タグ:スキーヨット隠れ家 ( 119 ) タグの人気記事

2017年 07月 03日
ニセコ物語の始まりは23才
f0103459_1501346.jpg先日の「まだ名もない会」のプレゼン作りでどうしても見つからなかった写真がありました。2〜3年前のブログに使ったことは分かっていたのですがその1枚がどうしても探せなかったのです。結局、その部分は割愛することになりましたが、週が明ければ何事もないかのように出てくるのです。

 すでにご覧いただい方も多いと思いますが、1954年の学割の切符までついていました。タグもスキー・ヨットで間違っていませんでしたし、アップしたのは2014年1月のことでした。リフトもない今のニセコの反対の昆布温泉から登って、雪だるまになって落ちてきたのですが、この原稿も見つけられませんでした。取り込んでいる時にはよくあることで、こんなことに時間を使ってしまうものです。
これに懲りてデータの整理は一歩ずつ進むのですが、思い描く理想にはなかなか近づかず堂々巡りばかりです。

落ち着いてみると4月末に診療を打ち切ってから2ヶ月間、リングストロボをつけた口腔内撮影用カメラは戸棚に入ったままです。新しい画像はといえばサブカメラかスキャナーだけですからその豹変は著しいものです。4月の診療も終わらせることばかりを気にかけていましたので、セットする義歯の写真も撮り忘れたりしています。これからも同じ状態ですから新たな気づきや発想は次第に無くなるでしょう。
 そんな状態で土竜塾などで同じ発言をできるかどうか心配です。時折、患者さんから電話を頂いたりするとすごく懐かしくなって喋りこんだりしてしまいます。60年染み込んだ習性を変えることは容易ではなさそうです。1週間が過ぎ自分自身の立ち位置が変わって、長年付き合ってきた「臨床歯科を語る会」がどんな風に見えるか、楽しみでもあり恐ろしいようにも感じます。

by my-pixy | 2017-07-03 15:11
2016年 03月 10日
バックカントリ−入門?
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2000年前後何度か通ったフランス、バルディぜール付近のスキー場です。全山を圧雪車が走りまわるわけではありませんから夜に降った雪でコースの大半は新雪の斜面になります。天候が回復すれば新雪の斜面を求めて、多くのスキーヤーがくまなく滑り降ります。早い者勝ちですが時間とともに残りはみるみる少なくなります。ゲートや立て看板はほとんどありませんが、何十年もトラブルがないのはなぜでしょう。
 彼らが日本に来れば、危険地帯はさけて同じように滑り回ります。地形が似た白馬などでは大喜びです。そんな姿を見てオーストラリア人などがニセコに熱中するのは良く分かります。設備の違いはあっても条件の良い八甲田や、ニセコにはそれに近い地理的条件はあると思います。
 バックカントリという言葉はありませんでしたが、かなりの荷物を背負いながら、スキーの半分はスキーツアーで山の中を歩き回っていました。11月末から5月連休まで一シーズン40日が目安でした。

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 海の方はゲートも標識もありませんが、伊豆大島から始まったクルージングは少しづつ距離を伸ばし、伊豆半島、八丈島、小笠原 母島までは到達しました。

スマホ片手のバックカントリーとは何かが違います。

by my-pixy | 2016-03-10 10:10
2016年 03月 09日
白馬も志賀も元気がない中
f0103459_9435372.jpg 2年ぶりのニセコでしたが、町もともかく、町おこしの活動も板についていました。ホテルやレンタカーなどにおいてあるフリーペーパーも前回に続きしっかりした足どりで、内容の写真といい紙面構成、編集などといい、できることならお手伝いでもさせて頂きたいようです。

by my-pixy | 2016-03-09 09:45
2016年 03月 07日
ニセコ物語の始まりは23才
f0103459_14232467.jpg f0103459_1423443.jpg最初にニセコに来たのは昭和54年23歳の時でした。60年が過ぎ、始めてスキーを持たずレンタカーで懐かしい場所を巡っていました。

 主力スキー部隊の方は前夜もさんざん推薦したアンヌプリ越えのツアーを、やれガイドが要るの、バックカントリスキーは危険だなどとぐずっていました。しかし一夜明け、好天で多くの人たちが行列をなして頂上を目指すのを見てようやくその気になったようです。

 2日目の夜はコロリと変わって山越え絶賛の夕食になりました。少々事情がありその席には欠席しましたが、興奮は深夜になってもまだ続いていました。ただ話の折々に出てくる初心者組が木に引っかかったという話が気になりました。

