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2014年 09月 20日
フィルム・スキャナー
f0103459_1537194.jpg 今回大量のデユープを作ることになったのもフィルムからデジタルへの変換問題だが、もっと深刻だったのはD1に始まるデジタル一眼レフの色調再現の不完全さだった。フィルム専用スキャナーを使ったり、コンパクトデジカメではフィルムの色調がでるのだが、デジタル一眼ではままならないという状態が少なくとも5年は続いた。ニコンD1に熱中し、失望し、絶望して放浪を続けることがインターネットに足を踏み入れる羽目にもなり、無駄を承知で見果てぬ夢を追いかける旅は延々と続いた。多くの人が一度はこの経験をしながら諦めて、スライドに戻っていく人さえもあった。

 ふれ回って拠り所がなくなる苦痛から脱却できそうになったのは、RAWデータとその処理ソフトが安定してきた2005年のことで、私の症例記録もこの数年はきれぎれになっている。ようやく抜け道はみつかったとはいえ、まだ一眼レフのカラーエンジンは未成熟で、多数撮影時はOpcardを映し込んだりして調整の拠り所にしていた。
最新ではないD7000と較べても色調の奥行きなどは大差があるが、当時としては夢のようだった。

by my-pixy | 2014-09-20 16:25
2014年 09月 11日
デュープの効用、温故知新
f0103459_9281482.jpgf0103459_932635.jpg シングラムレストは今なお人気商品でブログのアクセスは多い。しかし大学の臨床や分厚く思い歯科商業誌には見かけることはほとんどない。
これ一つで欠損歯列の難問がどれほど解決するか、専門医も良いけれどそんな研修こそ必要なはずなのだが。画像は40年前フグをご馳走して上げるとの豊永先生にお招き頂き、いっしょに見学させて頂いた時の田中歯科医院の模型だ。
 この後田中先生はご自分の医院を閉鎖して上京されることになった。 ほかにも素晴らしい全顎補綴の模型を数多く見せて頂いた。お二人からお話し頂いた言葉の数々は今もはっきりと残っている。 2枚の画像は1974年のもので、今回のデュープで甦った。基本ゼミなどでも使わせていただくことになるだろう。
下の新聞記事で問題にされているような素晴らしい写真作品ではないが、それでも保存の価値はあると思ってやや退屈な作業を続けている。大きな企業を背景にした保存プロジェクトとは違って、作品自体のクオリティは不完全なデジタルデータに過ぎないが、資金源を求めて四苦八苦することはないし、誰からも見向かれなければ廃棄するだけという気軽さはある。

by my-pixy | 2014-09-11 09:19
2014年 09月 03日
スライド・デュープ
f0103459_16254252.jpg そんなに焦ることではないのですが、やり出すと止まらない性格で、せっせとデュープに励んでいます。D7000に較べるとあまり仕事らしい仕事もしないうちに旧型になってしまったD800を、この際ぐらい使ってやろうと思ったことにつまずいて、初日こそサービステーション通いをする一幕などもありましたが、だんだん敵の手の内も読めてきて今週に入ってからは順調に進行しています。

スライドは基本的には経時的に整理されています。しかし気合いを入れた火曜会40周年関連、何回か繰り返されたタヒチクルージング、毎年の語る会と関連講師との会合などの間に、ヨットやスキーなども入ってきます。
 恐らく10回以上に及ぶニセコなどはまとめようとした様子はありますが、それとても25年以上前のことですから一貫はしていません。この際少しは何とか…と思うと作業はぱったりと止まってしまいますがこればかりは誰に手伝って貰うこともできません。目標のキャビネットは8段のうち3段は空になりましたが4段はギッチリ残っています。 ちょこちょこ出てくる大相撲は捨てようと決心するとファイル単位の大量廃棄が進み気が楽になりますが、そんなことは稀で、1枚づつルーペで除きながらゴミ箱に運んでいます。

