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2015年 05月 29日
ロッテルダム街歩き 2
f0103459_10251880.jpg 羊に追い返されたわけではありませんが、ここには十数機の風車が並んでいるので、隣の方に回ってみました。最近のことはどんどん忘れていきますが、撮影時はまだ50代でしたから、張られた風車のセールの美しさも刻銘に覚えています。良いものは若いうちに見ておくべきです。
 素晴らしいことは先日のテレビでも芝生からセールまでこのままなことです。変わり映えしないガラスのタワーで次々と埋め尽くされていく東京砂漠とは違います。今は機能はしていないかもしれませんが、神が創られた場所に人が土地を造ったという言葉があるように、風車がなければここは海面下だったのです。

by my-pixy | 2015-05-29 10:41
2015年 05月 28日
ロッテルダム街歩き
f0103459_13312546.jpg大相撲の照の富士以外はニュースも明るい話題はなく、だんだん就寝時間が早くなり困っています。
変わりようのない国内温泉旅行はXの筆頭、ヨーロッパ空撮もオリーブ畑と地中海だけ飛んで歩いても退屈と思っていたら、わが土竜のトンネルもカメラの話題、海外旅行の話がなくなって入れ歯一色です。

 そんな中で街歩きの番組でロッテルダムを見ました。この手の番組は行く先次第ですが、同じオランダでもアムステルダムではないところがミソで、戦争を挟む多面的な街の紹介が魅力でした。

 公園での新婚カップルの記念撮影、ハウスボートの木工職人、風車の管理人、帆船住まいと拡がって昔の記憶につながりました。先日整理した30年前のスライドの中からロッテルダム近郊を拾い上げて何回かアップしてみます。お世話になった現地の方々の消息は分かりませんが、新しい建築物ができても、当時の風景も変わらず共存し、世代は変わっても風車のセールを張り替えて管理していく人が絶えないことです。

by my-pixy | 2015-05-28 12:28
2014年 12月 14日
ガラクタ趣味
f0103459_9512524.jpg この一年身辺整理に明け暮れているが見るべき成果は上がっていません。
 処分した荷物はかなりの量になるはずなのですが、空いたスペースにはどこかに押し込まれていたガラクタがのびのびしているだけで、次の行く先は決まっていません。背広もネクタイも20年ぐらい買ったことはないし、ショッピングモールなどには足も踏み入れていないので、 ガラクタの大半は海外旅行にまつわるお土産品のようです。
 旅行中には後ろめたさも手伝ってお土産の買い物には時間をとられるものですが、自分が気に入らない観光土産などは絶対に買わず、送り先のことも考えるのですが、ついつい自分の欲しいものとの境界がはっきりしなくなってしまいます。有名観光地のプラスチックやペンキで塗りたくったようなものを避けていると、上の画像のようになってしまいます。
 手作りなのに値段は安いマダガスカルなどは鬼門の最右翼です。一番左のバオバブの木などは全長70センチもある未完製品ですが、CADCAMなど糞食らえの味わいがあります。 
 スライドは何とか退治しましたが、やっつけのコピーにはオリジナルの味わいはなく、正倉院御物でもないガラクタとどう別れるかはさらに大問題です。

