タグ:義歯の機能とかたち ( 157 ) タグの人気記事

2016年 08月 03日
最後の防衛戦の始まり
f0103459_8512678.jpg
f0103459_1630037.jpg 懸念していた左側犬歯の破折がはっきりしたのは2005年のことである。93年の初診時から懸念していながら防げなかった。4犬歯の一角を占めポストインレーでブリッジの支台になっていた。ポストが主根管から反れていて、いつかはこの日が!と思っていた。全歯列中のかけがいないKeytoothhだった。

まだ東日本大震災の前だったが初診時、右側67欠損で始まったツナミが、海を渡り反対側に到達したような気分だった。67欠損でも大切な5を守ろうとして果たせなかった記憶が蘇って、抜歯後の対応に眠れぬ夜が続いた。安直に抜歯後の犬歯の後にインプラントを埋入しても好結果は期待できないだろうと考え、45の欠損額堤に2本のインプラントと6番の内冠、3のポンティックを挟んで一次固定した21にシングラムレストを載せるという遊離端型の可轍ブリッジにした。


 思い入れのインプラント混在の補綴物はその後8年、この過酷な条件下で大過なく経過した。その経過は近日アップするが、外冠内のパラ箔や適合試験材の変化でこれまでに無いレベルで明らかになった。
しかし当時の正面観などを今見返すと、咬耗や顎位の低下は昨日のスタモほど著明ではなかった。「鹿を追うもの山を見ず」という諺とぴったりで、行った処置は間違っていなかったが、打つべき時期が遅すぎたことは如何ともならなかった。せめて60代であればと悔やまれるところだ。

by my-pixy | 2016-08-03 08:24
2016年 08月 02日
歯のある悩み
f0103459_11481354.jpg 前回の症例の今後の処置方針について、悩みつづけています。あらためてこれまでの記録をひっくりかえいしたり、あらたな発想を・・・と画像合成をしてみたりする中に、少しは新しい気づきもありましたが、ハタと手を叩くようなことは起こらず悶々といます。

右上4番の歯根破折の後始末は当面の問題ですが、これで上下模型は組み合わさるのですが、上下左右で咬耗の仕方は様々で、咀嚼時の接触がどうなっているのか想像することは困難です。右上321は失われた部分を補えばよいのですが、何でどこまで補うか1歯ごとに首を傾げます。下顎前歯は卸し金で落としたような輪切り状態ですが、これまたどこまで円柱状にしたものか見当もつきません。

 壮絶な咬耗の割には下顎舌側の骨隆起などはかわいらしいのは、歯が消しゴムのように減ってくれているからでしょうか。前回見ていないナイトガードがどうなっているのかも興味津々です。(3年使用)

by my-pixy | 2016-08-02 08:18
2016年 07月 28日
歯のある幸せ・フシアワセ
f0103459_174936.jpg 8020も無事達成された男性ですが、次の黒雲が迫ってきています。初診の1996年から下顎前歯の咬耗は気になって、ナイトガード装着などは継続して頂いてきましたが、下顎前歯は時計の針のように正確に失われてきました。
生まれ育ちの世代は同じですし、この20年のヒストリーもはっきりしていて予測も的中しているのですが、いま打つべき手は分かりません。大臼歯部咬合支持の喪失、3/4犬歯などへの過剰気味な対応も無難に推移しているのですが、大きな流れはさっぱり変えられていないのです。今回も有髄歯の右上4番が歯根破折し影響が周辺にも拡がりそうで、どこまで続くぬかみぞという感じですが、オーバーデンチャーやシングルデンチャーは遠い彼方です。
(上顎右1番、2番のコンポジットだけは私の知らない新しい修復物です。)

 この様なケースに対応するのにナイトガードは不可欠だろうが、それだけでは何ともならない。几帳面な性格で、咀嚼時にも特定の咬耗面をガイドにされていることは想像に難くないが、われわれが頼りにしている「咬頭嵌合位」はどう考えたら良いのだろう。何事にも「遊び」は不可欠なのではというところまでは考えつくのだが、その具体策はとなるとすぐ行きづまってしまう。

 先日の「ゆきちがう顎堤」にしても、この症例などについても、多くの人たちに意見を出してもらい、推論を戦わせたりできればどんなに楽しく有効だろうかと思う。そした中から何かが生まれてきたと信じている。そのきっかけに注目し推論が立てらればケースプレも一歩前進できるのではないだろうか。
咬合支持も、すれ違い咬合もそうして歩みを進めてきた。われわれでなければできないことだと思う。

by my-pixy | 2016-07-28 10:25
2016年 07月 24日
歴史ヒストリア
f0103459_8594633.jpg f0103459_9514893.jpg
1964年の東京オリンピックで東海道新幹線ができて、関西との往復もずいぶん便利になりました。NHK歴史ヒストリアで取り上げられた「大阪万博」も医院旅行として出かけましたが、動員数の多さにおじけづいて、会場にはほとんど行かずじまいでしたが、50年の歳月を経ていろいろなパビリオンやできごとを目の当たりにしました。なかではタイから参加した16頭の象が大阪港から徒歩で参加し、途中の川で水浴びして元気を取り戻し、お祭り広場についた話しなどは秀逸でした。


