2016年 09月 08日
パラリンピックから学ぶこと
f0103459_1054262.jpg早朝からリオの開会式が始まりました。以前は痛ましい障害の痕を見る辛さでどちらかといえば目を背けていましたが、今はまったく変わりました。残された僅かな身体部分を鍛え上げ、時とすれば健常者の記録を脅かすまで動きは美しさを感じるばかりですし、そのひた向きな努力は人の強さを教えられます。

 スポーツとしての公平性を保つために、決められた障害の程度によって決められた細かな分類があることも知りました。欠損歯列の分類とも比べられような気もしましたが、よりゲームの勝ち負けを左右する機能面からの評価が大きいはずです。これに較べ歯科臨床はEichnerの分類にせよKA367にせよ歯の数、形などに止まっていて、機能面からの評価などはなかったところに、すれ違い、偏在、咬合力などを持ち込むことで精一杯でした。今後クレンチング、咬耗なども含め新たな視点をとりこむべきでしょう。

 歯科臨床の場合、当初の疾患自体よりも患者の性格、要望、生活習慣などと重なって、直近の補綴処置の適否が大きく高齢化後のHistoryを左右します。少数残存歯になってからも「上顎前歯だけは固定して欲しい」という無理な要望が歯科医を苦しめ、短期間で咬合崩壊につながったか分かりません。この時期、下顎前歯だけは残存し、流れはシングルデンチャーに向かっているのです。


 開会式は、政治家やお偉い方のスピーチもなく、雨の中の聖火ランナーの転倒、つずれ折りの聖火台への上り坂など、ハラハラさせる緊張感を巧みに維持しながら、オリンピックよりはるかに素晴らしいものでした。(やらせか、ハプニングかまったく分からない事件が3度も・・・)。パラリンピックは昭和39年の前回東京大会以来のことだそうですが、発足の精神を大切に育て上げ半世紀後ブラジルの地で、大輪の花を咲かせたことに心打たれました。

by my-pixy | 2016-09-08 10:54


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