by my-pixy | 2014-12-14 10:39
2014年 09月 18日
1996年5月連休
 ちょうどデュープがさしかかったホルダーの中に忘れかかった画像が入っていました。1996年の5月の連休ですが、とくに行き先を固定せず一週間ほどの間によくあちこち歩いています。しかしそのいずれにも溢れるような人間性があります。まだ十数年前のことですが今では考えられないような変化が、この直後から起こるのです。
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by my-pixy | 2014-09-18 12:38
2014年 06月 01日
旅の終わり
1月26日
 朝6:30慌ただしくSがパリへ飛ぶため部屋を出てゆく。寝ぼけ眼で別れの挨拶をする。ちょうど一ヶ月何のトラブルもなく快適な旅を続けてこられた事に感謝する。色々な点で一人では考えられない一ヶ月だった。また他のパートナーを考える事もきわめて難しい旅だったと思う。今日から僅か数日ではあるが一人の旅が始まる。これもまた楽しみだ。
 8:30起床、駅に荷物を預けて町を3時間ほどうろつく。Zurichは古く美しい町だとしみじみ思う。Central stationの前の綺麗な堀に白鳥やカモメや鴨などが群がっている。スイスの都会そしてコペンなどでも見慣れた風景だが、日本に帰る日が迫ってきた今、こういった情景をいとおしむことひとしおだ。
 あとどれだけの時があれば、こういうシーンをが日本でも見られるようになるだろうかと思うと淋しくなる。JALからSwiss Airへの変更などもあったので、さすが一人で乗込む飛行場での1時間は心配だった。ジュネーヴ経由でベイルートへ。途中空から見るアルプス、特にかすめるようにして飛んだモンブランは圧巻だった。ただ席が真中で充分見たり写真を撮ったり出来ないのは残念だった。ジュネーブでインド人と覚しき連中が大分増える。ほとんど満員なのに5列のシートのせいかSASのDC-8のような窮屈さは感じない。N.Y-コペンの時の東南アジア人と同様、前のインド人らしい3人連れがうるさい。少数だがこういったマナーに関しては欧米人との差がひどい。両横の英国人達の細かい気の使い方とは雲泥の差だ。右側の大学院の学生と覚しき2人連れと時々話しながら時を過ごす。地中海の夕焼けが美しい。ランチにZurichで食べたいと思いながら食べられなかった肉とゼラチンを入れたパンにありつき満足。

 スキーで、歯科診療で、その他の生活それぞれに日本のそれとはかけ離れた素晴らしいものを沢山見た。そして啓蒙させられるところが多かった。しかし結局日本で生活しなければならない。スキーも日本でほとんどしなければならない。ではどうすればよいか。子供には早い中に海外で生活させたいと思う。これは自分の夢をせめて彼によってでも達したいという単純なもの。何処でどの位の期間?難しい。言葉のハンディを痛感。日本語は損だ。何かにつけて日本は人間が多すぎる。

50年後・2014.6.4
 こんなことを考えながら深い眠りに陥ったようで日記は突然途切れている。南周りのボンベイ、カラチなどで、薄暗い空港の中を全員裸足の空港職員が動き回っていたことや、トイレに子供を抱いた女性がチップをもらおうとうずくまっているのを見て、始めて遠くに来ていたのだと思った。シンガポールでは何とか安ホテルに泊まったが、ここで有り金はすべて使い果たし、バンコックの居候先の知人に頼んで、フィルムの無くなった8ミリカメラを売ってもらって、貧乏生活から脱出したことを覚えている。
 一方、安全策で北回りを選んだS氏も空港カウンターで盗難事件とか。旅行中は日々相手との残高照合を怠らなかったのだが、この時どれほどだったかは今も聞いていない。持ち出し金の調達は何とかできたが,その他に航空運賃などさまざまな出費をよくもかき集めたものだと思うし、男2名、行く先々での居候先の方々には大きなご迷惑をかけお礼の言葉もない。お陰様で50年後の今日に及ぶとてつもないプレゼントを頂き高度成長の波にのることができた。

 旅のパートナーで今回も突然のブログ公開のため埋もれている資料発掘に甚大な努力をして頂いたS氏こと須佐美康治君に、最後のひと言をとお願いしましたが次のメールがきました。
「私の役目はもう先ほど終わりました。
考えたあげく、あの時は、どうしても行きたくなって行ったとしか言いよう
がありません。どう考えても理由はそれだけ、理屈ではないのです。
そして、いろいろあってたいへん面白かったとも思っています。


