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タグ:義歯の機能とかたち ( 175 ) タグの人気記事

2008年 05月 28日
インプラント・オーバーデンチャー
f0103459_7404848.jpg 最近ときどき話題にしている「下顎総義歯回避のために少数のインプラントを使用した義歯」はインプラント・オーバーデンチャーと呼ばれているようです。
 日本ではドルダーバーやスタッド・アタッチメントなどを支台に、少数残存症例に使いだしたのが始まりでした。当時は上の写真のようにクラスプのレストがとんで、義歯が沈下してしまうトラブルが多く、レストを強化するよりも義歯床で押さえ込んでしまおうという考えでした。(中段)私も何症例か試みた時期がありましたが、歯周組織のマネージメントができず短期間でテレスコープに移行しました。オーバーデンチャーという呼び名はきわめて曖昧で、故河邊清治先生はことあるごとに「大馬鹿デンチャー」と酷評されていました。

 そんなこともあってオーバーデンチャーという呼び名は、その後完全に封印してしまいました。また支台歯の周辺は床で覆わないことを絶対条件にしてきました。しかし世間一般ではマグネットとともに「大馬鹿デンチャー」は「だめもとデンチャー」と名を変えて広く使われているようです。この人たちにかかると、テレスコープを使ったわれわれのパーシャル・デンチャーも十把一絡げでオーバーデンチャーです。ということでインプラント時代になってもこの呼称は使えないのです。

by my-pixy | 2008-05-28 20:19
2008年 05月 23日
オーバーデンチャー
f0103459_8295378.jpg 1本のインプラントで気がつきましたが、一般にはオーバーデンチャーといわれている義歯が、臨床ファイル2の中に20ケースほどあります。オーバーデンチャーというと高齢な方が多いだけに20年を経てご健在の方は少なくなりました。5.20のケースはその中ではとび抜けて若い方でした。他にも2ケースを「パーシャル・デンチャー新時代」に使っています。先日のブログが Case 85、他はCase 96とCase 92です。
 写真は87年の臨床ファイル2のコピーと最近の状態です。大分みすぼらしくはなっていますが、右の32二本が守りの要になっています。初診時には保存が危ぶまれる歯がたくさんあり、それらを残して丈の短い内冠にしていました。しかし無理な保存をした歯はすぐに失われ、この2本だけになりました。86年、短かった内冠の丈を伸ばしてから22年、患者さんも現役は引退されましたが、この二本のために半年ごと検診に見えています。
 こうした症例を見るにつけ、多数のインプラントを使った無歯顎対応には違和感を感じます。見習うべきはこの2本の経過です。

by my-pixy | 2008-05-23 12:36
2008年 05月 20日
1本のテレスコープ
f0103459_186957.jpg 5月14日の1本のインプラントの根拠になっているケースです。1941年生の女性で当時の記録は「臨床ファイル2」の症例85として掲載しています。重度の歯周病のケースで、上顎は5から5までの短縮歯列です。

 メインテナンス抜群というわけでもなく補綴も美しくないので、その後取りあげることもありませんでしたが、いつの間にか22年が過ぎてしまいました。ポケットも10ミリ動揺もありますが安定度は抜群です。半年ごとに来院されますが下手な介入はしないようにしています。

 他にも類似した長期症例はあります。いずれも構造的には総義歯で、Sを担っているのは義歯床です。支台歯はわずかにそれを補佐して、横揺れや離脱を防止しているのです。
 その義歯床を捨て去ってチタンの植林をすることは暴挙です。オーバーデンチャーと呼ばれてきた症例群を見習って、その残存歯が果たしてきた仕事をインプラントに肩代わりしてもらうことがB>R>Sです。理想は2箇所2本ですが1本のインプラントも十分可能性はあるはずです。

by my-pixy | 2008-05-20 17:02
2008年 05月 16日
1本のインプラント・続
f0103459_1125235.jpg 5.14付けで提起した重要ポイントは、下顎の無歯顎には何本のインプラントが必要かということです。
 総義歯が上手な方なら「そんなもの要らない!」と一言で片付けられるかもしれません。でもあまり総義歯が得意でもない私には、やはりしがみつく何かがほしいのです。現に8番一歯が残っているだけで、総義歯にはない効果を上げているケースは数多く経験します。
 反面、床がない高架橋のようなインプラント・ブリッジは大嫌いでしたし、オールオンフォーとかいう工事用三脚みたいなインプラントも好きになれません。義歯床の助けも借りればそんなに大層なものは必要ないはずです。自分たちさえ安泰ならば、相手や周辺のことなどどうでもよいという傲慢な設計です。残存歯を含め2本あれば十分なことは、すでにはっきりしています。支台装置はテレスコープでもマグネットでもクラスプでもOKです。(ただ即重レジンでべたべた埋めたマグネットは例外です。)残るは一本で!の実現が夢なのです。
 あの症例はアバットメント装着後一年未満ですが、あと2〜3年を無難に経過すれば、下顎無歯顎への対応は大きく変わるでしょう。そこにはBとかSとかいう原理がまかり通る世界なのです。不幸にも、無歯顎になってしまった後期高齢者に、チタンの森や林は不要なのです。同世代の歯科医として、少ない侵襲と少ない負担で、快適な生活を送っていただくことが願いです。インプラント以前に、まず過去の歯科臨床を学ぶべきだという主張は変わりません。

