2009年 04月 17日
まだ名のない会
 今スキーシーズンの終わり頃にもちあがった話ですが、もう少し元気でスキーを続けるためにも高齢者支援クラブを始めることにしました。同種の会を見学に行ったり、発起人会という呑み会を重ねたりして、昨日どうやら第1回にこぎ着けました。順調なようでも実行段階では曲折もあり、若い頃だったらドンパチになかねない危機を救ってくれたのは重ねてきた年齢です。
 分からないことだらけでしたし名称も決まらないまま本番になりましたが、メンバーのご尽力で丸の内の日本工業倶楽部という、願ってもない会場を使用できたことは大きなプラスになりました。写真も会の報告よりレトロな工業倶楽部レポートになりましたが、お手伝いのわがスタッフなども時計の針のように回転するエレベータの階数表示などに感動したり、エジプトのファラオに似合いそうな椅子などに舞い上がっていました。地図のすぐ上の写真がわがスキークラブの残党ですが、軽井沢に居を移したお一人はこの日奥志賀から直行で出席してくれました。
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 私にとってはもう二回目の企画だけが心配ですが、やはりこの仲間の一人、最高齢のオリンピック選手法華津氏に来てもらうしかないと心に決めました。ただドイツ単身赴任はこれまでどおりですし、来年の世界選手権代表にも決定したようですから日程調整がむずかしくなりそうです。第一歩はわがHPの人気番組だった「俺はシタース」の作者の奥様経由で連絡を始めました。ようやくメールアドレスもできたようですからこれからしつこく追いまわします。

by my-pixy | 2009-04-17 19:20


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