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2020年 07月 11日
クジラと泳ぐ女性
クジラと泳ぐ女性_f0103459_09245246.jpgクジラと泳ぐ女性_f0103459_09281979.jpg

# by my-pixy | 2020-07-11 09:31
2020年 07月 03日
次は何処へ
予定した仕事がある間は、それを片付けることに忙殺されてバタバタ時が過ぎていきます。しかし一件落着してホッとするのはほんの一時で、次の日からはネタ探しに汲々とすることになります。デジタルカメラで始まった20~30年前のことを考えると、あれこれ試みてきて随分様子は変わりましたが、今現在、自分としてこれから何をすべきかに迷っています。
次は何処へ_f0103459_16400526.jpg



# by my-pixy | 2020-07-03 16:43
2020年 06月 28日
歴史的な結婚の宴が終わって
早朝から町のすべての人たちが参加した宴が終わり、村中には元の静けさが戻った。
歴史的な結婚の宴が終わって_f0103459_13521396.jpg



# by my-pixy | 2020-06-28 13:54
2020年 06月 28日
式典
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# by my-pixy | 2020-06-28 13:22
2020年 06月 28日
パレード
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# by my-pixy | 2020-06-28 12:55
2020年 06月 25日
総合進行役が加わって
この前の画像と背中合わせの場所ですが、時間と共に急激に人が増えてきて前の通りを塞ぐほどになってきます。進行役が現れるまでは、単なる観客だった群衆が突然組織化され、正装に着替えた新郎を取り巻くように着飾った人たちが増え、前の通りを塞ぐほどになってきます。
総合進行役が加わって_f0103459_15011352.jpg
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# by my-pixy | 2020-06-25 14:45
2020年 06月 24日
婚礼当日は早朝から
婚礼当日は早朝から_f0103459_09470046.jpg婚礼当日は早朝から_f0103459_09462403.jpg婚礼当日は早朝から様々なプレゼンテーションが早朝から目白押しだが、それぞれに決められた役割があり、ここに写っている新郎新婦は、まず日常的な仕事を片付けてから、パレードの始まりの場所に移動する。上の画像は新婦の仕事場で、朝の静かな時間はこれでお終いだ。(朝8時)
下の画像の公園で時間調整し、着替えを済ませると一気にパレードの主役になって、いよいよ本番の始まりだ。この公園の裏側にパレードのスタートポイントがあるらしく、次の画像では最初のお色直しが終わった新郎新婦が、パレードの中心にカムバックしてくる。


# by my-pixy | 2020-06-24 10:40
2020年 06月 24日
シチリア空と石の祝祭の始まり
シチリア空と石の祝祭の始まり_f0103459_10135912.jpgシチリア空と石の祝祭の始まり_f0103459_10154192.jpg
明日の婚礼に向けてそれぞれの世代の村の人たちがあちこちで集まっています。背景の山の斜面全域にわたる村をあげてのお祝いなので、リハーサルだけでも簡単ではなく、総指揮官となる人は、その細部にわたるまでの演出を考えながら、当日の細かな人員配置や式次第を詰めていかなければなりません。


次々にチェックをしていけば、とめどもなく、ほとんど当日の予演会と同じ事にもなりりかねません。


下の画像は長老組の寄り合いですが、ご覧のような長老が当日の早朝から集まっています。そのお守りをするのも大切な式典の一部なのです。

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# by my-pixy | 2020-06-24 10:19
2020年 06月 22日
シチリア空と石の祝祭

シチリア空と石の祝祭_f0103459_11510435.jpgシチリア空と石の祝祭_f0103459_11542846.jpg
毎週末、イタリアの辺境の小さな村を舞台に、一つの家族の物語を日本の撮影チームが記録しています。

変わり映えがしないと言えばそれまでなのですが、2〜3世代にまたがる地道な生活ぶりには心を打たれ欠かさず観ています。

今回のものはそれとは別ですが、舞台はシチリアで大好きなところなので、気合いを入れて見ていました。


# by my-pixy | 2020-06-22 14:04
2020年 06月 12日
聖なる巡礼路 カミーノ・デ・サンティエゴ
聖なる巡礼路 カミーノ・デ・サンティエゴ_f0103459_14362884.jpg
徒歩で1500キロもの長距離をひたすら歩いてゴールを目指す。 