頂上から鞍部の五色温泉までは白銀の大斜面で障害物なしと保証していたからです。あちこちから送られきた写真で、ことの真相がはっきりしました。2年前の写真と比べると今年はほとんどザリッパゲの丸坊主です。異常気象のせいでしょうか、私の見たこともない無残な姿です。これまでニセコ物語は何回かアップしていますが、2月、3月にこんな姿はありません。新雪からブッシュの串焼きになった初心者組には申し訳ありませんでしたが、ご無事で何よりでした。
木に引っかかってもがく姿を寄ってたかって写真に撮られたり、酒の肴にされたりしながらも彼ら同士の繋がりは一歩進んだようです。ケースプレとは違う効用ですが、過去の火曜会も同じ手法で続いてきたような気がしました。

f0103459_8253013.jpg 果たせるかなその効用は、直後の2016年火曜会例会にも恩恵をもたらしてくれました。スキーもしないのに腰痛ベルト着用になった人もいますが、これもブッシュからのプレゼントでしょうか。

by my-pixy | 2016-03-07 09:31
2016年 02月 07日
一人わが道を行く
f0103459_855014.jpg小さな巨人、高梨沙羅選手の強さは抜群です。まるでひとりだけ風洞実験装置の中を飛んでいるような安定したジャンプです。前回冬季オリンピック前にもこれに近いことがありましたが、もう一人のサラと激しく争っていましたし、ジャンプ台の形の変更にも悩んでいたようでした。しかし今シーズンの強さは当時の比ではありません。魔女軍団の中にもぐり込んだ小さな女の子が、鬼退治をしているようでこんな気分の良い勝ち方はあません。その上表彰式の後マイクを向けられ明日のラージヒルも大丈夫かとでもきかれたのでしょう。返事は「I hope so」ですからしびれます。
(少し気になることはジャンプ台以外にはまったく雪がないことです。)

by my-pixy | 2016-02-07 08:35
2015年 11月 07日
続ニセコ物語・Another story
f0103459_13141390.jpg 昨年の4回連続ニセコ物語の中間に位置するお話しです。第一回は1950年代でしたが、80年代には毎年恒例になっていましたから、昨年の復活以前には数々の物語がありこの番外編もその一つですが、何故かこの年は貸し切りバスではなく列車を乗り継いでニセコに行きました。物語の始まりはすでに一眼レフ全盛時代になっていた1988年、朝鮮戦争時代一気に名をとどろかせたNikonSを首から下げた同世代の男性と車中でお友達になったことから始まります。

 ホテルはともに新築の日航アンヌプリでしたが、こちらは道内の技工士などをふくめ10人以上の大部隊でしたからそちらへの対応でほとんどお話しもせず、列車内で撮っていた数枚のスナップしか残っていませんでした。その後お付き合いが続いていたO先生の発案で、20数年ぶりの再会が実現しました。何か当時の記憶に繋がるものをと、ひっぱり出したのがスライドからデジタル化してあった数枚の写真とその方の後ろ姿、そしてきっかけになったNikonSの写真だけでした。診療やご家族のご紹介などでお話しが続いていらしたO先生のお陰で、再会の瞬間から27年を昨日のことのように、先週に次ぐ深夜にわたるお話しは尽きませんでした。

 ゲストへの気遣いもあり歯科臨床の話は避けていまてしたが、スタッフ問題も絡んでレジンコアに全面転換されたということには、先週の話ともつながって最近の接着の進歩などを確認するかたちとなりました。未だ、クラウンの浮き上がり防止に今もセメント遁路をつけるという方の発言だけに重いものがありました。リン酸亜鉛セメント復帰などという安直な解決ではなく、先を見据えてシステム再検討を考えねばならないとおもいました。技工士サイドの問題解決もふくめ、手作り放棄のCAD/CAM導入だけはできるかぎり阻止しなければなりません。


1.その生まれ育ちから不信感の塊になっているレジンコアへ偏見は見直すべきかもしれない。
2.長期経過におけるメタル咬合面の信頼性は絶対的なので必要なケースでは説得が不可欠だ。
3.最後の選択は咬耗摩耗を覚悟して硬質レジンです。再処置まで5〜6年は稼げるので、その時次の選択肢も出てくることに期待する。
4.絶対に避けるべきは異常な強度、耐摩耗性で対合歯を損傷する可能性も懸念されながら、簡単に撤去はできないジルコニアと接着のコンビだ。インプラント上部構造ともなれば凶器としか言いようがない。
5.後期高齢者が多い私の患者さん達には、問題が出ても即日補修改造ができる即重レジンをこれまで以上に多用して通院回数を減らします。