 1960年代のスライドは経年的退色もありますが、今となってはみすぼらしいものです。70年、80年、90年と、カラー画像は明らかに進歩しています。とくにPentax Lxなどのシステムが揃った90年代にはフィルム色調も格段に良くなってきたように思われます。ただこの時このフィルム時代の終焉が足下まで迫っているとは誰も予想しなかったはずです。

by my-pixy | 2014-09-03 16:35
2014年 06月 18日
ニコンを買うときは下二桁に注目
f0103459_10322876.jpg 発売後タイの洪水騒動で供給が大幅に遅れ、発表から半年ほぼ遅れてD800を手にしました。その後フォトキナで後を追いかけたD600はさんざんなトラブルで発売停止し、今は610がその後に坐っていますが買う人はいないでしょう。順調だった800Eは事実上の値下げして810へとやることなすことメチャクチャです。最近の二コンのネーミングはこうなっています。中にはD7000のように長期にわたって好評だが、いつまでも後継新型が出せず7100などというのも稀にはありますから、
 
下二桁10とか三桁100とかついたものが安心できるニコンの新機種と考えたほうが良さそうです。失墜した過去の栄光にしがみつこうというレプリカモデルまがいのDfなど、フルサイズで一番軽いとか何とか云っていますが価格は20万以上ですで発展の可能性ゼロです。コレクター向きの黄金色のニコンFなどにでもあやかろうというさもしい根性。こんな物作るくらいならダイヤルと液状表示を利害得失を徹底追求し、次世代はこうなるというD7000シリーズの正当後継D8000でも出せば良いのです。

 フルサイズ(FX)はデータ量が大きすぎ、レンズは重すぎ高すぎて645など中判カメラ領域のカメラです。7360×4912ピクセルなどというデータは使い道もありませんし、RAWデータなど重すぎてパソコンの負担も大きく、何よりわれわれ素人には無用な代物です。そんな物まで常備してFX・DX
どちらも使えますなんて・・・・・・・。原発廃棄物貯蔵施設と同じようなデータ保管システムを作らなくてはならなくなります。

by my-pixy | 2014-06-18 09:05
2014年 05月 10日
口腔内撮影用マクロレンズ 3
f0103459_8222853.jpg 来訪者の足どりを見ると一時期のニッシンMF18から一歩もどって、マクロレンズが繁盛している。一般のカメラ関係では、昨年突然ヨーロッパで発売したフルサイズD600のトラブルで、ニコンの権威も地に落ちた感があるが全体的にも低調なようだ。 流行り物ばかり追いかけるカメラメーカーの象徴で、 APSC主体でデジタル一眼を作りながら、マクロレンズはフィルム時代と同じ100ミリだけで、後はタムロン、シグマにお任せというキヤノン。栄光のメディカルニコールもリングストロボも放棄したニコン。

 35ミリフィルムからAPSに変わって15年、撮像素子の小型化により撮影レンズの構成はほとんど変更された。フォーマット変更に対する対応はそれを断行したメーカーの責任のはずなのに、うま味がないマクロレンズなどはサードパーティのタムロン、シグマに放り出して、自分らはレンズキットなどという安物ズームレンズの抱き合わせ販売で、シェアを守ろうとするカメラメーカーのスタンスは醜い限りだ。長い歴史をもつ35ミリフィルムというスタンダードを自分達の能力不足で放棄し、大混乱を呼び込みながら、ひとたび体勢が整えばやれFXだフルサイズだと偉そうに宣伝する。厚顔無恥としかいいようがない。

ニコン、キヤノン両者を合わせてもわれわれが使える新しいマクロレンズは、ニコンAFS85ミリ1本だけだ。この1本だけがニコンから発売されたのか不思議なくらいだ。何も作らないキヤノンよりはましかもしれないが、このレンズの作りにも大いに不満はある。しかしないよりはましだから使っているが、∞でストップしないメリーゴーラウンドみたいな距離目盛りなど、マクロレンズの基本設計としては許せない。必要もない小型のV1とかミラーレスなどにうつつを抜かす前にやることはあるはずだし、今やその余裕もあるはずなのに、大手2社が揃ってこうだから業界自体まで無法地帯だ。
 しかしオート指向が強い若い歯科医のことそちらへの道は閉ざすべきではない。それを救ってくれたのはニッシンMF18だということをニコンもキヤノンもちっとも分かっていない。自分らのフォーマット変更で大混乱を起こした大混乱を、タムロン90ミリが救ってくれたのと同じ大メーカーの横暴だが、われわれは口腔内写真がそれほどマイナーなことを認めざるを得ない。
 マイナーであることは認めてその中で生きていく術を考えるしかないので、苦労して作ってきたミニリングもあきらめてMF18に移行したが、同様にタムロン、シグマ頼みよりはましだからニコン85ミリに移行したに過ぎない。欠点はあっても、取説を読んでフォーカシング・ポイントの使い方などを習得すればすれば一歩前進はできる。あまり推奨したくもないのでAF・AEのことは詳しくは触れなかったなかったが、このマクロレンズのことは2010年から何度か書いてきたし、私自身も視力低下の折から迷いながらもAF,AEの使用は増えている。 それにはキヤノンとタムロンを捨てる勇気があればの話しで、それが決まれば墓石ストロボ14EXと物干し竿タムロン90ミリマクロに縛られているよりましなはずだ。書き換えをくりかえしたので流れが悪くなった。