# by my-pixy | 2020-06-12 13:50
2020年 06月 10日
借用
借用_f0103459_14353503.jpg素晴らしい画像が、お友達のところでご不要になったようなので、リヤカーでお借りしてきました。

昨夜は火曜会のオンライン・ミーティングでした。中国帰りの人やら、開業して日も浅い若手なども参加されてそれなりに賑やかでしたが、ソーシャルディスタンスの取り方がよくわからず、人数はこの絵の半分もいないのに、いささかギクシャクした運営でした。
所詮、人気取りに眼帯もどきのマスクを配ったり、イルミネーションで脅しをかける政治家主導の感染症対策など続くわけがありません。(せめてPCR検査ぐらいは幾多の国立歯科大学主導で何とかして欲しいものですが。)
それでも私は遠からずこの絵のような例会を再開する日を夢見ています。
しきたりを大切にする善良な日本人を、私は信じています。


# by my-pixy | 2020-06-10 14:15
2020年 06月 09日
次の処置が必要となる時
歯科の臨床のほとんどは、日々の細かな処置の積み重ねでしかない。わずかな咬合調整が歯牙の動揺を減らし、対合歯との良好な接触をもたらす。しかし全顎にわた理想咬合を確立することは不可能で、デイスクレパンシーの解消も、オーラルリハビリテーションの確立も歯科医の夢でしかない。

全顎的な処置の追加処置が予測される時には、患者の年齢・予後の見通し・予想される追加処置・難易度・安定性が考慮されなければならないだろうが、中でも最も基本的なことは、その患者の過去に寄り添うようなスタンスではないだろうか。
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# by my-pixy | 2020-06-09 07:32
2020年 06月 06日
明日は火曜会
明日は火曜会_f0103459_10033448.jpg明日は久しぶりの火曜会です。長年の常設会場が使えずコロナ・コロナで明け暮れていると、1ヶ月ブランクが随分と昔のことのように思えます。
ネットを使ってのWEB開催で、過去2回はバタバタしていましたが、今回はそれには慣れてきたものの新しい形態を求めて、何かのまとまりが欲しくなります。発表者は自称「歯根膜斑」の3人で早々と事前抄録は提示されています。演題は個別にはご相談には乗ってきた以下の3題です。前日になって個別にプレゼンを修正はできませんので、全体をどうまとめるかに頭を悩ましています。参加の方々もご協力のほどをお願いします。



   1「歯列改変を行った欠損偏在症例」
   2.「シングルデンチャーを回避した症例」
   3.「ディスクレパンシーと歯根膜移動」
早速、別のブログから格調の高いご意見をいただきました。私が勘違いをしていましたので、あと二日!更なるご意見を!!

(ただカットに使ったイッカクのツノもコミニケーション・ツールのようですから、適当ではありませんでした。)



# by my-pixy | 2020-06-06 09:41
2020年 06月 03日
時代の移り変わり
時代の移り変わり_f0103459_13483771.jpg この100年ほどの歴史を振り返ってみても、その時々の歴史のほんの一コマが、その後の発展や変化に大きく関連していったことは少なくない。第一次世界大戦で敗戦国になったドイツが、ヒットラーの元で復権し、第二次世界大戦に突き進んでいくのは僅か2年ほどの期間のことでしかなく、そのおまけのような形で日本が真珠湾攻撃に突入していったことや、その後始末のような朝鮮戦争が、マッカーサーの失脚などで、大きく様変わりしていったことは、今ではほとんど語られることもない。

 日本ではアメリカとの単独講和が沖縄米軍基地化の根元のように言われているが、中国との関係などは曖昧なまま、ベトナム戦争などがその他の戦勝国との線引きを曖昧にした事も忘れられている。いくら考えても分かることではないが、太平洋戦争から本土空襲、原爆投下に至る結末は、日米間の問題としては語り尽くされていても、サンフランシスコの単独講和だけで、その全ての幕引きにすることには無理があり、満洲独立や支那事変の延長線上では捕らえられていないように思う。

 今朝のテレビでは「豚の恩返し」という沖縄戦を回顧する食糧難時代の再放送も行われていた。こちらは心温まるハワイと沖縄の人々と再交流の物語りだったが、私たちも忘れかけていた食糧難、買い出しなどという辛い時代も思い出した。


# by my-pixy | 2020-06-03 13:08
2020年 06月 02日
不思議な番組はテレビ東京から
もとになった番組は笑福亭鶴瓶の番組であることは間違いないだろう。しかし番組表ではスペシャルドラマとか特別アンコール放送などという見出しがついている。タイトルは”逆境に希望の光を"とかアメリカに負けなかった男〜バカヤロー総理とか吉田茂とかいう文字でおおよそは想像できるが、どんな話に仕上がっているかはよく分からなかった。しかし吉田茂、白洲次郎、マッカーサーの名前も並んでいることで、途中放棄も射程内で2時間程をお付き合いした。よく話題になる昭和天皇からのマッカーサーにプレゼントのシーンなども悪くなかったし、サンフランシスコの単独講話前夜のドタバタ劇などもかなりよくまとまっていた。

