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2015年 08月 22日
マダガスカル航空に奪われた一日
f0103459_11224462.jpgマダガスカルの子供たちは大好きで、今日にでもまた会いたいくらいですが、マダガスカル航空は2度と乗りたくありません。成田出発の前夜になって接続便8時間遅延通知。現地バンコクでは何の案内も電光掲示板の表示も無く、予定1時間前になってもチェックインカウンターも無人の無責任ぶりは言葉もありません。

 現地にいるフランス人たちも困っているようですから経由地を変えることもできません。タイ航空は機体座席などもこの数年間でめっきり良くなり驚くほどです。特に5段階に調節可能なウインドシールドは6時間の休息には申し分ないシステムで、帰途乗り換えたとたんに日本に帰ったような気分になります。バンコクでもクーデターだデモだと騒ぎは絶えませんが、国としての安定感は格段の違いがあるようです。ちょうど6年前アンタナナリボでも小規模なクーデター騒ぎがあり政権が変わり、中国などと較べると日本との距離は遠くなっていることを感じました。残念なことです。

 2006年、5年間手塩にかけて育てたバオバブの苗を枯らしてしまい、マダガスカル通いを始めました。今回、部分的に思い出の地をたどり、5年前10年前と術後経過を見るように町や村、車や人、牛車や自転車タクシーブルースなどに注目しました。リゾートホテルある南部の漁村と首都アンタナナリボ周辺で違いますが、日本の過疎地と東京のようではありません。

by my-pixy | 2015-08-22 09:49
2015年 07月 02日
2010マダガスカル
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 今は真鶴にも矢倉沢にも出られませんので、隠居の強み、過去の遺産で応酬するしかありません。手抜きで作っていたスクリーンセイバーの写真を、3脚を立て一画面ごとに撮影して臨場感が出るように作ってみました。「右を向いても左を向いても思い思いのバオバブだらけ」中に入れるものだってあるんだ!」ご隠居劇場、気休めエンドレス上映中。

by my-pixy | 2015-07-02 14:16
2012年 01月 01日
2011.1月
  あけましておめでとうごさいます。

f0103459_12344724.jpg これまで月初めに使ってきたカレンダーの写真がなくなるので、口腔内写真ばかりになることを懸念していましたが、元日は雲が多く早速マダガスカルへ援軍コールです。

 正月休み用に、食品ともども仕事のデータもハードディスクに詰め込んでいたのですが、出がけにバタバタして置き忘れてしまいました。取りに戻ることも考えましたが、観念してテレビッコに徹することにしました。幸いにして、世界で一番遠い島トリスタン・デ・クーニャ。世界で一番大家族の島コロンビア、イスロデ島。サンゴ世界一奇跡の海、赤道直下インドネシア。北極海ヨットクルーズ。などなど2時間クラスの長時間ものに恵まれ退屈はしませんでした。

 これからもホットスポット、ワイルドライフなどのスペシャル版が続くようです。

by my-pixy | 2012-01-01 12:12
2011年 11月 01日
マダガスカル   11月
f0103459_7195520.jpg 樹齢3000年ともいわれるバオバブの樹です。一応自然公園の中で大切にされているようですが、訪れる人もなく柵もしめ縄もありませんが、平和な生活が続いているようです。
 大仏様の頭のような形をしていますが、誰かが毎朝、毛ばたきでもかけているのではないかと思われるほどつやつやしています。近くにフラミンゴが飛来する大きな池がありますが、そこから鳥たちがやってくることもなさそうです。この丘の下にはキツネザルたちのいる大岸壁もありますし、そのなかの洞窟には目のない魚も住んでいます。思い出すだけでわくわくランドです。

by my-pixy | 2011-11-01 07:25
2011年 10月 01日
マダガスカル   10月
f0103459_792355.jpg 10年間のカレンダーの中で1枚を選ぶとしたらこの写真でしょう。夕日に沈むバオバブの撮影を終えての帰り道でした。

 転がるように車からとびおり、カメラの設定を確認する余裕もなくシャッターを切り続けました。私の夢の光景が通り過ぎてしまうことが心配だったからで、こんなに興奮してシャッターをきった経験は後にも先にもありません。暗さを増していく空を背景に砂丘の一軒家の家族が見せるシルエットは、藤代清治の世界でした。

by my-pixy | 2011-10-01 07:02
2011年 09月 06日
久しぶりのシファカ君
 昨夜久しぶりでシファカ君たちのテレビを見ました。それもそのはず丁度2年ぶりのことです。
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 4回にわたって通ったあちここちの景色や懐かしい地名もでてきましたが、かんじんのキツネザルでお目にかかったのはほんの2〜3種類、とてもお金と時間をかけた撮影隊には敵いません。ただ私のお目当ては動かないバオバブでしたから、その種類にかけては断然たる優位でチョッピリ気を良くしていました。
 それにしても80種類にもなるというキツネザル、そのルーツは1種類で、アフリカ大陸から数ヶ月をかけてモザンピーク海峡を渡ってきたという話しにはびっくりしました。ノアの方舟そのままの話しで、遣唐使の航海より快適な船旅だったようです。
 あちこちでお目にかかったカメレオン君たちの狩りの様子もなつかしく、バオバブたちとも懐かしいクラス会を楽しみました。できたらまた会いに出かけたいものです。