by my-pixy | 2014-06-01 08:47
2014年 05月 31日
ブンデスハイム
f0103459_18422776.jpg1月24日
 絶好とは言えないコンディションに悩まされたわれわれのスキーの最後の日。一縷の望みを託して目を覚ます。まだ明けきらぬ空ははっきりはわからないがどうやら青空らしい。9時にホルストに会うことになっているがその前に一稼ぎとばかりにバタバタと支度をして飛び出す。しかし谷間のクリストフには陽は当たらず微かに陽が当たり出した山の頂きは電線が邪魔になり写真にならない。仕方なくイライラしながら部屋で待つ。9時バルーガまで登る。途中で雲がぐんぐん増えてきてガルツィックではすべてが雲に隠され風も吹きまたZermattの二の舞かとすっかりショゲ返った。しかしバルーガへのケーブルの途中から雲の上に出ると雲1つない好天で思わず飛び上がりたくなる。途中で写真を撮っていたSとはこれ以来1日中バラバラになってしまう。バルーガから新雪の大斜面をホルストのクラスと共に滑る。写真も撮りたい、滑りたいで迷うがこれ1回はスキーと諦める。やはり晴れると流石壮大なスケールで夢のような大斜面が様々な変化をもちながら延々と続いている。ホルスト始めクラスの連中が新雪を蹴立てて滑るのを撮りたいがただ付いて行くだけでも精一杯でとてもリュックを下ろす暇はない。おじけづいていた新雪をかなりのスピードで滑れるようになってくる。勿論軽い雪に助けられてはいるがZermattの時よりは重い。しかしスキーはうまく横ズレしてくれる。途中からは調子づいてきてクラスの先頭の方を滑る。11時クリストフに帰り解散。カメラを持ってすぐ上がるというホルストを追う。ガルツィック付近で新しい斜面を探すが僅かに2〜3時間の間によくもまぁと思う斜面までシュプールが刻まれていてなかなか思うような斜面がない。それを探しながらかなり厳しい新雪の斜面を大分滑る。思ったよりうまく行く。長い谷間の緩斜面では彼を追ってクラウチングで生まれて初めてと思われるようなスピードで滑る。恐怖はほとんどない。ほとんど写真は撮れなかったが思う存分のスキーはした。ただ時間が残り少ないのが気になり、残念ながらホルストと別れ単独で写真に専念する事にする。ホテルに帰り急いで食事を済ませバルガーへ。ケーブルは混んでいて大分待たされる。朝のうちは多少雲が残っていた、天空もすっかりピーカンになりバルーガから更にケーブルを乗り継いで行った展望台からの眺めは凄まじいばかりで日本の山が山脈という名の通り一列の山並みであり線であるのに対しここでは線を見出す事は出来ない。見渡す限り3000メートルクラスのピークが一面に敷きつめたように広がっている。しばしあまりの凄まじさに呆れかえっていたが思い出してカメラを取り出す。しかしこのお花畑のように延々とそれぞれ美しい山々をファインダーの枠でカットする事はひどく難しい。目をつぶってシャッターを押しても写真になることは間違いない。しかし自分の意志で何かを撮り何かを捨てなければならないとなるとこれはまたどうしたらよいのか全くわからなくなってしまう。岩の間にシュプールが見え隠れし黒い点が良く見れば少しづつ動いている。20〜30分ほどして下り始める。あちこちキョロキョロ見回しながら時々カメラを出してはまた滑る。何とかこの壮大な山とスキー場のスケールを記録したいと思うがなかなか思うにまかせない。16時頃クタクタに疲れて帰る。黒岩君が来て暫く喋る。Bandes heimでホルストと会う。       
 
1月25日
 7時起床。名残を惜しみつつEderweissを出る。また雪、昨日の好天がウソのようだ。8:36St Anton発Zurichへ。列車の中でChurのインストラクターと色々話す。Zurichでスキーをアナカンでまた不要なものを大分苦心してSea mailで送る。これで少し身軽になる。しかしその後食事をしホテルのバーで一杯飲んだだけで1日が終わってしまった。静かなバーで久しぶりに少し落ち着いて考えたり話したりする。振り返ってみると慌ただしい毎日でほとんど何も考えたりすることのない毎日だった。ヨーロッパ最後の夜と思うと多少なりと物を考える気分になる。

