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2019年 08月 24日
AFRICAからのプレゼント
昨日、突然の来客があり思いもかけぬプレゼントを頂きました。アフリカの・タンザニアの写真集ですが、大きさが半端ではありません。横57センチ縦31センチで前例を見ません。これまで最大だったサルガドなどよりも一回り大きく本棚からは突出しています。大きさだけでなくメリハリの効いた白黒の描写はすざましいの一言です。対象も人間、動物、バオバブなどミクロからマクロまで、克明の一言に圧倒されます。私のこれまで見たこともない視点です。
 
 このサイズならでのこだわりはイヤという程伝わってきますので、美しい描写をコピーで見て頂くのは申し訳ないのですが、一人で抱え込んでもいられず、雰囲気だけでも見てほしくて、思い切って小さなコピーにしてみました。人の手足など等倍以上のものもたくさんありますから、口腔内写真と競合できそうなものも少なくありません。
 ファッション関係でも著名な方だそうですが、豹やライオンの生態から、頭骸骨、骨格の写真に至るまでアフリカの全てが総覧できますから、夏休み中にアジトまでご足労ください。

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# by my-pixy | 2019-08-24 14:16
2019年 08月 22日
精密鋳造とピン
1950年私の学生時代に日本の歯科大学改革などが始まったが、そのベースになったのは太平洋戦争以前にアメリカに留学されていた方々が持ち帰られたものが基本になっていたらしい。私のバイブルになった原田良種先生の「私の臨床」はもちろんのこと、私の父の留学中の模型実習の残骸(1945年3月10日東京大空襲でほぼ全焼)などにも精密鋳造に賭ける並々ならぬ情熱を感じるし、ほぼ同じ頃にスタートしていたナソロジーの人たちの業績もこの時代のことだったはずである。
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何度となく読み返したり、引用もした原田先生の著書だったが、その後半に私が気付いていなかったピンレッジ、リバースピンなどの記載があることに気がついた。(この著書の原本になった歯界広報という雑誌連載時はまとまっていなかったものを書籍化に伴って追加されたためと思われる。)

 Sooshanという人の著書からの紹介と思われるが詳細はわからない。ただ戦後早い時期に石原寿郎先生が注目されていたピンレッジなどのルーツを見たような思いがした。

# by my-pixy | 2019-08-22 09:39
2019年 08月 20日
ジャケット冠からジルコニアへ
9月始めの火曜会は、オーリアラの吉沢和之氏にお願いして、最近のセラミックス事情などについてお話を伺うことにしています。長期間ご自分のセミナーを続けてこられたり、メーカーの顧問などとしても実績は十分な方なので歩んできた道は違っても有意義な機会にできると確信を持つようになりました。
 何度かお話をするうちに最近のCAD.CAMやジルコニアなどについても、さまざまなお考えをお持ちなので、われわれの試行錯誤の足取りも聞いて頂きたいと考えています。
最近ではすっかりパーシャル・デンチャーよりになっていますが、私も初期のペーパーはデービスクラウンやジャケットクラウンでした。メタルボンド以前のことからこの道一筋歩まれてきたお話も楽しみにしています。

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最後の写真はデービスクラウンの40年経過症例です。下顎前歯は天然歯ですがその切端によりデービス冠には圧痕が刻み込まれていますが、その後も破折は起こりませんでした。天然歯列で特異な修復物でなければこうした穏やかな推移をとるのではないかと思っています。

# by my-pixy | 2019-08-20 12:48
2019年 08月 19日
リスボンから北へ、アベイロで途中下車
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リスボンの中古家具から始まって昔の資料整理にはまり込み、とんでもない泥沼にはまりこんでしまいました。この時期はフィルムからデジタルへの大変革の寸前で、急速に広がる海外旅行との板挟みで、膨大な資料の整理に苦しんでいた時代でもありました。その頃始めた年1回のマイカレンダーも、資料の整理にとって両刃の刃になりました。古傷を撫で回すよな作業に1週間を費やしましたが、そろそろお後の時間になりました。ポルトガル旅行もこれまでで次の話題に移ります。