by my-pixy | 2011-09-06 18:23
2011年 06月 01日
サラリー 6月
f0103459_1729468.jpg こんな海の光景を見ても三陸を思い出してしまいます。リーフを乗り越えてつなみは押し寄せてくるのだろうか…スマトラ沖の時は・・などと逃げられなくなっています。あれほどのぼせていたマダガスカルもずいぶん遠くなってしまいました。
 何とか切り替えようと思っても、これだけびったり固められてしまうとなかなかその隙間も見つかりません。

by my-pixy | 2011-06-01 17:56
2009年 10月 19日
被害者の会
いやがる人を2人ずつ、もうすぐアフリカというところまで拉致された人たちが、ついに被害者の会を開きました。時は10月15日、場所はお気に入りの丸の内日本工業倶楽部です。当日はうち1名が欠席でしたが支援する人たちも80名ほども集まり、初めての2台のプロジェクターでグーグルアースも自在に使用し、犯行の足どりなども詳細に報告されました。左上は支援団体から届けられたアリアリ{現地通貨)入りの鉄製ボックス、右下はまだこりないアーティストの手になるメタルボンド製のシファカです。
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 2台のノートパソコンの1台はインターネット用に、1台は少し動画も加えての通常の画像プレゼンにいう準備にもかなり手こずりました。パソコンOS、ネット接続の準備など会場の状態が分からないためですが、こちらは被害者のうちの一人、萩原君が全面バックアップしてくれたので、開演寸前にはすべてOKになりました。

 もう一つの挑戦はiPhoneを使ってのリモートコントロールです。150円でキーノートが10メートル以上離れて操作できることは大きな魅力でしたしテストも順調でした。あちこち歩き回っても手元で現在の画像と次の画像が見られることに魅了され、すっかりスティーブジョブス気分でした。
ところがいざ始まってみるとマイクを持ち、ポインターを使いながらiPhoneの操作はできないことが分かりました。iPhoneだけで両手が塞がってしまっています。画面を横に滑らせる操作は片手では無理で下手をすると落としそうになります。見かねて会場の方がピンマイクを届けてくださいましたが、この時にはすでに演壇に縛り付けられて、ウオーキングはどこかに飛んでいました。

by my-pixy | 2009-10-19 17:49
2009年 09月 04日
不思議な国・マダガスカル
f0103459_10223526.jpgf0103459_10251559.jpg上の写真は最後の宿泊ホテルから見たアンタナナリボの中心部です。池を中央にすり鉢状の地形で実に美しい西欧的な町です。
中段の写真はすり鉢の縁に当たる小高い丘の上で、この辺に大統領府など重要機関が集まっています。小さな展望台の上にはこども達もいますが漁村であったこども達とは雰囲気が違います。
下の写真は中心部からほど遠くない川縁ですが、両岸では選択だけでなく日干し煉瓦工場までさまざまな仕事をする人たちが集まってきます。
今回の旅、白いラインは国内線です。始めにムルンベまで直行し北側のアンドンビリー、南側のアンダバドアカを訪れ、この後地図にはない海沿いの道を南下し、サラリーを経由してチューレアルに出ました。1泊後ボートでアナカウへ、僅か3時間チマンナベッツア国立公園を散策してのとんぼ返りは今回の象徴のようなツアーでしたが、思い出深い20時間ほどでもありました。
飛行機の時間だけに縛られてのこの後30時間ほどは、飛ばし続けてきただけに手持ちぶさたでしたが、買い物などで時を過ごしました。
朝は暗いうちに起床!が当たり前になった嵐のような5日間でしたが「バオバブ総集編」を目指した今回の旅は終わりました。連載もこれまでですが陽の目を見なかった大半の画像を見て頂く機会を10月15日(木)に企画中です。関心をお持ちの方はご照会下さい。

by my-pixy | 2009-09-04 12:05
2009年 09月 04日
無事帰還
f0103459_18415062.jpgどう転んでも好きにはなれそうもない相手ですが、われわれを国立公園に送り届け、そのままじっと3時間以上も車で待っているホテルオーナーの評価は次第に変わってきました。
フランス人で英語は通じませんから理解に限度はありますが、こちらの態度から相手も少しずつ打ち解けてきたようです。何よりも帰りの出航は6時で、より大型のボートということで一安心しましたが、積もる心労で完全にダウン。折角のロブスターもほとんど手がつけられませんでした。
バケツで運んできたお湯をうすめてシャワー代わりにしてベットに倒れ込み、朝は4時頃からローソクと懐中電灯でパッキングをすませ、ピックアップバンに乗り込みました。真っ暗な道を走り空が白む頃ズボンを巻き上げてボートに乗り込みました。「帰れるんだこれで日本に!」チャンピオンのメロディです。
帆船のわきをかすめながら快走1時間あまり、行く先に真っ黒な異様な船団が出てきました。始めはまったく何事か分かりませんでしたが、近づくにつれ舟ではなく牛車であることが見えてきました。早朝アナカウからスピードボートがお客を乗せて帰ってくるという情報に出迎えが出ていたのです。
 この後は運動会の騎馬戦よろしくポジション取り、オーナーは情け容赦なく3台だけに絞り込んで荷渡しです。今度はズボンをまくらず桟橋に上れました。

by my-pixy | 2009-09-04 07:39