2012年 05月 27日
咬合崩壊とは高齢化問題だった
f0103459_9182624.jpg 残るも1ヶ月ほどになっても毎日、咬合崩壊やその対策などを考えていますが、昨日になって気になっていた私の関連症例の初診が1969年から1986年に集中していることがはっきりしました。
 初めて山形の国際シンポジュームで発表したテーマ「咬合高径-変更の得失」もこれらの症例の経過が見え始めた1988年でした。「咬合挙上はすべきではない。やむを得ない場合でも前歯部で2ミリ以内」などと云う私の持論はこの時ほぼ決まっていてその後には大きなチャレンジはしていないのです。
 これらのケースは2000年前後まで経過観察を続けました。持論を撤回すべき事態は起こりませんでしたが、現在は亡くなられた患者さんのグループに入っています。

 画像は昨夜のNHK、Global Aging というディベートのものでテーマとしては新しいものではありません。しかし最近、亡くなられた患者さん以外にもホームに入られる患者さんや、付き添いの方なしでは来院できない患者さんは次第に増えています。この他にも30年、40年を経過した同世代の患者さんにもその影は伸び、定期検査では「もう長生きはしたくないけれどお迎えが来ない」などと意気投合したりしています。

 少子化問題や年金、社会保障、アルツハイマーなども身近なテーマになる中で、同じ問題は中国、アフリカも例外ではなく、その最先端を歩んでいるのが日本だということになると、テレスコープだインプラントだといっている時ではなさそうです。シングルデンチャーが気になったりするのも、そうした背景があるからかも知れません。鳴り物入りで進めてきた今回のプロジェクトをどう決着をつけるかきわめて重いハードルです。

by my-pixy | 2012-05-27 09:31


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