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2006年 05月 01日
5月 タハ
5月   タハ_f0103459_17192387.jpg

 タハはチャーターヨットのベースのあるライアテアと一対の島で、この写真の背景の水道をはさんで対岸にライアテア空港があります。丸い小さな島ですが、紅葉の葉のように中心部まできり込む入江があり、その方向がさまざまですから必ず風の影響を受けない場所があり泊地としては最高です。その入江の一つから出てきたところで、ゴーギャンの時代にタイムスリップしたような光景に出会いました。
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by my-pixy | 2006-05-01 17:22
2006年 04月 01日
4月 ボラボラ
 
4月   ボラボラ_f0103459_17124571.jpg
何処に出かけても、子供達のくったくない姿を見るのは楽しいものですが、クルージングをしていると陸にいる時間が少ないので、こういう光景に出会うチャンスは限られてしまいます。この時も食料や飲み物を仕入れに行ったスーパーの前でのことでした。どこかでヨーロッパの血が入っているのか、フィージーやトンガの子供達とは違う顔つきや色彩感覚が目を引きました。
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by my-pixy | 2006-04-01 17:11
2006年 03月 01日
3月 サントリーニ
 1971年の写真ですからもう35年も経っているのですが、ペンタックス6×7の大判スライドのおかげで見事に蘇りました。カリブ、南太平洋と並んで世界の3最大クルージング・スポットといわれていましたが、その中で最も行きやすかったのがエーゲ海でした。この時もドイツの学会デンタルショーと半分半分で計画しましたが、日本での情報はまったくなく、アテネに入ってからあちこちの船会社を尋ね回って、1週間のクルーズを選びました。もちろん始めてのことですから見るもの聞くもの珍しく、寝る暇も惜しんで寄港地、船内を徘徊していました。
3月   サントリーニ_f0103459_1254389.jpg

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by my-pixy | 2006-03-01 16:51
2006年 02月 07日
トリノに思う
トリノに思う_f0103459_1822073.jpg それにしてもこれらの街々を思い出すとき、残念に思うのは無個性な日本の都市で、その象徴が新幹線の駅舎です。世界に冠たる京都駅にしても新幹線側は日本統一規格そのものです。スキーで通い慣れた長野駅にしても、善光寺口側ぐらい残すかと思いきやオリンピックを機会に跡形なく建て替えられ、正面はエスカレータや交番、レンタカー、お土産屋などに占拠されてしまいました。効率は良くても雰囲気のあるパリのターミナルなどとはとんでもない違いです。しばしば映画の舞台にもなったヨロッパの終着駅ですが、新幹線の駅をベースにしてはどんなドラマも考えられません。それどころか居眠りして発車寸前に気がつけば、名古屋を京都と間違えることさえありそうです。

 同じようなことはスキー場でも起こります。昨年話題になったPホテル、日本中のスキー場でもあちこちで大型リゾート開発を行いました。その中の奥志賀高原、ニセコ、富良野、雫石などには何度も通ったことがありますが、ホテルを中心に和食、中華のレストランとゴンドラを配置するというスタイルはすべて共通です。奥志賀、ニセコには毎年のように出かけましたが、富良野、雫石はそれぞれ1回ずつだった思います。しかし今はそのすべての記憶がごちゃごちゃで、同行したメンバーと話しても、いつの何処のことだったかさっぱり分かりません。自分たちの記憶の衰えを棚に上げるわけではないのですが、戦前や戦後まもなく、欧米人を意識して建てられた赤倉観光ホテル、志賀高原ホテル、白馬東急ホテルなどはいずれも特色ある良いホテルでした。そしてその記憶ははっきりしていることを考えると、やはり無個性な建築の罪はありそうです。
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by my-pixy | 2006-02-07 16:44
2006年 02月 06日
トリノ・オリンピック
トリノ・オリンピック_f0103459_16441822.jpg
今週末には第20回の冬季オリンピックが始まります。日本で行われた札幌、長野2回の大会にはそれぞれ思い出がありますが、なかでも長野オリンピックの時には、診療中にもちらほら見られるようにと、2台のハイビジョンを設置して万全の準備を整えました。ところが2度目の急性膵炎に見舞われ、皮肉にも期間中すべてを病院のベットで過ごすことなり、今なおその悔しさは忘れられません。2台のディスプレーはその後、環境ビデオ、患者提示用として働いてはくれましたが辛い思い出です。