by my-pixy | 2014-05-31 08:43
2014年 05月 30日
待望のチロルへ
f0103459_18144286.jpg1月21日
 6時半起床。7:30のArlberg ExpでSt Antonへ。隣りの国へ行く列車の方が遥かに便利で、昨日Zermattから2度乗り換え6時間以上かかってZurichに着いたのに、St Antonへは乗り換えもなくほとんど同じ距離を僅か3時間で着いてしまう。この辺では急行でも特急でも急行券はないし列車内はかなり良くなる。こういう列車を使わねば全く損だ。初めての国際列車で10:45にSt Antonに着く。St Antonは聞きしにまさる寒村の小駅という感じで線路のすぐ横から上越のスキー場のように広がるゲレンデがなければ全くスキーのメッカとは信じられない。やっと見つけてタクシーでSt Christophへ。ブンデスハイムでシュバルツェンバッハを探すがこれがまたひどくお粗末な建物で入り口も受付もわからず散々苦労する。ようやく12時半頃彼をつかまえる。キビキビと宿の事など面倒をみてくれる。スキー場の印象はスイスのものと異なりどちらかといえば日本的である。勿論スケールは大きいし斜面の変化もあるがスイスのそれが上に行くほど広大となり町の近くは細い山道であったのに反しここはどちらかといえば下に広がった形で幾つかのゲレンデが連絡されているという感じだ。いわばスイスのスキー場は広大な山の斜面から町まで細いコースをつけたものでありここでは前者の要素はなくなって広大なゲレンデがあるという感じである。山のスケールは大分小さくなるがコースは遥かに難しくなる。バンプが多く斜度はきつい。スキー学校はがらりと変わり同じようにコースを列になって滑るにしてもスピードは遅くかつ細かく止まっては注意しながら滑っている。スイスではインストラクターは単にコースの先導者という印象だっただけやはりこの方がピンとくる。新雪の斜面にはおなじみのシュプールがあちこちに残されている。ここのインストラクターの中にも色々程度はあるようだがそれでもさすがに格調ないスキーぶりでそれを見て滑るなかに少しきちんとしたスキーを思い出す。Christophからケーブルでガルツィックへ。そこからSt Antonへ。またケーブルでクリストフへなど2時間ほど滑って早目に帰る。どうもこのところ少しく疲労気味だ。宿の食事はあまり良くないが快適。

1月22日
 雪がさんさんと降っている。ツェルマット以来の悪天候がついてまわっている感じで嫌気がさしてきた。また眠って10時頃起きる。事情は変わらず朝食後前のホテルの床屋へ行ってくる。そして昼食。午後St Antonまで出掛ける。Mr.TachikawaのBMW1800に同乗。ご機嫌な車だ。バッチなど仕入れて帰る。時間潰しに苦労。昼寝3時間余り、これで睡眠不足から完全に回復した感じだ。夜隣のホテルのバーに出掛けて1日を終える。全くもったいない。

1月23日
 相変わらず雪とガス。全く頭にくるがもう眠って暮らすわけにもいかず勇を鼓して出掛けるが面白くないこと甚だしい。上越のようにドカドカ降ってくる。1時間ほどで帰る。引き上げたい気分だが今日Zurichに帰っても明日は日曜日で店もJALも休みだから動きがとれない。土、日曜日を完全につぶされるのは閉口だ。クリスマス、正月を加えもう1週間近くを無為につぶされている。仕方のない事だが苛立たしい。昼休みにホルストを訪問する。相変わらず調子がいい。良すぎて話にならない。ともかく午後から一緒に来いという事で渋々また支度をする。雪、ガス共相変わらずしかもケーブルでガルツィックまで登ると言うので全くおじけづいてケーブルに乗る。頂上は視界10メートル位の一面の乳白色の世界でかなりの風。いよいよ怪我をしなければと祈るのみ。ホルストは生徒を待つからと言うのでMr.黒岩と滑ることになる。ホルストから早過ぎぬようにとの注意がある。全く西も東もわからないのでただ彼の後を追う。流石滑り慣れている彼はどんどん下りて行く。風に吹き固められた新雪がターンと共に小さなブロックになって崩れてシュプールが刻まれる。1人なら当然ボーゲンでもやるところだがメンツもあるし死んだ気になって恐る恐るリュックラーゲで怪しげに曲がってついて行く。彼は見事にまとまったフォームで新雪をぶち壊して行く。いくつかまわる中に少し感じがわかり恐怖心も薄れてきた。ところが今度はコブだ。彼は軽い屈伸をしながら斜滑降して行き適当なコブを見つけてヒョイとまわりこむ。その感じがひどくいい。こちらはコブの上で飛び上がって底にドスンと落ちる。膝がかたいからショックが直接上にきてつぶされスキーがパレる。随分ゆっくり滑ってくれているがこちらは真剣に追う。しかしこれも暫くすると大分良くなった。良い先導者のいることをこれほど有難く思った事はなかった。ともかく午前中はもう2度と滑るまいと思うような天気だったのに大変楽しく悪天候の中でも滑りまくった。昨日の1日を惜しく思った。