by my-pixy | 2008-05-16 09:32
2008年 05月 14日
一本のインプラント
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 竣工間近になりつつある「パーシャル・デンチャー新時代」の中のケースです。出版社は何の宣伝もしてくれませんので、代わりに著者がPRの仕事もすることにしました。
 この本の中には一本のインプラントで従来の義歯を免れたケースを幾つもあります。下顎の総義歯を回避した症例は、昨年の雑誌連載のものを含めて4つ、3ケースは私と同じ後期高齢者の方ですが、いずれも順調な経過をたどっています。
 他のケースは1〜2の残存歯がありますがこちらは孤立無援です。最後まで残っていたのは左の3番でしたが、そこには植立できず反対側になりました。3番抜歯とほとんど同時期に埋入しましたので、治癒までの期間は最短で済みました。できればもう一本欲しいなとは思いましたがまずはこれでスタート。さすがに一本はきびしく、顎堤側面にじゅく創ができています。アバットメントに一部フラットな面はあるものの正円形なインプラント上部構造の問題点です。楕円形の天然歯とはまったく違います。義歯側にメタルキャップを入れて問題は解決していますが、残存歯がある他のケースとは安定度が違います。

 経過を見ながら次の手は決めますが、ここでの教訓は、一般的なパーシャル・デンチャーではS>B>Rだった三機能の優先順位が、こうした場面ではB>R>Sに変わるということです。安定したBの獲得には、できることなら2つ以上の広い軸面が必要ですから、第2の支台歯が欲しいことは当然です。支台歯1本、内冠も省略したことはぎりぎりの設計です。それによって新たな可能性が見えてくるかも知れません。

by my-pixy | 2008-05-14 18:43
2008年 02月 27日
6 一歯欠損の処置方針 A
 昨夜の臨床研究会で、2.20の土竜のトンネルにアップしたケースの処置方針について、若手メンバーの意見を聞きました。上顎8の移植が2名、インプラント1名で残りの数名はブリッジでした。ブリッジ派に5の支台形態は?と聞くとしどろもどろながらメタルボンド。私の手の内まで読んでくる余裕はないらしく、予想したとはいえ情けない解答でした。
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 この余興以外に「1本のインプラント」というタイトルのケースプレもしましたが、こちらでもインプラントを植立してまで可撤性??という場の雰囲気は支配的で、ヒョーロン連載にくどくど書いた思いなど伝わってはいませんでした。「その年だから、カリスマ性で患者さんも納得するでしょうが、われわれが言っても・・・」といった意見を聞くにつけ、入れ歯にしたくないのは患者さんよりも歯科医の方だと思わざるを得ませんでした。多数歯欠損になればそんなこと言ってられなくなるのは分かり切っているのですが、入れ歯嫌い歯科医患者連合軍には歯が立ちません。インプラントはこの人達には天からの授かり物なのでしょう。
 患者さんは35年経過した7のクラウンを外すだけで、5の小臼歯のセラミックを壊されることも外科処置もなく、処置開始の日から欠損のない状態に戻られました。ミニデンチャーは義歯を外さないでもブリッジと同じメインテナンスができますし、より徹底した手入れもきわめて簡単、歯冠ブラッシなど不要です。外したくないときには義歯のことは忘れて、徹底的にきれいにしたいときだけ外して清掃できるミニデンチャーは義歯の理想型です。その上、患者さんの経済的負担はインプラントより少ないのです。

by my-pixy | 2008-02-27 10:30
2008年 02月 20日
6 一歯欠損の処置方針 Q
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 来週の火曜会で発表予定のケースです。1948年生の女性、初診は1973年です。たくさんの修復をしましたが定期検診にはきちんと見えていました。05年11月以降しばらく途絶えていましたが、07年11月来院されたとき左下6は抜歯されていました。破折したとのことでしたか詳細は分かりません。
 25才から60才までのお付き合いですから、どうした形で補綴すべきか大いに悩みました。外科がお得意な先生なら左上の自家移植を考えられるでしょうが、私にとっては欠損顎堤への移植は気乗りがしない手技です。できれば補綴的な手法でと考えたのですが、欠損に隣接する歯はともに修復がされています。咬合は緊密で近遠心にレストを設けるスペースはありません。
 さて、患者さんの負担も考えあなたならどうしますかということが第一の質問です。もちろんインプラント植立の可能性はありますが、幾つかの理由で優先順位は高くないと考えました。この辺に第2、第3の質問があります。(画像は拡大できます。咬合面の数字はセットした年です。)