by my-pixy | 2014-05-10 11:36
2014年 04月 29日
Canon G16
f0103459_8562281.jpg 後に写っているG2というのは多分2000年頃のコンパクトデジカメです。デジタル化でリングストロボが使えなくなった穴を何とか埋めようと悪戦苦闘していた頃のものです。当時としても大振りでしたがその厚みはかなりなものです。それでもこんなものに頼らなければならないほど困っていたことも事実です。
 当時のデジタル一眼はニコンD1かD1Xでしたがこの頃の画像は今でも見たくありません。先行したnニコンでしたが、 コンパクトはさっぱりで今なお特徴ないものを作り続けています。 一方キャノンはこのGシリーズを作り続け現在の16のなっても基本設計は変えていません。細部ではフラフラしたモデルもありますが、光学ファインダー、視度調整などは堅持され、アクセサリーなども踏襲しながら進化していくスタンスは見上げたものです。旧モデル14でふらついていた接写機能もきちんと直して16に進化していました。古くからの制約のなかでまとめられたカメラらしいデザインに惚れ込んで衝動買いをしてしまいました。
早速、取説のまとめかたなどケイタイ同様の悲哀を感じてはいますが、使わなくてもお金はとられませんから何とかなるでしょう。お断りしておきますがこのカメラ、口腔内写真に使うつもりはありません。そちらはレンズ交換できるデジタル一眼とマクロレンズの世界です。念のため。
 f0103459_9297.jpg連休のお供にD7000と一緒につれて歩きました。デジタル一眼で写真を撮る感覚とはちがいますが、少なくとも眼なしカメラのケイタイスタイルではなく、小さいながらクリアなファインダーで視野を確認しながら、ズーミングもできることにかなり満足しています。色調、描写も問題なしですがやはり近距離向きで、この写真の奥に並んだ漁船などの描写はいまいちです。

by my-pixy | 2014-04-29 16:19
2013年 11月 24日
新・口腔内写真の薦め  2.マクロレンズ
デジタル化にともない、ユーザーとして変えて欲しくないのに、製造する側の都合で変えられてしまったのはフィルムに代わる撮像素子のサイズです。デジタルカメラが誕生した初期、小型のものは何とか作れても一眼レフ用のものはなかなか実用になりませんでした。キャノンもニコンも35㎜一眼レフは作っていましたが大きさも価格も巨大で、とてもフィルムから切り換えようという気にはなれませんでした。

難産だったデジタル一眼レフ
1990年代、デジタル画像の利便性は多くの人に認められながら、プロやハイアマチュアに認められるようなデジタル一眼レフはなかなか登場しませんでした。巨大企業の生存を懸けての血みどろな争いの中で最初のデジタル一眼レフが登場したのは1999年のことで、このホームページ「D1日記」の誕生のきっかけでもありました。石橋を叩いて渡る会社と思われてきたニコンのこの決断は衝撃的なものでしたが、この時ニコンは中核であった35㎜フィルムからの訣別を覚悟したのです。ニコンD1は外見こそはこれまでの35㎜一眼レフでしたが、中身はAPSCという新しいサイズのより小型な一眼レフへの転身だったのです。35ミリというフォーマットではこれまで通りの一眼レフは作れないという割り切りからD1は誕生したのですが、そのことについてはニコンのみならず業界全体も半ば頬被りをして10年あまりを過ごすことになります。
 大型の受光素子製造が可能になり、デジタル画像の鍵を握るといわれていたローパスフィルターが不用というような革新が起こってきて、デジタル一眼レフもどうやら35ミリへの回帰が可能になりました。各メーカー口を揃えて35㎜フルサイズの優位性を謳うようになりました。

