2018年 02月 18日
金子歯科技工室OB会
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f0103459_1443238.jpg 暫くぶりで歴代技工士の人たちが集まりました。前回は2013年の真鶴でしたから5年ぶりでしたが、雪とインフルエンザで2名が欠席になっただけで懐かしい顔が揃いました。
私が絡んだ集まりではプレゼンがつきものですが、今回も最近の仕事の一端を持参いただきました。会場の都合でプロジェクター持ち込みはできませんでしたが、それなりには盛り上がりました。
 
 中段の小さな画像は長野から出かけてきてくれた滝沢正さんのものです。10年前の真鶴のこの会でもインプラントと真っ向勝負し、大変な苦労をされたいる様子も見せていただきましたが、今や「インプラント技工変遷の概要」いうタイトルで「プロミネント滝沢流」のスタイルを確立された様です。

 CAD/CAMからハイブリットレジン、ジルコニアポーセレンなどを自在に駆使し、顎堤と補綴物の大きなギャップにまで挑戦したプレゼンには大きなインパクトを受けました。やや引き気味で「新時代」に対応してきた私の歩みと比べると、同じ未完成機材との葛藤の中で、次の世代を担う旗手として堂々たるスタイルを確立しつつあると大いに頼もしく感じました。

 技工士に依存して恐る恐るアプローチを始めた火曜会の現状などと比べると、明らかに地に足がついた借り物ではない逞しさを感じました。「老いては子に従え」の一言ですが、われわれの歩みからインプラントのパーツやその術式を眺めると、オーバーデンチャー時代の手法に回帰している様にも思われました。インプラントのパーツの進化や、ジルコニア、CAD/CAMの助けをもってしても、最後に口腔内の状態を最終義歯にトランスファーするには、プロビジョナルなしには不可能なことを物語っているとも思われました。
 10年前、真鶴でみんながギャフンといったインプラント・テレスコープのフルブリッジの画像を発掘しました。その症例から今回のプレゼンに至る苦闘の歴史を、近日ロードショーしてもらう約束を取り付けました。 ことの始まりは 「もぐらのトンネル」タグ「歯科技工」2008.8.24〜25日をご覧ください。たった10年前ですがまだみんな元気でした。この後の10年間、長野と東京、軸足の置き方を巡って異なる歩みを続けてきましたが、「プロビジョナルが鍵」という事実は不動でした。

by my-pixy | 2018-02-18 10:16


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