タグ:義歯の機能とかたち ( 159 ) タグの人気記事

2015年 12月 25日
症例分析からデンチャーイメージへ
f0103459_12164153.jpg 一時、頓挫していましたが、気を持ち直してケースの差し替えなどもすませました。欠損歯列マンダラでもやもやしたイメージだったものが、実用性に向けて一歩踏み出せたと思っています。 KA367活用後の具体的指針になることを期待しています。もくあみに向けてテストフライトは3日後です。

前のものと大して変わっていないようですが1日かけていますから微妙にあちこち変わっています。
ただマイナーチェンジで直しきれない画像や文言もあちこちです。年末の大改造は必至です。

by my-pixy | 2015-12-25 15:11
2015年 12月 24日
Merry Xmas
f0103459_1158221.jpg ぐちゃぐちゃしていて何のことやらと思われるかもしれません。横に並べた欠損4段階のプレートは1987年の臨床ファイル2以来のものです。当時、かき集めたパーシャルデンチャーの100症例を見やすくするために考えました。まだEihnerの分類から抜けだし切れてはいませんでした。1行目のタイトルは正面玄関に表札ですが、イェロー文字(ブリッジとの選択、欠損の補綴、咬合の回復、犬歯の保全)などは木戸口につけるようなネームプレートでした。3行目は2000年以降になって気がついたEichnerのグループとの相関性でした。 その下の表題、片側遊離端、ブリッジタイプなどは、全く別な動機で義歯の形だけからから仕分けしたものでしたが、今回並べてみて上段との類似性が見えてきました。これぞ「機能と形だ!」と気をよくしていますが、もともと生まれ育ちは違いますからまだまだです。

by my-pixy | 2015-12-24 13:45
2015年 12月 23日
片顎3分割からオーバーデンチャーへ
f0103459_11525854.jpg1970年ペリオに苦しみながら、緩圧全盛時代に逆らってEichnerのアトラスの見よう見まねで可撤ブリッジに踏みだしました。複雑な装置には頼らず、術後の欠損額堤との対話の中で多くのことを学んで「義歯の機能と形」は一歩ずつ前進してきました。
平和な時代に恵まれて、あれほど猛威を振るっていたカリエスもペリオもいつしか収まり、方向性は少しずつ見えてきました。そのすべてはともに年を重ねてきた患者さんのお陰ですが、40才にしてブッリッジからパーシャルデンチャーへ軸足を移してきたことも、両者にとって良かった思っています。そして今もトンネルの先に見える景色を楽しみにブログを書いています。

 もちろん多くの人が無歯顎を経験するわけではありません。しかし咬合支持の低下、すれ違いなど、悪いコースに押し流されていった場合、その時々にどんな義歯の形態をイメージしつつ対応すべきかのまとめです。全体的にはブリッジに寄り添い少数歯欠損の時はコネクターや大きな床に依存せず図のような片側処理で頑張ります。しかし多数歯欠損になればコネクターの活用が避けられなくなります。

 次の曲がり角はすれ違い寸前など咬頭嵌合位が危機に瀕した時で、歯牙負担だった補綴物を義歯床依存に切り替えねばならない時です。患者さんにとっても最も辛いときで、審美性を含め固定性への執着との戦いになりますが、この段階ではもう一つのメジャーチェンジが避けられなくなります。
 支台歯、補綴歯すべての咬合面を義歯側に移すことです。支台歯部分だけを先に補綴し、残りを別途パーシャルデンチャーで補綴する2分化は通用しなくなるからです。製作時の技工的にも咬合採得などが困難ですし追加処置もむずかしくなるからです。コーノスが使われている多くのケースで、それが無難に行っているのは咬合力が弱い場合だけです。それ以外は支台歯と補綴歯の段差拡大などで再製や困難な修理を強いられています。残った残存歯はこれまで通りの内外冠で可撤部を安定させることはできます。しかし変化のつけとして生じてくる咬合の変化は、義歯の人工歯に逃がすオーバーデンチャー型への転換が必要なのです。人工歯の咬合調整量は大きくなっても義歯全体の動揺は極力抑えるべきです。それが顎堤の変化量のバロメータだからです。咬合崩壊症例などを含め、この段階では頼るべきは欠損顎堤で少数の残存歯は感覚的には役立ってもSuportの主役ではないのです。