大阪滞在中にはパビリオンの行列に並ぶ代わりに、スタッフ達とは分かれて単独で片山恒夫先生のご自宅に入り浸っていました。万博ついでにくるとは怪しからんといわれながら、Goldmanのイニシャル・プレパレーションの考え方の変遷、ご自身のポストインレーを使った永久固定の経過などを熱っぽく話して下さいました。ご自宅に新卒の歯科医を住み込みで研修させるさせるなどという構想もうかがってびっくりしました。その後、片山先生のご活躍は少し距離をおいて見聞きしていましたが、この2日間は万博以上の大収穫があったことはまちがいありません。ちょうどGoldmanが来日する少し前のことでもありました。

 この頃、自分の臨床では「すれ違い咬合」のケースが最大の関心事でした。欠損形態、咬合支持、支台装置の機能など過酷なニーズと取り組みながら、ペリオの改善にも目を向けないわけには行きません。その初期の症例報告が進行していたのも1970年頃のことで、タイトルを巡っても「すれ違い」「ゆきちがう」の何れをとるかに大いに迷っていました。何も分からない中の暗中模索は万博と取り組んでいた人たちとまったく同じことでした。

by my-pixy | 2016-07-24 08:40
2016年 07月 20日
otomodati?
f0103459_17111788.jpg 迷うことばかりで困った時にはお友達が役に立ちます。あまり身内では効き目が限られてしまいますが、普段は何を言いたいのかよく分からない意見は助けになります。

本当のお気に入りは仙人の「風」「雲居」などですが、美しすぎるので今朝はこの一枚です。

前後的すれ違い、ゆきちがう顎堤など今回も何を言いたいのかはよくは分かりません。治療方針は決まっているが、どうしてこうなったかが問題だそうです。患者さんの主訴や年齢などはありませんから、アバウトのことしかいえませんがいつものことですから気にはしていません。

by my-pixy | 2016-07-20 08:13
2016年 07月 04日
咬合崩壊と二次固定
f0103459_14123954.jpg 臨床歯科を語る会でのお披露目に合わせて、同時進行でさまざまな仕事を進めていました。しかし回転の悪くなった頭で多くの仕事をやりすぎて、落ち着いてみるといろいろぼろが出てきました。最大の問題は出版物の原稿なのですが、ブログも混乱していましたので、不要な原稿を削除し整理をしした。
 今回の私の原稿はこの数年間、臨床の最重要課題としてきたテーマです。さらに遡れば臼歯部咬合支持、すれ違い咬合などにも行き着きます。それだけに切り口はいろいろありますが、高齢の患者さんを中心に考えてきましたので、初診の段階から最終的にどういう補綴処置に導入するかを明確にしたいと考えていました。

 図番号がない P27上の「症例分析と義歯のイメージ」は、欠損段階ごとに縦に図を追っていくことで、最終的な義歯の形態をイメージできるようにしたものです。
 また全体に、図説や参考症例の説明文はフォントサイズを小さくして、本文との混乱を避けるようにしていたのですが、最終段階で一律にされ、本文も4行ずつずれて見苦しくなってしまいました。ゲラのチェックは私ですから文句は言えません。

by my-pixy | 2016-07-04 14:16
2016年 06月 24日
書籍の機能と形
f0103459_936335.jpg 今頃になってご紹介しても遅いのですが、臨床ファイルシリーズを合本するとき、あとの利用法を考えて綴じ込まない本を一つだけ作ってみました。
必要なものを何度も見返すのに便利なように、また不要なものまで持ち歩かないでもよいようにと考えたバインダー方式だったのですが、合本にすることで全体としては150ページになってしまいました。
これでは本末転倒なので再分割を考慮し、分けたものはクリアファイルなどで管理するつもりでしたが、それ程の代物ではない絵本にすぎなかったということでしょう。 結局しまいこんだまま活用はしませんでしたが、アイディアとしては悪くなかったと思っています。
 昔、Goldmanの翻訳本が重すぎて2分割して製本した経験からの発想でしたが、紙とデジタル化の関係はそんな簡単なことではなさそうです。

by my-pixy | 2016-06-24 14:37
2016年 06月 22日
咬合崩壊と二次固定
f0103459_10142740.jpg 今年2月のもくあみ会のテーマは、2011.3.11直後の少人数の基本ゼミからスタートしたものです。手のつけようもない咬合崩壊症例からの脱却のために・・・と9人の受講生と考える中からKA367は生まれました。先日のブログに再録したとおりの状況の中です。