# by my-pixy | 2019-08-19 15:53
2019年 08月 18日
1989年リスボンの春
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リスボン市内の観光中、現地若者の新学期のパレードとぶつかりました。どうやらこちらの方が面白そうなので、私は同行者とは離れてこちらの集団について歩きました。

ただ熱中している彼らからは、容赦なく水と小麦粉の爆弾が飛んでくるので大変でした。

# by my-pixy | 2019-08-18 08:53
2019年 08月 17日
坂の街リスボン
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f0103459_7443320.jpgリスボンは港に向けて開けたような街です。街を歩いているとあちこちで急な坂道や階段に迷い込みます。この街で現場に立たなければ信じられないような三角形のケーブルカーにも何度かお目にかかったり、突然の吊り橋にびっくりすることもありました。
色とりどりの塗装の電車もあってまさにワンダーランドです。

# by my-pixy | 2019-08-17 07:44
2019年 08月 16日
1989年ようやくポルトガルへ
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帆船のモデルシップを手にしているのは大航海時代の幕開けで有名なエンリケ王子、場所はリスボンの港です。
私にとっての初航海は1964年の前回東京オリンピックの年でした。その後かなり無理をしてヨーロッパには通い続け、パリやチロルは身近になりましたが、往復航空券にエキストラ運賃が加算されるポルトガルは依然として遠い海の彼方でした。それにもかかわらず一歩を踏み出したのは「ベルリンの壁」崩壊などという思わぬ出来事があったからです。その経緯はまたのことにして、今回はタンス長持のお話です。

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リスボンの街で出会ったこの古い家具は船便で日本に届けられ、その後20年ほど歯科医院で使われました。ちょうどこの時はクリスマスの飾り付けで、靴の代わりには河馬やキリンなどが並んでいます。
当時からかなりボロボロでしたが今も自宅の居間の真ん中に居ずわっています。これに成功してその後もいくつもの家具が、地中海から真鶴のサマーハウスなどにもやってきました。
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# by my-pixy | 2019-08-16 14:49
2019年 08月 05日
臼歯部咬合支持に恵まれなかった症例
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古くからの患者さんで、始まりは上顎前歯部のメタルボンドでした。



プラークコントロールが定着しないうち、歯冠歯根比の悪かった下顎大臼歯を喪失し、2006年には左右に2つの片側遊離端義歯を装着することになりました。共に678欠損でしたが小臼歯の条件の違いで、支台装置はバラバラでもあえて統一はしませんでした。
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人生前半期のプラークコントロールも定着し、定期点検にも欠かさず来院されていましたが、
二つの遊離端義歯は健全なまま第3の小さな義歯が使われているようです。初診時のメタルボンドは2003年エンプレスに交換しました。人生50年ささやかな口腔内の遍歴です。

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もともと小柄な方なので、あまり飲んで欲しくない薬なのだが。

# by my-pixy | 2019-08-05 13:59
2019年 08月 01日
テレスコープにパラ箔は不可欠
支台装置としてテレスコープを多用するようになった契機を考えると、クラスプから脱皮したつもりの歯冠外アタッチメントのトラブルや、すれ違い咬合に応用した根面アタッチメントなどからの移行が大半だった。当初は歯周疾患への対応に苦慮したが、1970年頃から状況は改善されていった。
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支台歯の軸面を6度前後に設定したのは、ブリッジの支台歯などの実績からであって、設計の必要からのことではない。海外製のミリングマシンも何台か使用したが、それらが設計を左右したことは少ない。回転防止のため軸面0度に設定したりすれば、操作性も着脱も困難になり実用にならなかった。