by my-pixy | 2015-12-23 16:11
2015年 12月 18日
歯の絵が描けない歯科医
f0103459_8473688.jpg 幼稚園の頃には図画の時間に表彰されたりしたこともありました。しかし小学校に通う間にそんなことは二度と無くなりました。きっと軍国教育がそうした芽を摘んでしまったのでしょう。
大人になってからも旅先でスケッチができる人がどんなに羨ましかったか分かりません。しかしトライと失望をくり返す中に夢は消え、写真への傾斜を強めて行きました。スライドでプレゼンをするようになってからも、タイトルや説明にイラストは必要でした。出版社の人たちから紹介してもらったりもしましたが所詮他人頼みで、思いやイメージはあってもそれを絵に描けないジレンマは続きます。イラストレータというソフトを使っても自由な曲線を描けないところでストップしPhotoshopにのめり込むだけでした。
 ある歯科大学の技工部の先生に「補綴医局員が義歯の設計だといって、作業模型に鉛筆で落書きをしていくので困る。」といわれたことがありました。ひどく耳の痛い一言でずっと忘れられませんでした。今も金属床の外形を描こうとすると線は二重三重になってしまいます。鋳造冠のワックスアップやジャケットクラウンの陶材築盛は歯科医入門の第一歩だったのに線を描く才能は蘇りませんでした。昨日のクリスマスプレゼントもそうした悲哀の蓄積ですが、絵の描けない歯科医がCADで「変身」できるとは思えません。

by my-pixy | 2015-12-18 08:16
2015年 12月 16日
テレスコープに生きる
f0103459_11132482.jpg今朝、ブログのレポートを見ると2006年のSBRがトップに踊り出しています。好きな画像ですがオリジナリティにかけるので作ったのがこちらです。近年は禁煙!禁煙!とうるさいので、出番が少なくなっていますが本人は今も変わりなしです。柱を入れ替えたのが右ですが面白みには欠けます。禁煙するとこうなるのです。
もう一つさまざまなパーシャルデンチャーを並べた画像も、再三臨床ファイルに掲載しましたが、ブリッジ、バー、プレート3つのタイプの何れを見ても支台装置はテレスコープばかり。時に登城するのはシングラムレストと線鉤、自称テレスプだけで、もう何十年もテレスコープに生きてきたのです。もっと早くにテレスコープ・デンティスト宣言をすべきでした。私に楯突くなら、双歯鉤、間接維持措置、アイバーなどといえば良いのです。
1.エーカース鉤のアームの太さについては詳細な記載がありましたが、レストの厚みなどについてはさっぱりです。維持装置だから引っかける維持力は大切だが、支持なんか大したことではないということでしょう。しかし エーカース鉤で壊れるのは咬耗によるレストの消失がNo1です。
2.テレスコープにして支台装置を強化すると外冠からのマイナーコネクターが破折します。クラスプをまねて脚を作っただけですから当然です。少々強化してもダメで二重構造(?)にします。
3.今度は脚周辺のレジンが割れます。欠損第1歯目をブリッジのポンティックのようにしてそこから脚を伸ばし一件落着ですが、67欠損なら2歯を金属咬合面にして粘膜面はメタルレスにした方が、強度も稼げレジンの破折もなくなります。
4.こんな対策がとれず咬めば頬側の2腕が開いてしまう双歯鉤なんて・・・・

by my-pixy | 2015-12-16 08:36
2015年 11月 30日
抜歯の効用?
f0103459_1626643.jpg 暗い日々が続く中 この10年ほどでこれほど嬉しかったことはありません。当院としては珍しい54才の女性ですが、はちゃめちゃな性格でずぼらこの上なしなのですが、一族の末娘で何故か憎めない奴です。昨日も家族の前で「私はお母さんの1日前に死にたい」とかいってひんしゅくをかったそうです。大酒飲みで今回来院時の電話も1回目は「大事な入れ歯を無くした!。」続いて「やっと出てきた。!」です。
 1年半ほど前、左下の6を抜歯したのでその手前の5番が気になっていました。ところがところがどこからか骨を拾ってきたようです。衛生士ともども半信半疑で2014年のパントモはあるのに再撮影をしました。
 頑張っている水平智歯など話はまだまだありますから、お呼び頂ければ即日参上します。本人も声をかければ喜んで付いてくるかもしれません。

by my-pixy | 2015-11-30 16:50
2015年 11月 26日
35年目の大ピンチ
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 1980年製のご自慢の片側義歯の患者さんですが、来院が途絶え心配していました。網膜剥離などで入院続きだったそうで突然来院されました。主訴は欠損側の内冠脱落でしたが、あわや大事件寸前でした。ひどいときにはうつぶせで就寝するしかなかったそうですが、義歯は取り外せと再三指示れて数ヶ月続いていたそうですが、この間に8番頬側歯頚部からのコンポジット脱落、顎関節症様の疼痛などが発現したそうです。