by my-pixy | 2008-02-20 09:57
2007年 01月 20日
テレスコープとインプラント
3月末発刊のヒョーロン4月号より29年ぶりのパーシャル・デンチャー連載を始めます。風呂敷が大きすぎてなかなか中身が決まりませんでしたが、須貝昭弘先生、松井宏榮先生、技工士の萩原 治氏のサポートを得て、間もなく第一回脱稿に近づきました。今後も多少の変更はあるかも知れませんが、1回8ページで進行する予定です。
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 連載目次
  第1回. 上部構造から見たインプラントの問題点        
  第2回. なぜパーシャル・デンチャーは嫌われるのか  
  第3回. 動く義歯は支台歯を揺すり装着を不快にする     
  第4回. 経過を左右するチェックとメインテナンス
  第5回. インプラントによる歯列改変             
  第6回. 片側遊離端欠損                 
  第7回. テレスコープ義歯からの移行                  
  第8回. 下顎は無歯顎にしない 
  第9回. 多様な症例への対応                   
  第10回. 欠損なき歯列保持を目指して 
    

by my-pixy | 2007-01-20 12:37
2006年 12月 13日
ペリオ ( RPD.8 )
f0103459_1818538.jpg 戦争直後の食糧難生活にくらべれば格段に情況は改善されたとはいえ、私の歯科大学時代はまだまだ空腹を引きずっていました。1955年の卒業時には肉体的な空腹からは抜け出していましたが、歯科臨床の知識も技術も戦前を引きずっていました。

当時の大学で習ったことで現在も残っている技術は皆無といってもよいでしょう。知り合い先輩を尋ねて耳学問で何かを学んでくるという、その日暮らしが10年近く続きました。同じ頃、限られた情報を増やしたいと、クラスメート間の勉強会も始めました。

 大きく流れが変わったのは1965年の海外渡航の自由化で、人と情報の流れは急速に変わりました。戦火にさらされた日本やヨーロッパが一歩出遅れる中、メタルボンドや全顎補綴など最新の技術や材料が、アメリカから一気に流入してきました。空腹の孤児達は群がってそれに飛びつきました。何といっても補綴の話題が目新しく、その吸収に追われて、歯周治療に目がいくようになるには10年ほどが過ぎていきました。

 臨床現場でブラッシング指導などは行っていましたが、あくまでそれは虫歯防止のためで、歯周病治療としての効用も分からなければ、プラークコントロールという言葉も初耳でした。そんな中で行われていたパーシャル・デンチャーですから、動揺歯に負担をかけまいと、おかしな緩圧装置などという発想に流れていったのでしょう。
 緩圧には騙されませんでしたが、ペリオの知識欠如はわれわれも同じことですから、訳も分からず痛い目にあいました。パーシャル・デンチャーを考えるには、遠回りのようでも、もう少しペリオに踏み込まなければダメだと気がついたのは1975年頃のことです。
 1979年、押見一先生を誘ってシアトルのAAPに行かれるお偉方の団体に付いていきました。補綴関係の学会にくらべるとこぢんまりしていて、器材の展示なども教室一つぐらいでした。「マイナーな学会だなー」とは思いましたが口にはしませんでした。しかし学会では重症の歯周病罹患歯の保存が真剣にディスカッションされていました。迷い込んだよそ者なので、解説をうかがわなければ細かな内容は分かりませんでしたが、今になって考えると「アメリカ歯周病学会」最後の灯火だったような気がします。ご存じの通りその後この学会は、名前はそのままに「インプラント学会」に変わり、$まみれの姿に変貌していきました。われわれがすれ違ったのは、その一瞬前のことでした。

by my-pixy | 2006-12-13 18:20
2006年 12月 08日
歯 vs 顎堤 ( RPD.7 )
 開戦記念日の話題というわけではないのですが、すれ違い咬合など(06.12.3)残存歯の咬合支持をなくしたケースでは、歯と戦った顎堤の無惨な吸収像を見せつけられていました。それが緩圧などという発想に反発する根源にもなっていったのです。
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 このケースもちょうどその頃出会った象徴的なケースです。この状態なら屹立する2本の下顎前歯にはどんなに大きい負荷をかけても許されるという考え、頑丈なサポートをつけたブレーシングアームを使いました。12年後前装レジンはすべて剥げ落ち、露出したメタルフレームで咬合接触していましたが歯へのダメージはありませんでした。
 誤算だったのは上顎小臼歯の支台装置で反体側の7との間に、典型的な回転軸ができることを緩和したいと、ウイング状にバーアタッチメントを延ばしたことです。3点支持に近づければ!などという浅はかな期待は空しく、義歯床内の空間でシーソーのように2本の支台歯を揺すったことは明らかでした。こちらも単純なテレスコープにして、年1回程度のチェックをしていれば10年の延命は可能だったでしょう。
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 上顎小臼歯は抜歯し下顎前歯部はテレスコープに変更するなどの手を打ちましたが。残念なことにその直後、84年8月71才で亡くなられました。
 アタッチメントなどに未練を残し、テレスコープ義歯に完全移行する前の迷いを残した症例ですがが、多くの示唆を得た忘れられないケースでもあります。多数ではありませんがこれらの典型例が点と点で結ばれ、より多くのケースで肉付けされてテレスコープ・デンチャーがまとまっていきました。

by my-pixy | 2006-12-08 10:40