by my-pixy | 2014-05-30 08:40
2014年 05月 29日
ツェルマット
f0103459_938315.jpg1月18日
 目を覚まし外を見ると雪が静かに降っている。山はほとんど見えない。途端に起きる気がしなくなる。9時過ぎまでゴロゴロしていたが他にする事もなく渋々食事をして出掛ける。ゴーネルグラード行きのケーブルの中でまた英国人と話す。天候不良の為1つ手前の駅で降りたがそれでもひどい。仕方なくすぐ下へ下ることにする。ところが未だほとんど人が下りていないので風で固められた新雪に散々悩まされ食事に。ホテルに帰ったまま2時間ほどひっくり返る。14時勇を鼓して再度、今度はGanelgrardの終点まで登る。今度はかなり踏み固められていて快適に下りる。ひどく怠けた1日だったが考えてみれば標高差3000メートル余りを滑っているわけだ。夕方町をぶらついていた時Zermattに着いた最初の晩ホテルのフロントで一寸逢った日本人と会い、ビールなど飲みに入り話をしている所へ入り口でキョロキョロしている日本人と覚しき男。これを拾いSを加えて4人で町をぶらつく。前者はパリのパスワール研究所に勤めるハナもちならぬ変な日本人。後者はN.Y、JAL勤めのこれまた行動力に富んだ単細の日本人。この町第一のホテルに仂いている日本人がいるはずだからというので、誘いに行き午後10時彼の妻を加えて総勢6名でバー2軒をまわる。海外で生活する日本人サンプル集の如く大変興味深くまた夜のZermattも面白かった。

月19日
 今朝も悪天。昨日よりはいくらか良いようだが望みはない。ただ今日は昨夜のムッシュパリが一緒にスキーをしたいと言うのでそれをかまう楽しみがある。連日の睡眠不足で不調。これは薬石効なく閉口である。これとトレーニング不足とが重なり何とも調子が悪い。おまけに広いスキー場、良い雪に恵まれスイスの怪しげなインストラクターを見ながら滑っているのでだんだん悪に染まり日本に帰ると使いものにならなくなるのではないかと心配。ゴーネルグラート付近で電車を使って滑る。長いが単調でやや飽きる。ムッシュは大体予想通りで昨夜に比べるとひどくおとなしくなる。愉快。15時頃町へ下る。夜はホテル勤めの松山夫妻とフォンデュなどスイス名物料理を食べる。あまりピンとこなかった。ジャガイモを使ったラクレットは美味しかった。待望のマッターホーンが空に4日ぶりでやっとその姿を現す。寒いし気圧計の計も上昇しつつあり明日こそは写真が撮れそう。

1月20日
 まだ明けきらぬ空にマッターホーンがくっきりとそびえ立ちそのすぐ上には丸い月が残っている。待つこと4日目にしてようやく恵まれた晴天だけに喜び勇んで、今日こそとばかりに張り切って飛び起き急いで宿を出る。ケーブルカーの動きがひどく遅く感じられる。ゴーネルグラートに着く。少し前から空にポツポツ白い雲が現れ始める。ピーカンより写真には好都合だなどと話していたが雲はその後急速に広がりだし、ケーブルが着く頃にはモンテローザはその頂きを灰色の雲に隠されてしまった。しかし未だ青空の方が大分多いのでもう少し上へ行こうと、スキーはコース閉鎖の為置いたままストックホルンへのケーブルへ乗り継ぐ。ひどく寒く2本のケーブルでストックホルンに着いた時は冷えきってしまいそのうえ青空は僅かになってしまった。寒さに痛めつけられながら暫く待ったが事態は悪くなるばかりで遂に諦めて再びケーブルで下る。急にガックリしてゴーネルグラートからは最低のスキイングで這うようにして下る。フェルマットに着いた時、空は完全に閉ざされマッターホーンのみ灰色の空に黒々とした岩肌を見せていた。
 これでは明日も期待出来ぬと荷物をまとめてZurich経由でSt Antonに移動することにする。急な予定変更でホテルのフロントとの間に多少ゴタついたがPM2:45の列車でZermattを離れる。色々と恵まれぬZermattの4日間だった。スイスの列車はどうも細切れで乗り換えに悩まされる。接続は良好だが面倒以上によそ者にとっては難関が多く閉口だ。Zurichに21:15に着く。食堂などで定食の押し売りにあい乏しくなってきた財布から800円あまりとられたのは痛かった。


