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2019年 07月 05日
2019臨床歯科を語る会
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今日の夕方から夏最大のイベント、2019臨床歯科を語る会が始まります。そもそもの始まりは1980年に遡りますが、まだ駆け出しだった火曜会が背伸びをして自分たちの症例集制作にチャレンジしたことに始まります。その前年に出版された横浜臨床座談会の出版物に追いつきたい一心だったからです。

 その後その出版記念会を箱根で老舗旅館で開催し、翌年からは同じ形を踏襲して東京の都ホテルで、日本青年館でと、会を重ねてゆきました。すでに39年になりますので、その間にはいろいろなことがありました。しかしなぜか200人には届かないが、180人は切らないという不思議な歩みを続けてきました。

 40年という年月は半端ではありませんし、その間にはいろいろな出来事がありました。それでもその時々のメンバーの努力で、心を一つにできる開業医が七夕のひと時を過ごすことができたことは、かけがえのないことでしたし、派生的に育ったいくつかの会合の中核としての役わりも果たしてきたようです。

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  深夜にわたる二日間はいつもヘトヘトになりますが、時々の執行部は来年への打ち合わせを終わらせて帰途につくことになります。来年は40周年という節目の時になります。実行委員会がどんな企画を打ち出してくれるのかが今から楽しみです。

by my-pixy | 2019-07-05 12:27
2019年 05月 06日
クラウンブリッジのための調節性咬合器
f0103459_944129.jpgf0103459_8594813.jpg1900年代を総括した石原寿郎先生らの「下顎運動と咬合器」(1950)に次ぐ、クラウンブリッジを対象にした別冊で、下の図は末次先生による咬合器変遷史である。この他にも臨床歯科を語る会などの多くの臨床家が参加し、未成熟ながら1977年の時点での集大成といっても良いだろう。

 私自身は、編集担当としてこの別冊の企画にも参加しつつ、自分自身では別の連載に熱中していた。
1974年「咬合器 私の使い方」である。この連載の完了はパーシャル・デンチャーにも緩圧などいう大きな動きは許容しないリジットな可撤義歯の誕生を予見し始めたからである。
 少数歯を対象にしたクラウンブリッジから、テレスコープなどを活用したより大型のパーシャル・デンチャーへの架け橋は着々と実っていった。その最大の味方はイニシャル・プレパレーション、プラーク・コントロールなどペリオの前進だった。
 大昔の「アンテの法則」を軸に従来のパーシャル・デンチャーはCr-Brの領域に吸収されることになるだろう。私がまだ駆け出しの頃好んで使っていた「有歯顎の補綴」という演題は夢ではなくなった。
「平成から令和へ」の回顧談でした。
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by my-pixy | 2019-05-06 09:00
2019年 04月 08日
基本ゼミともくあみ会
f0103459_8403969.jpg 今年は2つのセミナーの記事が続くことになりましたが、これは偶然ではありません。1900年代新潟で始まった小さなセミナーは、2000年から「臨床基本ゼミ」と名前を変えて東京でリスタートしました。ほとんど同じ頃、同じセミナーのOB会として始まったのが「もくあみ会」です。初心の情熱を忘れてまた元のもくあみにならないように!というということからのネーミングでしたが、火曜会の若手などの協力もあって、分不相応な会場での立派な会にもなりました。

 2000年という時代は臨床写真がスライドからデジカメに変わった時代で、プレゼンテーションも大きく様変わりして行きましたが、機材とその利用法に振り回された時代でもあり、大半の受講生はその渦中でプレゼンに振り回されていました。
というのも「基本ゼミ」の大きな旗印は「双方向の情報交換」でした。しかしスライドをプロジェクターに詰め込んでというプレゼンからの脱皮は容易ではなかったのです。私のインターネットとの付き合いもそれと歩みを同じくし10年の年月を必要としました。最初の画像はその渦中での一コマです。今年も同じような悩みは続いていますが、問題点は絞れてきました。

by my-pixy | 2019-04-08 08:31
2019年 03月 31日
2019基本ゼミ当日
f0103459_100816.jpg今回の受講生の方々のリストを見ていると、昨年より平均年齢が高まり紹介者もはっきりしていることに意を強くしました。
 この画像は10年以上封印していた2008年の記録ですが、オリエンテーションも先日のもくあみ会で使ったものをブラッシュアップして、1960年代からの臨床の足取りをお話ししました。

 受講生の自己紹介ではすでに32カ国の僻地を放浪してきたなどというツワモノもいらして、狙いはそんなにずれてはいなかったようです。15名の受講生共々30数名という懇親会も初回としては破格でした。