外冠内に貼付する箔はポーセレン焼成用のた白金箔からの転用だったが、その後、厚さ50ミクロンのパラジューム箔に変更した。上の写真はパラジューム箔打ち抜き用で内冠の大きさにより使い分けている。支台歯の残存条件が悪い場合などは、経過を見ながら追加する箔によって支台歯の負荷をコントロールすることもできるし、磨滅した箔の状態からそれまでの経緯をつぶさに見ることもできる。
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# by my-pixy | 2019-08-01 11:56
2019年 07月 31日
1999・どう進む日本の歯科臨床
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昔のデータの調べ物をしていて面白いデータが出てきましたが、もう20年も昔のことで、何をやったかの記憶も定かではなくなりました。ちょうどカメラもデジタルに変わる1999年頃のことで、面白がってこのタイトルを作ったことだけは覚えていますが、演者の方々との打ち合わせの記憶も定かではありません。
ちょうど2回の東京オリンピックの中間になるわけですから元気だけは良かったと思います。総合タイトルだけで自分の演題なども残っていませんから、この頃大忙しだった「臨床ファイル3」の仕上げに熱中していたせいかもしれません。外人演者頼みだった風潮に抵抗したい気分から、主催者と打ち合わせた微かな記憶以外はすべて忘却の彼方です。

# by my-pixy | 2019-07-31 15:01
2019年 07月 25日
義歯の設計を巡って、患者、歯科医、技工士が考えたこと
f0103459_14501858.jpgパーシャル・デンチャーの設計を巡っては、患者さんの思い、歯科医の推測、製作上の技工士の考えなどが交錯し、クラウンブリッジの場合のように簡単ではありません。少数歯の補綴では、初診の状態から痛みや外観がTEKで修復されれば、それで満足されてしまう方も少なくないでしょう。

 しかし片側遊離端欠損で、リンガルバーが必要となったら、それを容認される患者さんは皆無なはずです。たった30本ほどの歯であっても、そのうちの数本が欠けただけで大事件になることも少なくないのです。一本の歯が欠けたと言ってもそれによる不具合は人により様々で、回復の要求度も年齢や性別により異なります。

 われわれサイドでは職業柄の共通項がありますし、長年スクラムを組んで来た経験で、ツーカーで通じ合えるものも持っています。共有した経験を話し合うことは何よりの楽しみでした。ここにいる面々は歴代の技工担当者で、写真はスマホもなかった2011年頃のものです。そのせいか全員の顔つきは何か穏やかなような気がします。しかしこの後のデジタル化やインプラントの導入によって様々な進化が相次ぎます。進化と同時に古くからの伝統は押し流され混迷の時代に入りつつあるようです。

# by my-pixy | 2019-07-25 14:38
2019年 07月 23日
歯科技工
f0103459_9441782.jpg 今年の臨床歯科を語る会には歯科技工士の出席はほとんどゼロでした。そんな中で地酒の部屋で同席になった一人の若手の発言に惹かれて、ゆっくり話を聞いてみたいと思い同門の方達にも声をかけて数人の夕食会を取り決めました。数年前まで力を入れてきた「院内技工士を増やすプロジェクト」を自然消滅のままに終わらせたくたくなかったからです。

 しかし、一夜が明けて問題の複雑さを考えると、カメラのフィルムからデジタルへの転換時の時を考えても、問題は実に多岐にわたり長期間かつ広範にわたったこと、最後には物や素材の問題から人の問題に波及し、スマホや無人カメラはカメラ自体の存在まで揺るがして行ったことを忘れることはできません。

このブログのタグ歯科技工を振り返ってみても、10年前の時の流れは今とは比べ物にならない緩やかだったことは間違いありません。ポーセレンの破折に悩んでいた時代からオールセラミックスに進化し、ジルコニアの堅牢さは飛躍的に向上してきたと思います。
しかし・・しかし・・・一番恐ろしいのは人の変化です。
 このカメレオンは、昨夜の会の出席者の一人から数年前にプレゼントされたものです。このブログから拾い出したものですが、当時はこんな余裕もあったということでしょうか。「歯科技工」のタグで10年ほど昔を振り返ってみると懐かしい顔ぶれが並んでいます。テロや放火魔事件などのニュースに埋めつくされる最近のテレビとは隔世の感です。

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# by my-pixy | 2019-07-23 09:45
2019年 07月 19日
テレスコープやコーノスクローネの障壁
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 われわれの臨床ではテレスコープやコーノスは、2000年前後からスタディ.グループなどを中心にゆっくりと広がりを見せていった。しかし近年になってその足取りには陰りが見えてきた。その最大の原因は貴金属の高騰にあると言われているが、その他にもいくつかの要因があると思われる。