by my-pixy | 2014-05-29 08:35
2014年 05月 28日
グリンデルワルトからツェルマットへ
1月16日
 今日はKL.Scheideggなどとは反対側のFirstへ出掛ける。宿のすぐ裏からここでは唯一の2人乗り横掛けのチェアリフトに乗る。1回700円也。ゴムびきのマントを着てホ口のかかったチェアに腰かける。途中3つの駅がありそこでは一応そのまま小屋の中にチェアごと入り、切符をチェックしてポイントのようなもので上に行く人と降りる人とのチェアはそれぞれの方向に分けられる。これは誠にうまく出来ていて感心する。日本のリフトよりかなり早いがそれでも30分かかって終点Firstに着く。ここは周囲の山が低いので10時頃なのにもう陽が当たっている。しかしやはりリフト30分はホ口やマントに守られてもやっぱり寒い。ここからまた1回360Fri(300円)のTバー(これは5回で1200円)。これは途中で2〜3回90度位に曲りながら延々と登って行く。上に着いた時は冷えきって、欲も得もなくFirstの食堂までとんで帰る。紅茶など飲んでいる間に気温も少し上がってきたらしく大分暖かくなる。こちら側はもう山に間にみな陽が当たっていてくれるので有り難い。しかしさすがアイガーユングフラウ等の迫力はない。スキー場のコースも大分楽だ。昨夜15センチ位の新雪が降ってくれたのであちこちにシュプールをつけて歩く。いい気分だが昼過ぎにはZermattに発たねばならないのでスキーはあまり楽しめない。この辺のリフトは色々な割引があるらしくそれによって滅法値段が変わる。2〜3週間の写真入りのパスなどもある。われわれは同じコースを何度も滑る時間がないのでどうしても割高になる。またチケットの種類も英語で書いたものがないのでさっぱりわからない。随分無駄をしているのだろうことは見当がつく。帰りのリフトのコースは当然ながら八方の3倍位滑ったような気がした。
14:45Grinder wald発インターラーケンSpiez Brigと乗り換えZermattへ。20:30途中食堂車などをのぞく。宿のあては全くなく少し心配だったがビューローが空いていたのでこちらの希望を言うと簡単に決まり馬ソリのタクシーで直行。このへん大分手際が良くなってきた感じだ。町の感じはGrinder wald、Wengenなどよりは都会的な感じだ。店も多く品物も豊富だ。
f0103459_919311.jpg1月17日
 少し寝坊をして8時半頃起きる。天気はあまり良くなさそう。ベランダからマッターホーンがその下部だけを見せている。あまり期待は出来ないがともかく支度をして出掛ける。マッターホーンの頂きが時折微かに見え隠れしている。大きなゴンドラを2つ乗り継ぎそこからまた長いTバーでマッターホーンの鞍部辺りに向かって登る。左手にはモンテローザがどっしり偉容を誇っている。ゴンドラで雲を抜けて来たので下は一面真白な雲で覆われている。KL.Scheideggのような変化の多い斜面ではなく割合なだらかな大きな斜面が目の前180度の広さに広がっている。そこを綺麗なシュプールを残しながらかなり大勢のスキーヤーが次々と滑ってくる。新雪に描かれるシュプールはいつ見ても美しい。スイスのスキー場へ来て始めて少し風がある。気温は高いが雪は軽く新雪も固めた斜面も大差なく滑れる。これならオーストリースキー教程などのシュプールも大して問題ではない。事実見事なシュプールを描いて滑って行くご本人のフォームやその後のスキーぶりなどを見ていると大した事はない。むしろ緩斜面でいい気になっているとスピードがつきすぎることの方が怖いくらいだ。1〜2回試してみて更に確信を深めた。固くしまった雪の上に15センチ位の新雪がふわりと均等に乗っているのだから申し分ない。こんな風だからシュテムシュヴィングも怪しげな年配の生徒を連れてインストラクターがどんどん新雪の所を滑って行く。特に新雪だからという難しさはないし転んでもボッカリ潜るなどという事はあり得ない。日本での苦労が馬鹿ばかしい。とは言ってもうまい奴は多い。特に女の人の差は大変なものでこっちの女の子は遠くから滑り方を見ただけでは男と区別がつかない。しばらくする中に風が強くなり雲が広がってきた。風が強くなると雪が軽いだけにどんどん吹き飛ばされ吹き溜まりのようになってこれが風で固められる。こうなるとさすが視界のきかない事もあってかなり厄介になる。まだ斜面が広大で林などないからキリントンのように僅か1時間位の間に1日中降った雪を皆林の中にもって行かれて残る雪はアイスバーンばかりなどという事にはならないのが幸いだがこれにはかなり手こずった。しかしこれには土地の連中も斜滑降を長くとって小さくゆっくり曲がる以外特に手がないらしかった。こっちでスキーをやり始めてからイヤというほどやらされた横滑りもこれには通じない。次第に天気も悪く風も強くなるので一応ツェルマットまで下る。あまりいいコースをとらなかったらしく途中で若干歩かされたりしたが長いことは相変わらずである。1回でゲンナリする。しかし未だ14時。渋々もう1回ゴンドラの終点まで登る。今度はコースがかなりつけられたのとかなり上手い数人のチームと一緒になりそのリーダー的な人の後を追ったことでかなり快適に滑った。この人は英語が通じず話はしなかったが見事なバインシュピールを見せてくれた。大変参考になった。朝Tバーに乗っている時3人位の人と色々話をした。スキーの事、仕事の事なら単語だけでも何とかなる。大体こっちから聞いて相手に話をさせることも慣れてきたので間があいて困ることもなくなってきた。とにかく先手をとって向こうから質問されないことである。15時半頃下りて来て町をぶらつく。グリンデルワルトと色々な点で異なりまた面白い。あれほどの家の画一性がなく色々新旧とりまぜて立っている。しかし原色を使ったようなものはなくバックの岩の色などと溶け入るような感じは同じでその為スイス国族の赤や人々の服装がひどく美しく引き立ってくる。店のウインドーは完全に都会だし歩いている人も大変多くチューリッヒなどと同じぐらい。ただ駅から先では自動車は1台も見ない。ホテルの前にもいないのは珍しい。タクシー=馬ソリで鈴を鳴らして景気よく走りまわっている。また時間を知らせる鐘が時々あちこちから色々な音で鳴り響くのが印象的だ。ホテルは食事、部屋などの内容はともかく何か大変冷たい感じでグリンデルワルトで大変家族的雰囲気を味わった後だけにいただけない。昼の弁当の豪勢な事は相変わらずか、あれ以上だ。宿泊に関しては日本の方が遥かに高い。リフト等も今日はクーポンを買ったので1200円位だった。