翌日には吉田茂から鶴瓶に戻ったご本人は、青森県鯵ヶ沢の訪問番組で、現地の人たちとの心温まる交流シーンも素晴らしく、プロはプロだなとすっかりファンになってしまった。


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# by my-pixy | 2020-06-02 09:28
2020年 06月 01日
昔話
何となくテレビの昔話に引き込まれた。1960年代のことで最初のパスポートをもらった頃のことだが、次々に登場する人物は皆当時のお偉方らしき風体で、当時の出来事と交錯しながら登場するので、ちょっと違うじゃ無いかなどと思いながらも3時間ほどお付き合いしてしまったが、思えばいろいろな出来事があったものだ。広島長崎への原爆投下と、ポツダム宣言の受諾、天皇の玉音放送などは今もまざまざと記憶している。中学2年生で疎開先の福岡で市電の運転手をさせられていた。空襲も毎夜のように受けたが、3月10日の東京大空襲ほどではではなかった。
その後朝鮮戦争、沖縄返還、安保騒動など様々な大きな出来事があったが、父を亡くして歯科大学卒業が当面の目標になったことで、目標は自分自身の生涯設計にフォーカスは絞られることになった。その第一歩がこのパスポートを持って出かけた40日間世界一周の旅だった。(もぐらのトンネル・$500と30000円の旅)

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# by my-pixy | 2020-06-01 14:36
2020年 05月 27日
イッカクを探して
イッカクを探して_f0103459_12453751.jpgイッカクを探して_f0103459_12452882.jpgかもめが飛んでいる後ろにいるのはオットセイだろうと思われますが、この一帯は大半が流氷のようですから、よほど海の状況を知り尽くしていないと、下の写真のような重装備を繰り出すことは難しそうに思えます。

地元のイヌイットの人たちなどと緊密な連絡を取って初めて可能になったのだろうと思います。
別の画像では別の流氷に乗ってシロクマなどもやってくるようですから大変です。



# by my-pixy | 2020-05-27 12:52
2020年 05月 26日
幻のクジラ・イッカク
幻のクジラ・イッカク_f0103459_10092515.jpg幻のクジラ・イッカク_f0103459_15005402.jpgかなり昔から角のあるクジラの話は聞いたことがありますが、南極の話だったか北極海のことだったか定かではありません。先日再放送で見た番組は、かなりこのクジラに特化した2時間ほどの番組で、水中での鳴き声の収録などだけでなく、ツノを使ったクロスタスクや、骨格標本でツノが中切歯から変化したものである事なども説明されていました。(右下)




# by my-pixy | 2020-05-26 15:54
2020年 05月 20日
小さな村の物語
小さな村の物語_f0103459_12444272.jpeg週末に欠かさず見るテレビ番組の第一は日曜美術館で、何年か毎に司会者が代わるとしばらくは戸惑っても、流されてそれなりに続いている。土曜日にはもう一つよく見るのがこの番組で、気がつくとおそらく20年ぐらいも続いているかもしれない。企画制作とも日本チームなのだが、短いタイトルに要約された一つの家族の数十年にわたる物語が語られる。
今回はナポリの近郊だがいつも舞台になる街は名も無い小さな部落で、その中の一つの家族にスポットが当てられる。その殆どが初代は小さな農家や商店で、小さな農地をいろいろ工夫しながら二代目3代目に引き継いでいく生き様も、週に一回は数人の家族が昼食に集まるなどという設定も毎回全く変わらない。土地柄としては日本同様島国でありながら、北はヨロッパアルプス、ベネチア、中央部はミラノ、ローマ、などに囲まれながらその多様性は目を見晴らせられる。そんなところに目を向けながら小さな村の小さな家族にスポットを当て続ける製作者の視点には毎週敬服するばかりだ。
チロルから始まってサルディニア、シシリーなどの海岸線は完全1周したので、私の部屋にもそのあちこちから連れ帰った子供たちが溢れかえっている。


# by my-pixy | 2020-05-20 11:29
2020年 05月 19日
父島の玄関口
父島の玄関口_f0103459_12553608.jpg戦争が終わって20年余りが過ぎていましたが、小笠原の玄関口には戦争の悲惨な残骸が横たわっていました。
クルージング参加者は行き組と帰り組に分かれてチームを組んでいましたので、帰途組だった
私は東海汽船から見たこの廃船がファーストシーンでした。


# by my-pixy | 2020-05-19 16:00