第二の要因は慢性的な技工士不足にある。各地の技工士学校では廃校が相次ぎ、名門だったところでさえ閉鎖に追い込まれている。更に卒後の就職先も狭き門になり、転職に追い込まれる新卒者のケースもよく耳にする。 こうした逆風を乗り越えることは容易ではなく、政治的な解決などは全く期待ができない。問題は技工士という職業の将来に何の夢も見出せないのだ。

 視点を変えて補綴の歩んだ道を振り返ってみると、歯周病をめぐる長い混迷を抜け出すのに半世紀を要し、メタルボンドに一次的な安らぎを得たものの、高齢者への対応には未だ道は開けていないのが
現状だ。デジタル化、AIなどめまぐるしく変わる近年の社会情勢を見聞きする中で、歯科臨床も抜本的に考え直す時にきているのは間違いない。そしてここでのキーワードが二次固定でテレスコープを活用する最大の出番なのだが、実現のための態勢が整っているとは言い難い。

# by my-pixy | 2019-07-19 08:26
2019年 07月 17日
いくつかの幸運が重なってテレスコープがRPDの中核に
1981年1月頃のことでした。ペリオの成り行きも少し見え始めて、暗中模索ながらテレスコープを使い始めました。既成アッタチメントには限界を感じていましたが、Eichnerの症例集などの見よう見まねで、クラスプサベーヤーだけが頼りでした。最大の適応症は67欠損の片側遊離端義歯でしたが、そん中にこんなケースも混ざっていました。
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既成アッタチメントには限界を感じていましたが17年後、思いもかけずこのような経過に再会し、テレスコープの信頼感は不動のものになりました。海賊版のミリングマシンなどを整備し、二次固定を目指したパーシャル・デンチャー時代が始まります。1998.12.25定期的なリコールもままならず、17年の年月が過ぎました。切端咬合だった前歯部などでは設計の不備も見られますが、装着時の思いはほぼ果たされていました。その後再び長いトンネルで次の経過は見られませんでしたが、この時の状態からは前回にような破局には至っていないことを確信しました。メタルフレームの作り方など細部の改良を続け、テレスコープを使用するパーシャル・デンチャーは着実な進化を続けてゆきます。
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# by my-pixy | 2019-07-17 11:47
2019年 07月 16日
たった2年! どんな保障をしてくれるのか?
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時折カタログなどを散見するものの、最近の技工関係の情報はその気になって見てはいませんでした。臨床歯科を語る会・地酒の部屋で技工士さんと話をしたことがきっかけになって、来週には数人の方達と情報交換をする計画が進んでいます。
 われわれがテレスコープや二次固定にのめり込んでいる間に、世の流れは保険導入などなどを巡って、大きく様変わりしているようです。今更流れを変えることはできないでしょうが、最後の抵抗だけは試みるつもりです。
 上の写真では支台歯のマージンがどこまで再現されているのか全くわかりません。下の写真では失活された支台歯の色調をどこまで隣在歯に適合させられるのかも心配です。これがコマーシャルになる世界の方達とはディスカッションできるでしょうか???。さらに二年間保障というCAD.CAWインゴットは誰が何を保障してくれるのでしょう???。不思議な世界ですがこのメーカーだけのことではないことは明らかです。

# by my-pixy | 2019-07-16 11:00
2019年 07月 15日
全盲のヨットマン光さす海へ
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 海の日の3連休でしたが、われわれの古いヨット仲間も、ちょうど年に一回の同窓会で熱海に集合していました。若かったクルーメンバーも還暦が残り少なってきて、そろそろふた回り目に・・・・などということになりつつありますが、集まっていたいたメンバーはあいかわらずの昔話に花を咲かせていました。

よく朝、タイミングよくBSでタイトルのテレビが放映されました。天草生まれの主人公は14〜15歳で全盲になられてからもヨットに乗りつずけていらしたそうですが、ヨットは素人だったパートナーを得て
サンデイエゴから福島県の小名浜までの航海を思い立たれたそうです。何台かの小型カメラや衛星放送などのアシストはあったにしても信じられない発想で、お母様もお迎えに見えていらっしゃいました。