 純正マクロレンズ
一つのカメラにはそれに対応する標準レンズがあります。フィルムという枠が外れても撮像素子の制約は変わりないのです。一般撮影ではズームレンズが多用される中でそうした概念は薄くなりつつありますが、口腔内撮影では無視できない問題です。35㎜フィルム時代、ペンタックスでもニコンでも標準レンズは50㎜、マクロレンズは105ミリでした。(メディカルニッコールは120㎜)50ミリとか60ミリというマクロレンズもありましたが、倍率が等倍にならなかったり、ワーキングディスタンスが不足したりして使えませんでした。短焦点の60ミリなどでは手前のものが大きく写るというもう一つの欠点もあるので対象外でした。
 小さめの受光素子を採用した犯人のカメラメーカーは、それに伴って生じる画角(写真が撮れる範囲)の狭小化の対策はとらないため、われわれはそれなりのマクロレンズを求めてタムロンやシグマを使うしかありませんでしたキャノンは今でも60ミリと100㎜しかマクロレンズはありません。

ミラーレスのカメラを目のないカメラなどと言って相手にしなかったことにはもう一つ理由があります。デジタル1眼レフになって35ミリはそのままのFXと一回り小さいDXに2分化されることになりましたが、カメラのマウントはそのままですからこれまでのレンズも使えました。交換レンズのシステムも修正は必要でしたがタムロンなどの3rd partyが隙間を埋めていきました。
次々に登場するミラーレス機の交換レンズにどんなものが用意されているか調べたことがありませんが、撮像素子のサイズは好き勝手、マウントも焦点距離も無法地帯ですから、FXとDXの2分化どころの話しではありません。3rd partyでも相手にするはずがありませんから、最適マクロレンズどころではないでしょう。

 誰が撮影するか ここで一つ気になってきたことはカメラを小型軽量化したいという要望は、撮影を任された女性スタッフからのものだろうということです。口角鉤やミラーを片手に片手撮影などという芸当は私にはできません。シャッターを切るのは自分自身ですが、少なくとも一人、ミラー撮影では二人が必要です。この立場の違いは大きな誤解のもとになりそうですが、私は私が見たものを記録したいのですから、口腔内撮影を他人に任せる気はまったくありません。

by my-pixy | 2013-11-24 12:03
2013年 11月 23日
新・口腔内写真の薦め  1.リング照明
湯水のごとく出てくる新しいデジタルカメラに恐れをなして、カメラの話し打ち切り宣言をしたのですが、アクセス解析を見ているとやはり要望は高そうなので再開を考えました。ただ同じ様な切り口では面白くないので、新シリーズはフィルムを知らないミラーレス派の人達を対象に考えて行こうと思います。なぜならケイタイからカメラに入ってくる人が大多数と思われるからです。ただ私が書けることは口腔内写真ですから、その枠は外さないように気をつけます。
口腔内写真の特性は再三書いてきたように、直径10センチほどの小さな洞穴の撮影で外光は入ってきません。したがって光源確保が第一でこれなしには話しは始まりません。私達が自作したりこだわって選択してきたリング照明以外の方法はありません。Webで画像検索すれば図のようなおびただしい写真が出てきますが、これはそのほんの一部に過ぎません。興味のある方はスクロールとクリックで丹念に見て歩いて下さい。2連休のひまつぶしにはなるでしょう。オレオレ詐欺にかかったという人もこれほど多様な製品があることを知れば、まだまだ先が長いことにため息がでるでしょう。
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ちょっとグーグルに行ってみて「何だかさっぱり分からんからなんとか決めてくれ!」という方、それも面倒くさいから誰かに聞いて見ようという方、あなた方のポケットを狙ったコマーシャルは、歯科商業誌の広告や編集部とぐるになった商品紹介によく出てきますからそちらへ。
 第1回目のテーマはリングライトの光源です。2000年までのフィルム時代はストロボ以外は考えられませんでした。ほとんどの35㎜カメラは専用のリングストロボをもっていましたし自働調光の機能も確立していました。しかし突然、写真技術の中核で使われてきたフィルムが消え、デジタルの時代が到来しました。すでにデジタル画像の効用ははっきりしていましたので戻ることはできません。この大変革の中で消されてしまった一つが自働調光によるリングストロボでした。
 流れは変えられないが、これまで口腔内写真の決め手になっていたTTL自働調光(いわゆるオート)を取り返したいと、さまざまな試みがなされました。当初、私は過去の遺産ともいえるメディカルニッコールにしがみついていましたが、出始めたLEDを用いたリングライト開発をはじめました。K-Macsの始まりです。
 早すぎたLEDの光量不足に悩みながら開発、中断を繰り返しましたが、その都度協力して頂いた方にご迷惑をかけることになるため、最後には小型リングストロボに戻してようやく製品としての安定は確保しました。ミニリング時代の始まりで、小型最軽量という強みでユーザー層も少しずつ広がりました。ただ、マニュアル使用という制約からは逃れられませんでした。
 この壁を越えるには量産化が必要ですがこればかりは素人には不可能なので、優良製品を推奨する以外に方法はないと作戦を転換しました。現在の私自身の結論は小型ならばミニリング、大きさは諦めてオート機能ならばニッシンMF-18ですが後者とは個人的な接触はありません。
どちらも怪しげな囲い込みやセット販売はしていません。ミニリングはすべてのデジタル一眼レフ、MF-18はすべてのニコン、キヤノン製デジタル一眼レフに使用できます・