次の私たちの出番は9月までありませんが、臨床一筋のスタートはすでに切られたと思っています。

by my-pixy | 2019-03-31 10:00
2019年 03月 27日
2019臨床基本ゼミ
f0103459_1594290.png 基本ゼミのスタートを週末に控え連日準備に追われています。たまたま愛知もくあみ会のレポートなどもあって、その発展形でオリエンテーションの内容をまとめていますが、だんだんエスカレートしてきて、止まらなくなってしまいました。
 始めは近年の受講生の方々の様子から、日常臨床を大切にしてほしいということが主眼でしたが、詰めて行く間にこれまでの経験からアレもコレもと話が広がって、収拾がつかなくなりつつあります。
 とは言ってももう時間も限られていますので、話は「臼歯部の咬合支持」ということに絞り始めたのですが、始めるとこれもとどめがつかなくなり、通常の2倍のスクリーンでも100ショットぐらいになりそうです。アップした画像はもくあみ会でも使ったものですが、だいぶ追加修正しましたので喋り出すと止まらなくなりそうです。

by my-pixy | 2019-03-27 14:53
2019年 03月 20日
もくあみ会ケースプレ・メモリアルを終わって
お二人のもくあみ会ビッグ・プレゼントのアップがまとまりました。依頼を始めた時には実現は難しいだろうと思っていましたが、渋々ながら引き受けて頂き私もハラハラドキドキの数日間でした。
 自分は高みの見物で・・・・というのもお願いしたお二人や、この会をマネージしていただいたしんせん組の方々にも申し訳ないので、私のパートの中の1枚で締めくくることにします。すでにこの2日のアクセスは急上昇していますが、陰にまわってサポートして頂いた中舘先生ともども熱く御礼申し上げます。難航している火曜会記念イベントにも良い刺激になることを期待しています。
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by my-pixy | 2019-03-20 10:46
2019年 03月 20日
もくあみ会ケースプレ・メモリアル2
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by my-pixy | 2019-03-20 09:56
2019年 03月 19日
もくあみ会ケースプレ・メモリアル
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by my-pixy | 2019-03-19 13:31
2019年 03月 19日
もくあみ会ケースプレ追加
f0103459_1122275.jpg(最初の画像は筆者のものに置き換えましたので、時代は戦前で30年ほど昔になりますが、話題のプレゼンはこんな画像で始まります。)小学校の集合写真ですが、そこには後に登場する主治医と患者が一緒に写っています。
本命ではその後も同じ街で時を重ね、患者と歯科医として再開するところから物語は始まります。
両家の間の交流は続く中で主訴は発生し経過して行きますが、家族ぐるみの交流もあり、患者関係は良好ですが経年経過は進行して行きます。稀に見る相互関係ですから齟齬は全くありませんが、それだけに通常では見られない様々なことが見え隠れします。
替え玉のこちらの家族間では戦争もありましたし、大都会の中での職業の変遷なども相次ぎますが、プレゼンの主役たちの間ではそうした動乱はミニマムで、歯科疾患と歯科医療を注視するには絶好の条件設定です。

by my-pixy | 2019-03-19 11:19
2019年 03月 18日
2019愛知・もくあみ会
f0103459_12282433.jpg思いだけはあるものの、それを実際の症例で語り、企画にまとめることにまでは届かぬまま、滑り出しは苦しい時間帯でした。次回開催予定の熊本軍団も多数参加され、懇親会は賑やかでしたが人質を取られたような気分の最終演者としては未完のプレゼンも「迷い」のままでした。
 しかし、20年の積み重ねは土壇場でそのきらめきを見せ、最終2本のベテランのプレゼンは珠玉のケースプレでした。事前の静岡支局長のブログ、土居健郎先生の「方法としての面接」を思い出された方は少なかったでしょうが、私としては20年前の土居先生対談をまざまざと思い出していました。もしこれらを見ていただいて再度の対談ができたら!と思いつつ緊張の中で発表を聞いていました。
 何がといえば、2つのプレゼンに共通していたことは、術前の患者についての問題整理が明確で、よくある前医の処置の残した問題処理という枠を超えて対応がなされていてだけでなく、その後の対応にもその置かれた長期的展望への推論がなされていたことです。「前例がないから経過観察しかない」といった追い詰められた局面を抜けられそうな何かを感じ、ここまで続けてきて良かったとホッとしました。

by my-pixy | 2019-03-18 12:23