自分の職業寿命と、患者さんの健康などを推理しながら選択肢を選べば大過ないでしょう。自分の大台変わりとともに予後を推理する基準は変わってゆくのです。KA367+でしょうか

by my-pixy | 2015-11-07 12:06
2015年 10月 26日
ヨットのクラス会・2
f0103459_10594882.jpg一夜明けて小豆島土庄からの帰途はそれぞれ、松山へ、、倉敷へ奈良正倉院展へと散らばっていきました。四つの港からあちこちに行けるので選択肢は多すぎるくらいです。
 左上は今回の地元メンバーからのお土産の蜂蜜ですが、パソコン関係の仕事をしているだけに一度限りのラベルなどをつけてくれました。高松在住で瀬戸内の港には恵まれ、一部のメンバーはセーリングにも出てきたようです。
 高松周辺の島は過疎解消からアート島になっていることは聞いていたので、そんなパンフレットを見ていたところ「海の復権」という見慣れぬ活字に目がとまりました。このパンフレットは裏面なのですが
ふりがなならぬ英文がRestorationとなっています。よく使う歯科用語とはずいぶん意味が違います。
 入れ歯やブリッジも「復権」であればずいぶん肩身が広くなります。なんとかこの漢字の方をPRしたいものと持ち帰りました。

by my-pixy | 2015-10-26 10:16
2015年 10月 25日
今週はヨットのクラス会
f0103459_17331919.jpg 今週は1972年チャイナシー遠征を機に結成された、わだつみヨットクラブ恒例の同窓会で瀬戸内の小豆島に集合しました。
スキー同様ヨットレースも斜陽に一途で、国内のレジャーボート造船所もここ小豆島に一社を残すのみになったそうですが、このメンバーは未だ現役も少なからず、ほとんどが少なからず海にかかわる仕事を続けています。
 ただほぼ全員が還暦を迎えたというのに、子供の話となると決まって「うちの娘が・・・」になるのが気になって国勢調査の指示をだしました。精査したところと果たせるかな15名のメンバーの子供たちの男女比は9対18と圧倒的で、男だけの飲み会で「どうしてこうなるのか」役にも立たない話題でもり上がりました。


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by my-pixy | 2015-10-25 17:34
2015年 07月 12日
風籟窯
f0103459_1111015.jpg 久しぶりの好天。仙人を引っぱりだし風籟窯にいってきました。別にしていかんけいではないのですが、新しい窯試作にかける質疑応答は、良くは分かりませんでしたが、われらの義歯製作に通じるやりとりにも通ずるものがあり小耳をたてながら、少し気合いを入れて写真を撮っていました。

上は家主の定ポジション、
中はお香の煙が美しくライティングを気にしながらの1枚。

そして下は手前の緑のお皿が主人お気に入りの緑のようでした。薪割りに始まって登り窯一杯に詰め込んで薪加減しながら10日にわたる窯だき。もう一月以上になるというのに体調は戻らないそうです。私には後ろ側にある花器の肌合いや色調の方がパステル調で美しく感じましたが、ご本人の狙いは緑。幾つもある中で思いに手がかかったのはこれだけだったようでした。

 一生懸命燃し続けた火をゆっくり落としながら、温度をコントロールする難しさなど、陶芸が究極の道楽といわれる一端を垣間見た思いでした。

by my-pixy | 2015-07-12 11:09
2015年 07月 02日
ほったらかしの鉢から黙って咲いている
f0103459_13131649.jpg 一番若く、新しいお友達、仙人こと山本真郎さんのブログからの無断借用です。ブログタイトルがその記事の説明文です。知らない人はともかく,彼の工房の佇まいを知っている人間には、「仙人めⅠ相変わらず気楽な暮らしをしよって!」と悔しくなります。


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二三日したら「メダカはふえまくり、プラムは鈴なり。ホワイトリカーとブランデーを4升買ってきてプラム酒づくり。だそうです。
週末の勉強会に向けて目を腫らして毎日パソコンと挌闘している人間に思いやりのない奴です。これで盗作を決めました。盗んだもとは私のリンクにあります。

by my-pixy | 2015-07-02 13:13