さいわい、支台歯の移動などはなく5番の軟象除去後、逐一もとに復旧していくことができました。今回はスーパーボンドの遁路に利用した小ホールを気づきながら放置していたことが、脱落の原因になったようです。
若干の咬合調整だけで決着したので、その後1時間ほどをかけて可撤部のりベースやレジンの置き換えもすませ、全快でお帰り頂くことができました。しかし患者さんも74才、まだしばらくは頑張れそうですが、上顎反対側にも不安はあり、今後さらに長期観察の機会をもてるかどうか気がかりです。

この1症例からは実に多くのことを学びました。
1.始めは義歯の欠損部補綴の強度不足で破折し金属咬合面を追加しました。
2.遊離端義歯だったものに8番のレストを追加し、やがてその補強、カリエス処置などで依存度は高まります。
3.対顎6番の挺出は当初から気になっていましたが手は加えませんでした。進行はしていません。
4。摩耗による5番内冠頬面のピンホールは数年前から放置してきましたが、リン酸亜鉛セメントにとっては歯頚部マージンからの溶解とは異なるダメージになることがはっきりしました。  
5.40才から75才の間に口腔内は徐々に狭くなり、8番は歯列からはみだしていきます。プラコンの良い人でも頬側歯頚部からのカリエスが防げず、ペリオを含め大切な咬合支持歯を喪失する危機が迫ります。(この人は2例目です。)
6.年齢とともに開口量は低下し咬合面などの撮影は困難になります。マクロレンズの変更が必要になるかもしれません。

by my-pixy | 2015-11-26 14:54
2015年 11月 25日
修理リベースも可能、軽量新製品第2号
f0103459_1446754.jpg こちらも12月装着予定の上顎総義歯です。重く吸着が悪い金蔵床の欠点を補いちょっぴり華やかさも持たせたいと思っています。目下サンプル義歯にてリベースや修理の可能性などもテスト中です
右側の欠損熾烈の模型は3Dプリンターで縮尺1/2でつくられたものだそうです。これから鋳造することには難問があるようで悪戦苦闘中の副産物とのことでした。(株式会社横浜トラスト歯科技工研究所)

by my-pixy | 2015-11-25 13:52
2015年 11月 20日
片側義歯から両側性へ
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  臨床ファイルⅤでも多くの片側性のパーシャルデンチャーを見て頂いていますが、経過の長いケースでは支台歯やインプラントのロストに伴い、両側性に移行せざるをえないものもでてきています。2015年はそんな年回りなのか4ケースが両側性に移行しました。

 少し苦労はしましたが、金属床義歯の上手な方の協力を得て、コネクター以外のこれまでのコンポーネントはすべて活用し、違和感も最小限で満足に使って頂いています。
 義歯床内部で支台装置とコネクターのスペースとの取り合いになりますが、古い義歯を一部解体しテンポラリーを使って、コネクター以外に余分なものを出さないようにするやりくりは楽しみな部分もあります。院内と外部のラボとのコミュニケーションもだんだん上手になってきました。これぞ「パーシャルデンチャー新時代」です。

by my-pixy | 2015-11-20 13:22
2015年 11月 03日
1970年頃のこと
f0103459_13511280.jpg  f0103459_179290.jpgすれ違いやリン酸亜鉛セメントの話にもどったところで、雑誌に原稿を書き始めた頃のことを振り返ってみた。最初の1本は根面アタッチメント紹介で、卓球部の先輩から新しいもの好き!とガツンとやられたので、数年のトライアルの後2本目のリカバリー原稿をまとめた。
 3本目は咬合支持にまつわるもので、ネーミング,タイトルに迷ったもののオーバーデンチャーをベースに、すれ違い咬合への挑戦の皮切りになるものだった。ペリオ、テレスコープ泥まみれだったし、自動車事故で数年にして亡くなられて、すっきりした形にはまとまらずじまいだったが、思い入れは大きい症例だった。f0103459_17175684.jpg



1972年の「クラウンブリッジの臨床」という共同執筆の書籍では、恐れも知らず背伸びをして、補綴学教室の諸先輩の中に割り込んでいった。咬合の保全と改善という最終章で、動揺歯の固定、全顎補綴の問題点などを書くとは・・・・。しかしペリオ不在の中での挑戦は最も悔いの残るものになった。同じ症例の10年の術後経過は1985年の臨床ファイル1.に再録したが、この立派な本は書棚の奥で眠りつ続けている。
その後の「オールセラミックス」「パーシャルデンチャー新時代」なども力作ながら時期を得なかった

by my-pixy | 2015-11-03 13:33