 今回の会場となるトリノは、その南側になるニース、カンヌ、ジェノバや、北側になるシャモ二、バルディゼールなどを何度も訪れ、ミラノからスイスやオーストリアへのルートとしても、すぐ横をたびたび通過しながら立ち寄ったことがないのです。フェラーリ、マセラティの本拠でもあり、ピニンファリナのデザイン工房の所在地でもあったのに!と、トリノの紹介番組を見ながら悔しがっています。
 工場見学といった気はないのですが、毎月行われているという公道上のレースや、それに熱中する土地柄には大いに興味があります。また街の内側から北のアルプス南のリビエラという、たぐいまれな自然環境を体感してみたかったのです。
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by my-pixy | 2006-02-06 16:43
2006年 02月 02日
撮影地
  憑かれたようにシャッターを切りまくって1ヶ月、だんだん元の生活にもどりつつありますが、一方では「夢よもう一度」という気分も消えてはいません。写真を撮るという動機には、前回も書いたような観察的なものもありますが、やはりびっくりするような感動の方がインパクトが強いに決まっています。
 1964年の海外渡航自由化以降、なけなしの小遣いをかき集めてはヨーロッパを歩き回ってきたのは、国内旅行では味わえない景観や異文化との遭遇があったからです。といっても初めのうちは何年かに一度が精一杯で、1年に複数回になるのは80年代以降のことです。中心部のドイツ、フランスなどを皮切りに一つずつ目的地を絞り、北欧やイタリー、ギリシャ、スペインなどに日数をかけるようになりました。ジブラルタルでは、すぐ対岸はアフリカというところまで接近しながら、足を踏み入れる勇気はありませんでした。植民地問題などもあるのですが、あの強烈な音楽や色彩などに出会うことに、得体の知れぬ怖さを感じていたからです。
撮影地_f0103459_115923100.jpg 同じような怖さはネパールの帰途に立ち寄ったインドでも感じました。長い間あこがれの山々だったヨーロッパ・アルプスが、ヒマラヤを見た後は急に箱庭のように萎んでしまったのです。衝撃はそれで十分でガンジス、ベラナシなどを受け止める余裕はとてもありませんでした。
 いま行ってみたいと所といえばアフリカか南米です。しかしどちらも遠く大きく強敵で、時すでに遅しの感は否めません。手近なところではパプアニューギニアなどですが、何となくバオバブのようなロマンの香りがなく、強面な現地の人たちにも怖じ気づいています。(特別意味はないのですが、最近熱中している場所や樹の名前がよく似ているので図にして見ました。Bが五つ、Aが四つ、Oが三つ、Rが二つで何か不思議なのです。)
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by my-pixy | 2006-02-02 16:38
2006年 02月 01日
2月 ライアテア
 
2月   ライアテア_f0103459_16383093.jpg
ヨットを泊めて島の入江を入っていくと、そのまま川になっていることがあります。遡っていくとだんだん川幅はせばまり、頭の上までマングローブが生い茂ってきて、ちょっとした探検気分になってきます。ところが実際は川からは見えないだけで、両岸にはパパイヤなどの畑が広がっているらしいのです。突然、朽ちかけた舟着場でたくさんの犬がに吠えられたりすると、探検気分は吹っ飛んでしまいます。
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by my-pixy | 2006-02-01 00:37
2006年 01月 01日
1月 プーケット
1月   プーケット_f0103459_16363949.jpg
2001年の正月にプーケットからピピ島周辺をクルーズした時の一枚です。ヨットは浅いところには入っていけませんから沖でアンカーリングしてディンギーで上陸します。そのために通常はゴムボートを曳いてあるくののですが、ここプーケットではロングテールボートが発達していますから、こうした入江に出かけるにはそちらを利用するほうが便利です。そのためにクルージングの有難味が薄れてしまうのが問題です。
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by my-pixy | 2006-01-01 16:35
2006年 01月 01日
2006年 カレンダー
2006年 カレンダー_f0103459_23304175.jpg

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by my-pixy | 2006-01-01 00:27