2018年 04月 03日
1970年
f0103459_126332.jpg 1970年という時代は、われわれの世代にとってはいくら繰り返し語っても語りきれない時代でした。1964年の東京オリンピック、海外渡航の自由化に伴って、高速切削、精密印象、ナソロジーなどが次々と臨床導入され、ひと息つく暇もなくエンド、ペリオなどにも変革の波は広がったからです。当時の状態は外遊から帰られたばかりの石原先生の著作にもはっきり残されています。当時の医歯薬の出版物『補綴と生物学」の中にも、歯科臨床の全てが書き換えられる中で医科から歯科に移られて悪戦苦闘されtる苦衷がまざまざと残されています。

 大波の最後が1970年頃からのペリオの変革でした。そんな大局も良くわかっていない中で、CR-Brによる全額補綴に苦しんで、パーシャル・デンチャーに軸足を移してきたのですが、まさに五里霧中という状態に陥るのは当然でした。最初の難関はすれ違い咬合の症例群でしたが、道筋は全く見えていませんでした。その象徴が大阪万博の太陽の塔でした。先日、そのリニューアルの塔の内部などを見るにつけ、大風呂敷を広げているアーチストの気ままさを悪夢のように思い出しました。

by my-pixy | 2018-04-03 10:28


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