by my-pixy | 2013-11-23 09:15
2013年 11月 21日
植田正治さん
f0103459_182286.jpg 学生時代からカメラ雑誌を飾っていた方の作品がが日曜美術館で紹介されました。植田さんは鳥取砂丘をバックに人物の不思議な形を描写されるのですが、その真似事をして海をバックにマダガスカルの漁船を走らせてみました。
当時は大変な苦労をしていらしたことも今ならいとも簡単ですが、コピーはコピー。でもその中何かに使えるかも知れません。

 植田正治さんの写真展は、今、東京駅ステーションギャラリーなどで開かれています。

by my-pixy | 2013-11-21 17:33
2013年 07月 08日
ナナオ1997からEIZO 2013へ
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 フィルムカメラがデジタル一眼レフにかわる前には、スキャナーを使ってスライドからデジタル画像を作っていました。画像合成や文字入れも自在になりプレゼンは大きくレベルアップしました。
 といってもスライドの色調を真似ることが精一杯で、長い年月をかけて熟成してきた35ミリのシステムが10年もせずに消滅するなどとは誰も想像しませんでした。この頃デジタル画像用のスタンダードとして広く評価されていたのがナナオのディスプレーでした。カメラマンはまだまだフィルムの方を信じていましたから、デザイナー関係の人に圧倒的に支持されていたのでしょう。この後ブラウン管から液晶への変化も大変だったろうと思いますが、それについていくわれわれの懐も大変でした。

 神のごとき存在のナナオのディスプレーについていくために、キャリブレーターも何度かトライしましたが見るべき成果はあげられず、ヤケッパチで安易なアップルのモニターに身を落とし、コストパフォーマンスのよい一体型のマシンに流されてきましたが,
がまの油でもないのに見たくもない顔が映り込むド派手な色調にはずっと不満でした。
 このところ印刷にのめり込んで昔の苦しさを辛さを思い出しました。20年が過ぎても石川県でがんばるナナオは相変わらず独自の道で頑張っているようです。名前こそはEIZOに変わりましたがキャリブレーターが内蔵されたり、フードが準標準装備になったり、一般的なパソコンのおまけとはちょっとちがいます。上の写真のようにサブにしているノートで起動させていますから、2台の色調の差とどう付き合っていくかは今後の課題ですが、ギラギラモニターから解放され心は穏やかです(上の右)。
 これで一体型のパソコンからは離脱しましたので、どこかバオバブに似たタワー型のMAc Pro との組み合わせにも道が開けました。バックアップのシステムも4TのUSB3.0に完全分離しましたので、次の楽しみはパソコン、ディスプレーの完全分離です。考えて見るとわれわれの身の回りテレビもスマホなども光りものに囲まれています。その分考えるチャンスが失われていくのでしょう。関連記事は蔵の中の「モニター」などにもあります。
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by my-pixy | 2013-07-08 12:11