はせばまり、頭の上までマングローブが生い茂ってきて、ちょっとした探検気分になってきます。ところが実際は川からは見えないだけで、両岸にはパパイヤなどの畑が広がっているらしいのです。突然、朽ちかけた舟着場でたくさんの犬がに吠えられたりすると、探検気分は吹っ飛んでしまいます。

# by my-pixy | 2006-02-01 00:37
2006年 01月 01日
1月 プーケット
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2001年の正月にプーケットからピピ島周辺をクルーズした時の一枚です。ヨットは浅いところには入っていけませんから沖でアンカーリングしてディンギーで上陸します。そのために通常はゴムボートを曳いてあるくののですが、ここプーケットではロングテールボートが発達していますから、こうした入江に出かけるにはそちらを利用するほうが便利です。そのためにクルージングの有難味が薄れてしまうのが問題です。

# by my-pixy | 2006-01-01 16:35
2006年 01月 01日
2006年 カレンダー
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# by my-pixy | 2006-01-01 00:27