by my-pixy | 2014-05-28 08:23
2014年 05月 27日
グリンデルワルト   2
1月15日
 また7.30起床。今日はまずまずの天気のようだ。昨日の英国人家族の案内のおかげで今日はまごつかずKL.Scheideggに登る。アイガーもメンヒもユングフラウもみなその姿をハッキリ見せている。真正面から見たアイガー北壁の迫力はやはりものすごい。しかしKL.Scheideggまで来てしまうとやはり高さのせいもあるしユングフラウの方が遥かに美しく北壁は小ぢんまりしてしまってメンヒにも敵わない。困った事には山が高く太陽がその反対側から昇ってくるので11時頃になっても日が当たらない。これでは商売にならないのでラウバーホーンまでリフトで上がって一気にWengenまで降りる。なかなか面白いコースだ。 
f0103459_1135123.jpg Wengen近くなってコースがよくわからず初心者コースのような所を散々滑らされる。WengenはGrinder waldに比べると遥かに都会的でやはりすぐ駅の裏手の所にスケートリンクとカーリングのリンクがあり大勢の人がプレイを楽しんでいる。カーリングは年配の人が多くスケートの方は子供と女の子が多い。そのバックはスキー場で次々とスキーヤーが滑り下りて来る。全く楽しいシーンに思わず時間を忘れてしまう。その中子供達が騒ぎ始めたのでその方を見ると白熊が風船をいっぱい持って現れる。うまく出来ているのでそばに来ると一寸気味悪いくらいだ。暫く見ていると写真屋が適当な子供を見つけては風船を渡し並んで記念写真を撮るという寸法である。なんといっても町中が賑やか華やかで知らず知らずウキウキしてくるようなムードがいっぱいだ。
 