 初期段階から思いのほか多くの方に支持されて、KA367は実用化への道を歩みましたが、若い受講生サイドとの間にあるギャップは気になっていました。頭では分かっているいるものの実体験がともなわないことによるものと思われました。それを埋めるべく企画した今年のもくあみ会でしたが、思いは実りませんでした。

企画の意図を確認し当日の演者とも話し合って、同じ発表をもう一度見直すことで、咬合崩壊とパーシャル・デンチャーの関係を再確認することに焦点を絞ろうと、新たな思いで事後抄録を編集しました。新たに書き原稿にして頂くことで、口頭のプレゼンより問題点はしぼられ、同じ発表も新たな発展が見られました。

 私も片足を踏み込んだばっかりにだんだん深みにはまり、たった4ページですがこれまでにない気合いの入った原稿をまとめました。臨床歯科を語る会に間に合わせるべく準備は完了しましたのでお楽しみに。
表紙の写真は昔のお気に入りの一枚ですがチロルのキッツビエールです。

by my-pixy | 2016-06-22 08:37
2016年 05月 29日
昔は創意工夫が
f0103459_1655533.jpgf0103459_17501842.jpg 横書きはおろかひらがなも使われていないし漢字も難しいが、ちょうど100年前にもパーシャル・デンチャーは使われていた。しかし当時はCr-Bの中に足を踏み込んでいたと思われ、支台装置の多様性もあってか、赤の書き込みがしてある遊離端義歯などもこの本の中に含まれている。
 間接法の発展からブリッジとパーシャル・デンチャーの境界に迷い、講演会のテーマなどで無歯顎の補綴に対して「有歯顎の補綴」というタイトルを再々使っていたが、先人も同じ思いだったことを垣間見る思いがした。それにしてもこの出版後、毎年版を重ね手元にある物は11版になっている。

第6版の序文としては「大震災に際会して第五版の残冊及図版を焼失し且書店に蔵せる物も亦大部分烏
有に帰し各方面より本書を要するの声頻りにいたるを以て訂正の暇なく第六版を出すこととなれり読者乞う之を諒とせよ   大正十二年十二月」と書かれている。関東大震災のことだろうが苦痛のほどが思いやられる。出版は合資会社歯科学報社で、売捌所には森田歯科商店の名もある。

 後半には第四章として100ページ余を費やして可轍架工義歯について述べられている。定義に始まり、価値及び適応症、分類などの後さまざまなアタッチメントについて細かに解説されている。その中にはピーソー氏のスプリットピン、アンド、チューブ、アタッチメントも10ページを費やして詳細に記載されている。私が卒直後短い勤務医時代(1955)に実習として経験したものである。そこの院長の得意技の一つだったが、30年余を経て一人の開業医に継承されていたことは素晴らしいことである。二重金冠などとともに臨床に定着していて、私も1970年には臨床応用している。
 また咬耗症による低位咬合の処置なども、全顎、臼歯部に分けて述べられていて、まさ目からウロコの感を強くした。先人の偉大さを知るとともにスマホに明け暮れる現代に大きな警鐘となった。
 この矢崎先生からの伝承は、河邊先生を介してわれわれ同期生にも伝わっていたのだろうが、直接的なコンタクトはなく、大学では反面教師のお陰で伝承されず分断されていた。戦後の大学昇進問題などと絡んでいたのかもしれない。

当時の本はその解説にイラストによるところが多い。この本もそれにより広く読まれたことと思うが、少数ながら口腔内写真もありその努力のほどが偲ばれた。

by my-pixy | 2016-05-29 15:55
2016年 05月 26日
赤本
f0103459_10315117.jpg 当時の編集者との間ではいつしか赤本というニックネームになっていましたが、1981年出版の別冊にはさまざまな思いがこめられていました。すでにすれ違い咬合などの雑誌原稿は書いて数年が経ち、自分の路線には確信をもっていましたがその足場をさらに確かめたいと考えていました。ちょうど藍稔先生が医科歯科大学部分床義歯の講座主任となられた時でしたので、ご相談しながら大学を中心に著者を選定しました。

 当時はそうそうたるメンバー揃いで、明日の補綴臨床は必ずここから生まれると確信をもっていました。しかし今、目次を見直すと30名ほどの著者の中には亡くなられた方も少なからず、30年余の年月の重さを感じざるを得ません。さらにそれぞれの後継の方に引き継がれた様子も、うかがい知ることはできませんでした。

by my-pixy | 2016-05-26 08:44