# by my-pixy | 2019-07-15 15:31
2019年 07月 05日
2019臨床歯科を語る会
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今日の夕方から夏最大のイベント、2019臨床歯科を語る会が始まります。そもそもの始まりは1980年に遡りますが、まだ駆け出しだった火曜会が背伸びをして自分たちの症例集制作にチャレンジしたことに始まります。その前年に出版された横浜臨床座談会の出版物に追いつきたい一心だったからです。

 その後その出版記念会を箱根で老舗旅館で開催し、翌年からは同じ形を踏襲して東京の都ホテルで、日本青年館でと、会を重ねてゆきました。すでに39年になりますので、その間にはいろいろなことがありました。しかしなぜか200人には届かないが、180人は切らないという不思議な歩みを続けてきました。

 40年という年月は半端ではありませんし、その間にはいろいろな出来事がありました。それでもその時々のメンバーの努力で、心を一つにできる開業医が七夕のひと時を過ごすことができたことは、かけがえのないことでしたし、派生的に育ったいくつかの会合の中核としての役わりも果たしてきたようです。

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  深夜にわたる二日間はいつもヘトヘトになりますが、時々の執行部は来年への打ち合わせを終わらせて帰途につくことになります。来年は40周年という節目の時になります。実行委員会がどんな企画を打ち出してくれるのかが今から楽しみです。

# by my-pixy | 2019-07-05 12:27
2019年 06月 24日
夢と野望の人生・嘉納治五郎
f0103459_8595239.jpg現在は2020年の東京オリンピックの話題でいっぱいですが、私にとっては何といっても1964年の「東京」以上のものはありませんが、そんな時代の人間にとっても幻に終わった戦前のオリンピックは気になる話題でしたが、テレビもなかった当時、あまり目にする機会はなく、太平洋戦争に突き進んでいく悲劇ばかりが報道されていました。
 この番組では、そんな最中に柔道を世界に知ってもらうことに精魂を傾けた嘉納治五郎の晩年にフォーカスを合わせていました。すでに70歳を超えて2回のヨーロッパ渡航は容易ではなかったと思われ、2回目の帰途に亡くなられたとのことでした。

余談になりますが、ベルリンオリンピックの記録映画をまとめたレニ・リーフェンシュタール(当時36才)は、戦後、戦犯容疑で逮捕投獄され苦しい日々を過ごすことになります。しかし54歳にしてアフリカに渡り写真集「ヌバ」を出版し世界的な大反響を起こしました。

# by my-pixy | 2019-06-24 08:54
2019年 06月 06日
北米のデナリ大滑降
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またまたオンデマンドを見ていただいた方が良いのですが素晴らしい記録画像です。
昨夜は「むつ婆さん」の最終編も素晴らしかったのですが、このところすっかりテレビっ子です。

f0103459_1022645.jpgこの山のことどこかで見たことがあると思っていましたが、20年ほど前から自宅の本棚に並んでいる、星野道夫さんの初期の書籍の中で見つけました。その後アラスカに自宅を立てられ、現地で数々の大作を発表されたのですが、40代で撮影中の事故で亡くなられました。

# by my-pixy | 2019-06-06 13:02
2019年 06月 04日
レオナルドダビンチの残したもの
f0103459_11545559.jpg4K8Kなどの紹介ということもあってか様々な特別番組が放映されています。たった1枚の自画像の真偽を巡って行われた大々的な追跡調査の記録は圧倒的な迫力でした。オンデマンドで見られるようですが2時間を超える大作ですからお忙しい方々にはちょっと無理かもしれません。

 500年前、内側8面にミラーを貼ったボックスを使って実像を写し取ろうとした画家の努力もすざましいですが、その追試をしていく研究者たちの並大抵なものではありませんでしたし、寡作のレオナルドが生涯手放さず持ち歩いたという「モナリザ」の素晴らしさなどをあらためて教えられました。

発見された自画像の真偽を巡ってありとあらゆる手段を問わず、アナログ、デジタルの最先端技術を駆使していく調査チーム最後の壁はレオナルドの指紋の検出だったようでしたが、DNA発見には届きませんでした。

# by my-pixy | 2019-06-04 11:29