f0103459_1143473.jpg1台電車を見送り次でKL.Scheideggに戻る。その電車の中でイギリスの12、3才位の男の子と話す。3週間位前から来てジャンプのレースに出たのだと言う。その中一人っ子で父親はイギリスのアルペンのオリンピック選手でサンモリッツ大会に出たとか色々な話が出てくる。始めて5年目だと言うのでまあ何とかなるだろうと一緒に滑ることにする。もう13時近いのに陽はほとんど当たらない。またラウバーホルンに登り滑り出す。われわれも初めてのコースではないのだが彼は先のわからない所でもどんどん滑り下りて行く。こちらは先に逃げ場があるらしいことは分かっていても、思い切って突っ込んで行く気にはなれない。少々ヘマをやっても雪が軽いので救われるが、その代わり日本の雪に比べるとかなり良く滑る。ちょっと気を許すと自分のいつものスピードを大分超えている。斜面は滅法もなく広いし新雪の中にかなりのスピードで突っ込んでも大して問題はないのだが、身に染み込んだ猜疑心はなかなかぬぐえない。写真を撮るから少しターンをしろとか何とか注文をつけたりしながら、途中のWengernalpまで一緒に下り彼と別れWengenに帰る。
 昨日の英国人の家族といいこの少年といい強いことは滅法もなく強くスピードも早い。これはほとんど全てのスキーヤーにいえる事で長距離を続けて滑ることになれている。コースには50〜60代位の年配の人も少なくないが彼らも手堅く、侮りがたいスピードもで滑っている。このとてつもないスキー場を滑るとすれば当然のことだが。見た目にキレイだなと思うような人はほとんどいない。みな適当な格好で滑っている。土地のインストラクターも形はあまりいただけない。しかし昨日やって来たばかりのわれわれでも、こう広大なスキー場では細かなことを考えて滑ろうなどという気はほとんどなくなっている。Sが斜面滑降のフォームなどをちゃんとやっているのがどうも辺りの風景とマッチせず、よせよせと言いたくなる。スキー場のスケールを説明するのは、日本のそれとの差があまりにも大きく一寸難しい。やはり八方が一番似ているが桁が違うし、また各コースとリフト、ゴンドラ、電車などとの組み合わせがいいので短い時間でもあちこちのコースを滑れる。もし歩いてやる気なら新雪の斜面が気が遠くなるほど沢山広がっている。ここだけで日本のスキー場のコースは、全部入ってしまうのではないかと思うくらいだ。

f0103459_1139593.jpg 食事は電車を待つ時間に済ませ寸暇を惜しんで歩き回る。14時近くなってやっと陽が当たり山々の美しさは一際増してくる。もうスキーはやめにしてカメラに専心する。アイガーグレッチャーへ、ラウバーホーンへと結局17時頃まで休みなしに動きまわりやっとスープにありつく。もうとてもGrindel waldまで辿り着く元気はなくBrandeggで下りの電車。そこからはタクシーで這うようにして18時半、宿に帰る。
 夜また別なイギリスの60才位のおじさんから話かけられ、生花のこと波勝の野猿のこと等々から始まって、この家が150年前のもので200年位前の家具が沢山あると色々説明される。そういわれるとなかなか興味深いものが多い。ところが話しがカーリングの話しがことになると、あれはスコットランド人の始めたものだとケチをつけ始める。マンガによく出てくる英国人対スコットランド人の反感がそのままで面白い。とうとう椅子から立ち上がってその格好の真似まで始める始末だ。この家はこういう顔馴染みの人がほとんどで今夜のお客の大半はイギリス、ドイツ、フランス等の家族連れで子供だらけだ。この家の家具などにも見られるようにヨーロッパ人は大変物を大切にする。コペンでもT型フォードやそのクラスの車がどんどん実用に使われていた。家にセントラルヒーティングなどは取り入れてもその他のものは先祖代々という感じが多い。この辺りの新築の家も古い家の型をそのまま建てられていて、古い家に対しいかにも遠慮がちで、新しいものを誇るというような感じはない。スキーの道具にしてもリングはとてつもなく大きいし木目の見えるクナイスル、ライメックス、アッテンフォッファーなどをしばしば見かける。

by my-pixy | 2014-05-27 08:19